第49話 嘘の真実
「……は?」
翌日、クライスから告げられた言葉に間抜けな声が漏れる。
「嘘だろ」
クライスから告げられたのは二人目の死。
それもカインと同様に争った形跡もなく、穏やかに死んでいたらしい。
「誰が、一体誰が……!」
クライスの肩を掴まんばかりの勢いで詰め寄る。
クライスは俺の手を振り払うこともなく、ただ静かに、重い口を開いた。
「騎士の一人だ」
「騎士……」
クライスの答えは少なくとも知り合いではなかった。
だが教団の毒牙が王城の至る所に張り巡らされている事実は恐怖を掻き立てる。
クライスもまた深刻そうに顔を顰めるばかりだった。
「その騎士は……どんな人だったんだ?」
クライスに尋ねる。
俺のせいで巻き込まれた可能性だってある。 無関係というわけにもいかない。
それにカインと何か共通点が見つかるかもしれない。
「……そうだな」
クライスは重く口を開く。
「昨日、お前の聴取をした騎士の一人だ」
「……え?」
思わず聞き返した俺の顔を見て、クライスは無言で頷いた。
血の気が、引いていく。
昨日、俺の部屋を捜索し、あの忌まわしい手紙を発見した、あの騎士。
「まさか……あの、手紙を持っていた……」
「ああ。お前の部屋から『影の教団からの手紙』とされる証拠品を押収した、二人のうちの一人だ」
クライスの言葉が、冷たい現実を突きつける。
「……なんで」
意味が分からない。
なぜあの騎士が殺される必要がある?
まさか本当に俺に関わる人を狙い撃ちしているとでもいうのか?
「それはこちらでも調べている。だがよりお前に対する疑念が深まっている、と言わざるを得ない」
クライスは真実を告げる。
「そう、だろうな」
そしてそれは納得ができるものだった。
立て続けに俺に関わった人が死んでいっている。
それに俺を疑ったあの騎士が死んだ、という事実は表面的に見れば俺の仕業に見えてしまう。
「じゃあ俺は行く」
クライスはそう言って去っていった。
ガチャリ、と扉が閉まり、再び鍵がかけられる重い音が響く。
一人残された部屋で、俺は壁に背を預け、ずるずるとその場に座り込んだ。
「……どうしたら」
絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。
カインさんが死んだ。
そして今度は、俺を取り調べた騎士が。
(やっぱり俺に……俺に容疑をかけるためなのか?)
そうだ。それしかない。
俺を疑っていた騎士が死ねば、最も疑われるのは誰だ?
動機があるのは、俺だけだ。
『影の教団』は、俺を殺人犯に仕立て上げ、社会的に抹殺しようとしている。
あの手紙は、そのための罠だったんだ。
(ふざけるな……)
怒りが腹の底から込み上げてくる。
そんな下らない理由のために人の命を奪うことなどあってはならない。
だが同時に、どうしようもない無力感が全身を支配していた。
俺はここに閉じ込められている。
弁明の機会も、潔白を証明する手段も奪われたまま、ただ次の犠牲者が出るのを待つしかない。
時間は、無情に過ぎていく。
クライスが持ってきた食事には、結局手がつけられなかった。
窓の外が夕暮れの茜色に染まり、部屋に深い影が落ち始める頃。
半日近くを、俺は絶望と無力感の中で過ごしていた。
『……ディランさん』
沈黙を破ったのは、ルーの声だった。
『大丈夫ですか?』
「……ああ、少し落ち着いてきた」
半日近くを無為に過ごし、ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど乾いていた。
クライスが持ってきた食事は、とうに冷え切っている。
「ルー……お前は知ってたりしないのか?」
思わずそんな言葉が口から飛び出ていた。
『え?』
「犯人、今回のだ」
『ごめんなさい、私には何も……』
ルーの言葉は申し訳なさそうに言葉尻が萎んでいく。
「そうだよな……」
ため息混じりに言葉を吐く。
『あの……呪殺ってどんなものなんですか?』
するとルーからそんな質問が飛んできた。
「……呪殺?」
唐突な問いに、俺は虚ろな視線を巡らせる。
「……遠くから、相手に触れずに命を奪う魔法だ。アレンやロイがやられたっていう……証拠が一切残らない、最悪の手段だ」
俺がそう答えると、ルーはしばらく黙り込んだ。
「多分、俺を陥れるためにきっとやっているんだと思う……」
俺は自分の考えを付け加える。
するとルーは子供のような純粋さで、再び疑問を口にした。
『……そうなんですか? なら何でディランさんをそのまま狙わないんでしょう?」
「……それは」
ルーの言葉に俺は口ごもる。
確かにそれが一番効率的かつ決定的だ。
俺の口さえ閉じればこれ以上、教団の話が広がることはない。
わざわざ断罪されるような手間をする必要すらないのだから。
いや、理由ならあった。
俺はゲーム知識を思い出しながら口を開く。
「呪殺は特定の条件が必要なんだ。そもそもあれは教団員が口を割らないため、に……」
俺はそこまで言って、言葉を切った。
何か違和感がある。
それも根本的に何かがズレている感覚。
「……そうだ」
俺の声は、乾いていた。
『え?』
「『教団員が口を割らないため』……そうだ、ゲームでの呪殺は、そういう設定だった」
俺は虚ろな頭で、必死に前世の記憶をたぐり寄せる。
そうだ、あれは無差別の暗殺魔法じゃない。
教団に加入する際に刻まれる『呪印』そのものだ。
裏切り者や捕虜を、口を割る前に遠隔から『処分』するための……教団の、非情な首輪。
「だから、俺を呪殺できないんだ。俺は、教団員じゃないから……」
ルーの純粋な疑問が、恐るべき真実の扉をこじ開けた。
だが、それならば。
アレンとロイが殺されたのは分かる。彼らは教団員だった。
では――
「……じゃあ、カインさんや、あの騎士さんは……?」
絞り出した声が、静かな部屋に虚しく響いた。
ルーは答えない。いや、答えられない。
だが、導き出される答えは、たった一つしかなかった。
「……二人とも、教団員だった……?」
ありえない、と頭が拒絶する。
カインさんが? あの気さくで、面倒見が良くて、俺に「変な奴だ」と笑いかけてくれた彼が?
昨日俺を尋問したあの騎士も?
だが、それ以外に説明がつかない。
呪殺が教団員専用の『首輪』であるならば、その首輪が作動したということは、彼らが教団に属していた何よりの証拠だ。
『え……えっと、どういうことですか?』
ルーが混乱したように尋ねてくる。
「教団は……仲間を殺したんだ。アレンやロイと同じように、口封じのために」
怒りよりも先に、強烈な悪寒が背筋を走った。
恐ろしい。
この組織は、目的のためなら自らの駒すら、こうも容易く切り捨てるのか。
そして、その事実は、俺が置かれた状況の異常さを、さらに際立たせる。
(待て……じゃあ、あの手紙は……?)
あの『歓迎する、同朋よ』と書かれた手紙。
そうだ、あの騎士は教団員だった。
だとしたら、昨日の聴取は……。
俺の部屋からあの手紙を「発見」し、俺を容疑者に仕立て上げたあの流れは、全て……。
「……茶番、だったのか」
あの騎士は、俺を尋問するふりをして、あらかじめ用意していた手紙を「発見」し、俺を犯人に仕立て上げた。
カインさんもそうだ。彼も教団員だったなら、俺に親しげに接してきたのも、全て……演技?
俺を監視し、孤立させ、罠にはめるため?
全ては俺が「影の教団」の名を告発した所から始まっていたのか?
だったら、なぜ彼らは死んだ?
「……使い捨て、とでも」
冷たい言葉が口をつく。
彼らの死は確かに機能している。
結果として俺は今、容疑者として軟禁されているのだから。
俺を陥れるという作戦のために、二人の仲間を生贄に捧げた、ということなのだろう。
「……狂ってる」
影の教団の底知れない闇と、その計画の残忍さに、全身の血が凍る思いだった。
同時にふつふつと怒りが込み上げてくる。
命を何とも思っていないその所業に腹が立つ。
奴らはこの世界の闇だ。
この世界の破滅を担う一端だ。
消さなければならない。
いや、消えるべきだ。
――だってそれがこの世界を救うことになるのだから。




