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悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました  作者: 根古


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第44話 新たな発見

 翌朝。

 昨日よりは随分とマシな状態で目を覚ました。


『おはようございます、ディランさん!』


 ルーの明るい声が頭の中に響く。


「ああ、おはよう」


 窓から差し込む朝日は、昨日と変わらず穏やかだ。

 だが俺の心境は、確かに昨日とは違っていた。


 机の上には、相変わらずあの黒い封筒がある。

 それは依然として俺の心に影を落としているが――昨日ほどの動揺はない。


 (考えても仕方ない)


 どちらかというと諦めに近いのかもしれない。

 気にしすぎることで疲れるのは昨日で十分に思い知った。

 図太く生きられる性質ではないが、何にせよ今は後回しにしておく他ないのだと。


 俺は深く息を吸い、身支度を整え、部屋を出る。

 昨日と同じ道を辿り、食堂へと向かった。


『ディランさん、今日は元気そうですね』


「まあ、昨日よりはな」


 苦笑しながら答える。

 食堂もまた昨日と同じように人はまばらだ。

 俺は食事を受け取り、席を探す。


「あれ?」


 しかしとある人物で視線が止まる。

 その人物は白を基調とした制服を身に纏い、姿勢よく食事をしていた。

 俺は近づき声をかける。


「クライスか?」


「ディランか」


 その人物、クライスは相変わらずの仏頂面で俺を見る。

 しかし彼がなぜここにいるのだろう?


「その制服って……」


 俺は彼が身に纏っていた制服に目を向ける。

 食堂にも同じような格好の人が何人かいた。


「王国騎士団の制服だ」


 クライスはこともなげにそう言ってスープを口に運ぶ。

 なるほど、と俺は納得しつつも、それは欲しい答えではない。


「いや、何でクライスが騎士団に?」


 クライスは手を止め俺を見る。


「入団した」


「……はい?」


 もはや答えになっていないその簡潔な答えに、俺は思わず聞き返す。

 その問いにクライスはスプーンを手元に置き、俺に体を向ける。


「元々誘いは受けていた。知見を広げるために学院に入学したが、休校になってしまった以上は、断る理由はない」


「……なるほど」


 クライスの答えにようやく合点がいく。

 そりゃあ、あれだけ魔物相手に立ち回れるような人材を国が放っておくわけはない。

 それに大精霊フェンリルにまで見初められたとなると、それこそ誰もが欲しがる人材だろう。


「お前は?」


 今度はクライスが俺に質問を飛ばした。

 彼から質問されるとは思わず多少驚きつつも俺は答える。


「宮廷魔法師の見習いとして昨日から従事してる」


「宮廷魔法師……」


 クライスのその呟きには、様々な感情が混じっているように思えた。


「そうか」


 しかしそれだけ言い残しクライスは再び食事を始める。

 これ以上、言うことはないとばかりに。


 何と言うか、平常運転である彼に内心苦笑しつつも、俺は席につく。

 隣は少し気まずいので向かいの席に座った。


 自分の食事に手をつける。

 昨日とは違い、今日は味がしっかりと感じられた。


 沈黙が流れる。

 だが、それは決して気まずいものではなかった。

 クライスという男は元々多くを語るタイプではないし、俺もまた無理に会話を続ける必要を感じていない。


 互いに黙々と食事を進め、先に食べ終えたのはクライスだった。

 彼は食器を盆に乗せ、静かに立ち上がる。


「騎士の仕事は大変か?」


 先に食事を終えた、彼に何気なく言葉をかける。

 クライスは一瞬だけ足を止め、こちらを振り返った。


「大変ではない仕事などないだろう」


 その声は、相変わらず平坦で感情が読みにくい。

 だが、その言葉には確かな実感がこもっていた。


「……それもそうか」


 俺は苦笑する。


「じゃあ先に行く」


「ああ」


 そうして彼と別れる。

 やはり見ず知らずの他人より、ある程度身の丈を知っている人というのは大事なのだと思い知った。

 あのクライスでも、リラックスして話すことができたのだから間違いのない事実だろう。


『何だか楽しそうでしたが、私もいますよ!』


(はいはい)


 ルーの軽口をいなしつつ、俺は食堂を後にする。

 向かう先は昨日と同じ資料室だ。


「おはようございます」


 資料室の扉を開けると、昨日と同じメンバーが既に作業を始めていた。 俺の声に、カインが顔を上げる。


「おう、ディラン。今日は顔色が良いじゃないか」


「はい、昨日はすみませんでした」


「気にするな。さあ、今日もあの山の続きだ。頼んだぜ」


 カインは親指で古文書の山を示す。

 他の同僚たちも、俺に軽く頷いてみせた。

 昨日ほどの刺々しい空気はない。どうやら、初日の失態は多めに見てくれたようだ。


「はい、任せてください」


 俺は力強く頷き、羊皮紙の山へと向かう。

 今日こそは、汚名返上だ。

 俺は一枚一枚、丁寧に、そして素早く内容を確認し、棚へと分類していく。 古代文字の解読にも、昨日より集中できている。


 そして作業は順調に進み、昼前。


「よし、今日の書類整理はここまでだ」


 カインが俺に声をかける。


「あ、そうなんですね」


「午後からは魔道具整備をやることになってな」


「魔道具整備……」


 仕事の内容を聞いて思わず呟く。

 今や魔道具は日常にありふれた物となったが、整備となると経験はない。

 専門的過ぎて独学でできるようなものではなかった。


「大丈夫、初めてでもできるように俺たちがしっかり教えるから、心配いらないさ」


 カインは笑みを浮かべ、俺の肩を軽く叩く。

 その気さくな態度に少しだけ安堵する。


「ありがとうございます」


「さて、と。それじゃあ場所を移動するぞ。こっちだ」


 カインに促され、俺たちは資料室を出て、塔のさらに奥へと続く通路を進んだ。

 しばらく歩くと、これまでとは雰囲気の違う、金属と油の匂いが混じった一室にたどり着く。


 ひと目見て分かる。

 そこは工房だった。

 壁には様々な工具が整然と並べられ、作業台の上には分解された魔道具や、用途の分からない部品が散らばっている。


『うわぁ……』


 俺の代弁をするかのように脳内へ感嘆の声が響いた。

 今回ばかりはルーと同じ気持ちだ。

 何とも言えないワクワク感がある。


「まずは簡単な魔力充填からやってもらう。あそこの燭台、魔力が空っぽになってるから、新しいものに差し替えていってくれ」


 示されたのは、一見するとただのアンティークな燭台だった。

 だがその台座には、魔力を蓄えるための小さな魔石が埋め込まれている。

 現代的に言うとこれが電球の役割をしているものであり、これまで火を使っていたものから、魔力の時代へと一気に文明が進歩した。

 もちろん発明者は『万器の聖匠ノエル』。あの少女リリアである。


「やり方は簡単だ。台座の裏にある留め金を外して、古い魔石を取り出す。そして新しい魔石をはめ込んで、魔力を少しだけ流してやればいい」


 カインは手本を見せながら、手際よく作業を進めていく。

 古い、輝きを失った魔石が彼の手に落ち、代わりに新品の、淡い光を放つ魔石が台座に収まる。カインが指先から微量の魔力を流し込むと、燭台の先端がぽう、と柔らかな光を灯した。


「こんな感じだ。注意点としては、魔力を流し込みすぎないこと。下手をすると魔石が焼き切れるからな」


「分かりました」


 俺は頷き、一つの燭台を手に取る。

 ずしりとした金属の重み。

 そして、その内部に宿る、緻密な構造。

 魔力を意識すると、その燭台がただの道具ではないことが、手に取るように分かった。


(……すごい)


 見慣れたもののはずなのに、こうして注意深く見ると、それはまるで血管のように、極細の魔力回路が張り巡らされている。

 台座の魔石から供給された魔力を、無駄なく、そして効率的に先端の光源へと導くための設計。


 これを一から作り上げ、形にした。

 まさに天才の所業であると言わざるを得ない。


 俺はカインに教わった通り、台座の留め金を外し、古い魔石を取り出す。

 そして新しい魔石をはめ込み、意識を集中させた。

 問題は、ここからだ。

 魔力を、ほんの少しだけ流し込む。


 燭台内部の回路へと意識を接続するようなイメージを描く。

 魔石をはめ込むソケットの形状、そこから伸びる回路の太さ、そして終着点である光源の構造。

 その全てが、頭の中に立体的に浮かび上がった。


 今していることは、いわば魔力感知の応用だ。

 上からの俯瞰ではなく、目に見えない内部を見る使い方。


(こういう発見もあるのか)


 新たな導きに心踊りながらも、作業を続ける。


 必要な魔力量が、感覚的に分かり指先に意識を集中させた。

 糸のように細い魔力を、そっと流し込む。

 魔力は俺のイメージ通りに回路を走り、ぴたりと必要な分だけが供給される。  ぽっ、と。

 燭台が、美しい光を灯した。


「お見事!」


「うわっ!」


 突然の声。

 見れば再び少女の姿。

 昨日に引き続き、リリア・ノエーデルがそこにはいた。


 まあ、魔道具関連で彼女が出てこないなんてことは無いとは思っていたが、まさか連日くるとは。


 ――暇なのだろうか?


「お兄さんの魔力制御、すっごく綺麗だった!」


「あ、ありがとうございます」


 素直に褒められて嬉しい気持ちと、自覚としてあまりないので戸惑いの気持ちが半分だ。


「ねえ、お兄さんって初めてなんだよね?」


「あ、はい、そうみたいですね」


 リリアの問いにカインが答え、俺が頷く。


「うーん、うーん」


 それを聞いた何故かリリアが急に唸りだした。


「お兄さん、私の弟子になって!」


 彼女の瞳は満点に輝いていた。

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