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悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました  作者: 根古


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第48話 罠の中へ

 ――まさかこんなことになるとは。


 翌日、俺は重要参考人として、朝から王国騎士団による事情聴取を受けていた。

 だがそれは仕方のないことだ。

 俺は第一発見者であり、カインさんと最後に言葉を交わした人物。

 これで疑いを向けられないほうがどうかしている。


「では最後に君の部屋を見せてもらえるかな?」


 騎士の一人が、事務的な口調で俺にそう告げた。

 もう終わりかと、想像より随分と簡単な聴取だったことに気が抜ける。


「はい、構いません」


 俺は騎士たちを伴い、自室へと続く静かな廊下を歩く。

 頭の中は、工房の光景と、カインの穏やかすぎる死に顔で満たされていた。


(これで、終わり……)


 部屋を見せるだけで解放されるのなら、安いものだ。

 騎士の一人が扉を開け、もう一人が俺に先に入るよう目で促す。

 俺は無言で部屋に入り、二人の騎士が後に続いた。


 昨日までと何ら変わらない、簡素な宿舎の一室。

 ベッドと机、小さな書棚。

 やましいものなど、何一つない――はずだった。


「失礼する」


 一人の騎士が、手際よく部屋の捜索を始めた。

 クローゼットを開け、数少ない着替えを検める。

 もう一人は、書棚の本を数冊抜き取り、パラパラと中身を確認している。

 俺は壁際に立ち、その無機質な作業をただ眺めていた。


 その時だった。

 書棚を調べていた騎士の手が、机の引き出しへと伸びる。


 ――あっ。


 声にならない声が喉の奥で詰まった。

 しまった。

 昨日の夜、あの忌まわしい手紙を、そこに押し込んだことを失念していた。


 やましいことは何もないが、その悪趣味なデザインの手紙は間違いなく彼らの目を引くことになるだろう。

 対して俺はその手紙に対して答えられることはほとんどないのだから悩みの種である。


 騎士の手が、引き出しの取っ手に触れる。

 俺の心臓が、嫌な予感と共に早鐘を打った。

 ガチャリ、と引き出しが開く音。


「――これは」


 騎士の声のトーンが、僅かに変わった。

 彼は引き出しから、あの黒い封筒を取り出す。

 奇妙な紋章が刻まれた封蝋が、部屋の光を受けて鈍く光った。


「何ですか、これは」


 もう一人の騎士も、その封筒に気づき、近づいてくる。

 二人の視線が、封筒から俺へと向けられた。


「それは……」


 俺は言葉を探す。

 正直に答えるべきか。だが、何と説明すればいい?

 そもそも俺にだって分かっていないんだ。

 『異邦人』などという内容も転生者と紐づけられるのは俺と同じ転生者くらいだろう。


「数日前、部屋に戻ったら置いてありました」


 俺は正直に答えた。

 嘘をついても、後で矛盾が生じるだけだ。


「差出人は?」


「分かりません。ノックの音がして扉を開けたら、そこに置かれていました」


「……中を見ても?」


 騎士の問いに、俺は頷いた。

 騎士は俺の目を見据えたまま、封筒を開く。

 彼は躊躇なく中から羊皮紙を取り出し、その文面に目を通した。

 みるみる内にその表情が険しいものに変わっていくのが分かる。


「これは……」


 驚愕が顔に張りつかせ呟く。


 ――何だ?


 その反応は俺の予想とは異なるものだった。

 困惑なら分かる。

 だがあの表情は驚愕と恐怖を内包したものだった。


「……どうかしましたか?」


 俺が尋ねると、騎士は何も答えず、もう一人の騎士に羊皮紙を渡した。

 それを受け取った騎士もまた、目を見開き、俺を見る。


「……君、これを本当に読んだのか?」


 騎士の問いに、俺は戸惑いながら頷いた。


「はい。もちろんです」


 俺が頷くと、二人の騎士は顔を見合わせる。

 やはり何かが変だった。


「あの……?」


 俺の問いに、騎士は険しい表情のままその手紙を俺に向けて広げた。

 そこに記されていた文字を見て、俺は自身の目を疑った。


「――え?」


 思わず、間抜けな声が漏れる。

 羊皮紙に書かれていた文字は、俺が以前見たものとは、全く異なっていた。


『歓迎する、同朋よ』


 なんだコレ。

 そんなものは見覚えがない。


「同朋……これは『影の教団』からの手紙ではないのか?」


 騎士の表情はすっかり敵意に満ちていた。


「い、いえ、そんなわけが!」


 俺の必死の否定は、騎士たちの冷たい視線に弾き返される。

 彼らの目には、もはや疑念を通り越した、確信の色が浮かんでいる。


「……話は後日聞かせてもらおう。この手紙はこちらで預からせてもらう」


 騎士の一人が手紙を懐にしまい込む。

 もう一人は俺から目を離さず、腰の剣に手をかけた。


「待ってください! 俺が見た時は、そんなことは書いてありませんでした!」


 俺は必死に訴える。

 だが、騎士たちの表情は微動だにしない。


「最初は『歓迎する、異邦人よ』と書いてあったんです! 本当です!」


 騎士の一人が、冷ややかに繰り返した。


「つまり突然手紙の内容が変わったと?」


「そうです! 俺は教団とは何の関係もありません!」


 俺の声は、自分でも驚くほど必死だった。

 だが、その必死さが逆に疑念を深めているように見えた。


「ディラン・ベルモンド。君には、当面の間、この部屋から出ることを禁じる」


 騎士の一人が、事務的な口調で告げた。


「食事は届けさせる。それ以外の外出は一切認められない。分かったか?」


「そんな……俺は何もしていません!」


「それは、これから調べさせてもらう」


 騎士たちは有無を言わさぬ態度で、部屋を出ていった。

 扉が閉まり、外から鍵のかかる音が響く。


 ――軟禁。


 俺は、事実上の容疑者として、軟禁されたのだ。


「嘘だろ……」


 力が抜け、その場に膝をついた。

 頭の中が真っ白になる。


『ディランさん……』


 ルーの心配そうな声が、頭の中に響く。


「ルー、俺は……俺は見たんだ。『異邦人』って書いてあったんだ」


 震える声で訴える。


『はい、私もそれを見てました』


 ルーの声は、優しかった。

 だが、それだけでは何も解決しない。


(なぜ、文面が変わっている……?)


 俺は机に歩み寄り、引き出しを開ける。

 そこには――何もない。

 当然だ。手紙は騎士に押収された。


(誰かが、入れ替えた……?)


 だが、いつ? どうやって?

 いや、差し替えること自体はいつでもできた。

 何しろ俺は昨日までずっと手紙を机の上に置きっぱなしにしていたのだから。

 見た目が瓜二つの封筒さえ用意すれば、中身だけを入れ替えることは容易だっただろう。


(でも、なぜ……?)


 俺を陥れるため?

 それとも、何か別の目的が?

 頭の中で、様々な可能性が駆け巡る。

 だが、どれも確証には至らない。

 その時、扉がノックされた。


「……誰ですか」


 警戒しながら問いかける。


「俺だ」


 聞き覚えのある、簡潔な声。

 クライスだった。

 扉が開き、白い騎士団の制服を纏った彼が入ってくる。

 その手には、簡素な食事を乗せた盆があった。


「食事を持ってきた」


 クライスは無表情のまま、盆を机の上に置いた。


「……お前が、運んでくるのか」


「俺が志願した」


 クライスは短く答え、俺の顔をじっと見つめた。


「お前が教団の一味だとは思えない」


 その言葉に、俺は思わず顔を上げた。


「クライス……」


「だが、証拠がない。お前の言う『異邦人』という文面も、誰も確認していない」


 彼の声は、相変わらず淡々としている。

 だが、その瞳には――僅かな信頼の色が宿っていた。


「俺は、お前を信じる。だが、それだけでは足りない」


「……分かってる」


 俺は拳を握りしめた。


「俺が、証明しなければならない。俺の潔白を」


「そうだ」


 クライスは頷き、扉へと向かった。


「また来る。それまで、諦めるな」


 彼はそれだけを残し、部屋を出ていった。

 再び、鍵のかかる音。

 だが、今度は――先程よりも、少しだけ心が軽かった。


『ディランさん、良かったですね。クライスさんが信じてくれて』


「ああ……本当にな」


 俺は窓辺に立ち、外を眺めた。

 王城の庭園には、いつもと変わらぬ平和な光景が広がっている。


(このままじゃ、終われない)


 カインの死も、この濡れ衣も――全ては『影の教団』の仕業だ。

 彼らは、俺を孤立させ、追い詰めようとしている。

 隠された教団の名を明らかにした俺に対し、全力で攻撃をしてきているのだ。

 だが、屈するわけにはいかない。


 奴らこそがこの世界の闇の一つ。

 魔王復活を目論み、無辜の人々を犠牲にする――許されざる存在。

 それを打ち倒すことこそが、世界の破滅から救うために必要なことだ。


『ディランさん……』


 ルーの心配そうな声が、頭の中に響く。


「大丈夫だ、ルー」


 俺は拳を強く握りしめた。


「俺は、負けない。こんなところで、終わるわけにはいかないんだ」


 机の上の食事に目を向ける。

 まだ温かい。クライスが、わざわざ運んできてくれた。


 信じてくれる者がいる。

 それだけで、十分だ。


 ――そして翌日、俺は二人目の訃報を耳にするのだった。

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