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悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました  作者: 根古


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第32話 後始末

「というわけでお疲れのところ非常に申し訳ないんだが、もう少しばかり付き合ってもらってもいいかな?」


 ゼノンの声が、正門に響く。

 その口調は軽やかだが、有無を言わせぬ響きがあった。

 アリシアから受け取ったポーションを飲む生徒たちからも注目が集まる。


「もう少しの辛抱だ、これが終わればこの幕も上がる」


 未だ学院を覆うエルナの結界を見上げる。

 既に戦いは決したというのに、結界は未だ解かれていなかった。

 決して燃費の良い魔法とは言えないそれを継続し続けることには何らかの意味があるのだろうか。

 エルナを見るも、彼女は難しい顔をしたままだ。


「後始末……ですか?」


 生徒たちの中からそんな声が飛んでくる。

 ゼノンは満足げに彼に頷き返した。


「ああ。後始末、事後処理、あるいは事情聴取。呼び方は何でもいい。要するに、何が起きたのかを、君たち当事者から直接聞かせてもらいたい」


 ゼノンの視線が、居合わせた生徒たち――特に、クライス、アリシア、そして俺の上をゆっくりと滑る。


「はっきり言って、今回の襲撃は異常だ。王都近辺での魔物の襲撃なんてここ数年観測されてない。それも、これだけの規模と統率の取れた軍勢となれば、前代未聞と言っていい」


 ゼノンの言葉に、生徒たちの間に緊張が走る。

 ただ運悪く魔物の大群に襲われた、という単純な話ではない。

 彼の言葉は、この事件の背後に明確な「意思」が存在することを示唆していた。


「ガーゴイルを複数含む中級魔物の軍勢、そして生徒に化けて潜入したと思われる魔人も確認された」


 魔人、その言葉を聞いた生徒たちの中から動揺の声が漏れる。

 魔人とは人と同じ見た目であり、言葉を介しながらも、人ならざる存在だ。

 そして何より、数百年前に世界を震撼させた魔王もまた魔人の一人だったと伝えられている。


「そんな……」

「魔人が、この学院に……?」


 恐怖と混乱が、戦いを生き延びた生徒たちの間に伝播していく。

 この襲撃が、単なる魔物の暴走ではない可能性。その事実に、誰もが言葉を失っていた。


「まあまあ、落ち着きたまえ。既に脅威は去ったのだから」


 ゼノンは穏やかに場をなだめながら続ける。


「だからこそ、情報が必要なんだ。どんな些細なことでもいい。違和感を覚えたこと、妙だと思ったこと。君たちが見て、感じたすべてが、敵の正体を暴くための重要なピースになる」


 ゼノンの真摯な声が、生徒たちの間に浸透していく。

 しかし、それでも彼らは互いに顔を合わせ困惑の表情を浮かべるばかりだ。


 無理もない、彼らは前線で戦っていた者たちであり、余所に気を回している余裕があったとは到底思えない。


 その間、俺とアリシアは互いに視線を交わした。

 俺達は知っている。

 この事件の発端となったであろう出来事を。


「宜しいでしょうか?」


 アリシアが手を挙げる。

 ゼノンが頷き、皆の視線がアリシアに注目した。


「学院への襲撃が起こる数分前、私の元に一人の生徒が尋ねてきました。詳しい事情は後ほど話させて頂きますが、その彼が持っていた石を取り出すと、突然魔物が現れたのです」


 アリシアの言葉に、その場にいた全員の視線がより一層彼女に集中する。

 生徒が持っていた石。それによって魔物が呼び出された――それはにわかには信じがたい話だろう。


「ふむ、実に興味深い。現物はあるかな?」


 ゼノンの問いに、今度は俺が答えた。


「――それはこちらです」


 俺はそう言って魔誘石(まゆうせき)の欠片を手のひらに乗せる。

 唐突に会話に割って入った俺に、関心を見せるゼノンだったがすぐに石に視線を向けた。


「確かに奇妙な魔力を感じるような……エルナ殿、何か分かるかい?」


 ゼノンはエルナに話を振る。

 彼女もまた険しい面持ちでその欠片を睨みつけていた。


「……いえ、生憎と答えと言えるほどのものはありません」


 それは宮廷魔法師であっても未知の物質と結論付けてしまうほどの物。

 一介の生徒が持っていて良いはずの物ではないことの裏付けだった。


「これを持っていた生徒は今どこに?」


「教会で拘束しています」


「そうか、では後ほど伺うとしようか」


 ゼノンはそう言うと、懐から取り出した小さな布で、俺の手のひらにある魔誘石の欠片を慎重に包み込んだ。


「ちなみになぜ少年がこれを?」


 受け取るついでとばかりにゼノンが俺に問いかける。


「その事が起こった際に居合わせたのが俺だったというだけです」


 俺は正直に答えた。

 ゼノンが少し考えた素振りを見せるが、すぐに納得したように頷く。


「ああ、そうか。少年には例の感知能力があったね。もしかして常時発動してるのかい?」


「まあ、できる限りは」


「なるほどなるほど、それであの練度なのか。その動機も実に気になる所だが、今は良しとしよう」


 ゼノンは満足げに頷き、再び生徒たちに向き直り、歩み寄る。


「さて、それ以外に何か奇妙な点、気になることがあった人はいるかな?」


 そう言ってゼノンは生徒たちの間を練り歩き、そしてクライスに顔を向けた。

 彼ならば戦闘中でも気付きがあったのではないかという期待だろう。


「生憎と、こちらは魔物襲撃以外のことは何も」


 クライスの言葉に、ゼノンは僅かに肩をすくめた。

 無理もない、とでも言うように。


「そうか、無理を言ってすまなかったね。ああ、そうだ、君たちはどのようにして魔物たちを食い止めたのか聞いてもいいかな?」


 ゼノンの問いにクライスは答える。


「多くの生徒は剣と盾で、俺は精霊術を使って大型の魔物を」


「ふむ、では魔法そのものは精霊術だけかい?」


 その問いにクライスは頷いた。


「そうか、確かに周囲を巻き込む事故を起こさないためには妥当な判断だ。ありがとう、君たちのお陰で学院は救われたと言ってもいい」


 ゼノンの言葉にクライスは小さく頭を下げ控えていった。

 そうしてしばしの沈黙。

 これ以上は、新たな証言者は現れそうにない雰囲気だ。


「……あの」


 そして俺が再び口を開く。

 ゼノンの爛々とした視線が再び俺を捉える。


「お、何かあるのかい? 少年の意見はとても興味深いところだ」


「あの、東門のことです」


「東門?」


 俺の言葉にゼノンは首を傾げた。

 すぐにエルナが小さく息を吐き、続ける。


「魔物の襲撃があったのは正門と東門です。正門はこの通り守り切ったようですが、東門は破られています」


 エルナの説明にゼノンは頷く。


「その東門が破られる直前、爆発音がしたんです」


「ほうほう、つまり何者かが魔法ないし爆発物を使った可能性が高いと」


「可能性ですが」


 俺の言葉にゼノンは頷き、そして笑みを浮かべた。


「うん、流石は少年だ。その可能性については私も考えていたところだった――ということで、エルナ殿、そろそろ良いかな?」


 ゼノンの言葉に、エルナはこくりと頷いた。

 そんな彼女の手元には小さな魔法陣がいくつか浮かんでいる。


 そして同時にゼノンの足元、正確にはゼノンが歩いた地面にもまた小さな魔法陣が浮かび上がっていた。


「何を……」


 俺をはじめ生徒たちからも動揺の声が上がる。

 明らかに彼女は魔法を行使しようとしていたからだ。


「安心してくれ、これが最後だ」


 ゼノンの言葉。それがまるで合図だったかのように、エルナが静かに手を掲げた。

 彼女の足元、そしてゼノンが歩んできた道筋に淡く輝いていた魔法陣が、一斉に眩い光を放ち始める。


 光は幾筋もの線となって結ばれ、複雑な紋様を空中に描き出す。

 生徒たちから驚きの声が上がる中、光は一人ひとりの身体に吸い付くような動きを見せる。


「安心してください。これは、単なる解析魔法です。術者が使用した魔力の履歴を特定するものに過ぎません」


 そうしている内に生徒たちの身体から魔法陣が浮かび上がる。

 特にクライス、アリシア、そして俺の身体には複数の魔法陣が浮かび上がっていた。


 それを認めたエルナが生徒たちの間を練り歩き、魔法陣を確認していく。

 何だか自分の個人情報が盗み見られているようであまり気分の良いものではないが、現状は協力するほかないだろう。


 やがて、エルナの足が一人の生徒の前で止まった。

 それは、後方で盾を構えていた、あまり目立たない生徒だった。彼の身体から浮かぶ魔法陣は二つ。


「……貴方」


 エルナの冷たい声が、静まり返った正門に響く。

 それは普段の彼女からは想像もつかないほど、鋭利な刃物のような響きを帯びていた。


「お、見つけたかい?」


 ゼノンの声にエルナは頷く。


「この魔法は爆発魔法……それも、かなり大規模なもののようですね」


 エルナの静かな、しかし確信に満ちた声が響く。

 名指しされた生徒は、今まで集団の中に埋もれていた、癖のある茶髪が特徴の少年だった。これといった特徴のない、ごく普通の生徒に見える。

 その顔から、さっと血の気が引いていくのが見て取れた。


「そ、そんな……僕が……? 何かの間違いです! 僕はただ、みんなと一緒に盾を構えていただけで!」


 少年は震える声で必死に訴える。

 周囲の生徒たちも、にわかには信じがたいといった様子で、彼とエルナを交互に見ている。


「なるほど、認識阻害の魔法も使われているね」


 ゼノンの指摘に、生徒たちの間にさらなる動揺が広がる。

 認識阻害。それは、対象者の記憶や認識に直接干渉し、事実を捻じ曲げる高等な精神操作魔法だ。

 術者の力量によっては、自分が魔法をかけられていること自体、認識できなくなるという。


「そ、そんな……僕が……? 僕は何も……」


 名指しされた生徒は、なおもか細い声で否定を繰り返す。その瞳は恐怖と混乱で潤み、自分が置かれた状況を全く理解できていないようだった。彼が嘘をついているようには見えない。だが、エルナの解析魔法が示す結果は揺るぎない事実だ。


「無理もない。君自身も、自分が何をしたのか分かっていないのだろう」


 ゼノンは落ち着いた声で語りかける。それはまるで、怯える子供を諭すかのようだった。


「だが、魔法の痕跡は嘘をつかない。君は確かに、東門で大規模な爆発魔法を行使した。そしてその記憶は、何者かによって巧妙に隠蔽されている」


 ゼノンの言葉は、静かな、しかし抗いようのない宣告として正門に響き渡った。

 彼の様子は動揺そのもの。とても悪事を働いたようには見えない。

 しかし、俺には心当たりがあった。

 先程の魔誘石の件といい、この認識阻害の魔法の件といい、その手口を常套としていた組織のことを。


「じゃあササッと解除してしまおうか」


 ゼノンがその生徒に近づく。

 認識阻害魔法は、付与魔法の一種。彼に取って解除は朝飯前だろう。

 解除がなされたとき全てが分かる。


 しかし――


「待ってください!」


 俺は大声を上げてゼノンの歩みを止めた。

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