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原作破壊のその先へ~悪役貴族が破滅回避したら世界が詰みました~  作者: 根古


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第21話 歯車の動き

『ふふん、なかなかの壮観ですねぇ』


 俺の頭の中で、ルーが得意げに声を弾ませる。

 精霊術の披露が一段落し、会場は再び自由な歓談の時間に入っていた。契約者たちが互いの精霊について語り合い、あちこちで小さな輪ができている。


『あ、見てくださいディランさん! あの右側の男子生徒!』


(……右? あの金髪の彼か?)


『はい。彼の肩に乗っているのは「風切イタチ」ですね。すばしっこいですが、戦闘力は皆無です。あ、でも夏場に扇風機代わりにするには最高ですよ』


(……夢のない鑑定をするな)


『おっと、そっちの女子生徒は「水鏡の蝶」ですね。幻術が得意ですが、本人の魔力と釣り合っていません。たぶん、三日後には魔力切れで家出されますね』


(縁起でもない……)


 ルーはまるで動物園に来た子供のように、すれ違う生徒たちの精霊を次々と言い当てていく。


 腐っても元・聖女神、ということか。

 俺たちとは違う「層」が、彼女には視えているらしい。

 精霊は通常、魔力感知で何となく存在を知覚できる程度。その正体や特性まで見抜けるのは、ルーの明確な強みと言える。

 もっとも、彼女のフィルター越しの情報だということは割り引いて考える必要があるが。


『んー、どれもこれも小粒ですねぇ……おや?』


 ふと、ルーの声色が変わった。

 俺もつられて視線を向ける。


「――あれは」


 月明かりに照らされた銀髪が目に入った。

 小柄な少女が、会場の端で一人佇んでいる。

 エルナ・グリーベル。


 彼女がこの場にいるのは意外だったが——宮廷魔法師としての立場があるのか。あるいはマクスウェル教授の代理としてか。

 いずれにせよ、社交を楽しんでいる様子は微塵もなく、相変わらずの無表情で会場全体を値踏みするように見渡していた。

 機嫌が良さそうには到底見えない。


『お知り合いですか?』


(……まあな)


 ルーの言葉に曖昧に答える。

 婚約関係など知られたら、どうなることか。特にこいつには知られたくない。


『ディランさん、ディランさん! 話しかけてくださいよ!』


(……理由は?)


 まさかの提案に、俺は顔が歪まないよう堪えながら問いを返した。

 聖女神としての感覚で、エルナの持つ資質に気づいたのだろうか——


『だって、とっても可愛いじゃないですか!』


 単純明快で身勝手な理由。

 そんな浮ついた気持ちで声をかけた日には、汚名の重ね塗りだ。ただでさえ不名誉なあだ名があるのに。


(……行くぞ)


『あ、逃げる気ですか!?』


(戦略的撤退だ)


 関わらないのが吉。そう判断して踵を返した、その時。


「あ」


 目が合った。

 射抜くような冷徹な視線。俺の心臓が早鐘を打つ。

 くそ、完全にルーのせいだ。


「……ご無沙汰してます」


 無視するわけにもいかず、愛想笑いを浮かべて声をかけた。

 エルナは顔色一つ変えず、口を開く。


「……どうやら、無事に精霊と契約を交わすことができたようですね」


「はい、運よく」


 真実は微妙だが。


「光を灯す精霊術ですか」


「あ、見ていたんですか……」


 あの失態を見られていた恥ずかしさに苦笑が漏れる。

 彼女にしてみれば、既存の魔法体系に劣る術としか映らなかっただろう。


「それで、期待に沿うものでしたか?」


「え……あっ」


 エルナの問いに、一瞬遅れて反応する。

 彼女が言っているのは、以前の法技会で議題に上がった話だ。無詠唱の魔法として、精霊術が実用に足るかどうか。


「いえ……とても実用に足るものでは」


 俺は正直に答えた。


『何の話ですか?』


 ルーが質問を飛ばしてくるが無視する。今は目の前の少女に注意を向けなければならない。


「そうですか。体感していただけたようで何よりです」


 淡々とした返答。だがエルナはそこで——踵を返さなかった。


 少し意外だった。

 彼女はいつも、用件が済めば即座に立ち去る人間だ。


「……あなたの光は置いておいて」


 エルナの視線が、会場の奥——クライスのいた方向へ向いた。


「先程のアルトナ殿の精霊術。あれをどう見ましたか」


「え? ……あれは、凄まじかったとしか」


「凄まじい、ですか」


 エルナは小さく息をついた。感嘆でも落胆でもなく、ただ事実を整理するような吐息だった。


「あの断裂は、魔法体系では再現不可能です」


「再現不可能……」


「ええ。魔法で物体を切断するなら、風刃でも氷刃でも、必ず魔力の物理的作用が介在します。つまり、刃を生成し、対象に衝突させる。ですがあの術は——対象との間に刃が存在しなかった」


 エルナの目が鋭くなる。


「切断ではなく、断裂。空間に亀裂を走らせ、その経路上にあるものが結果として断たれた。……少なくとも私の観察では、そう見えました」


 それはゲーム知識における「かまいたち」の正確な分析でもあった。

 ゲームではただのエフェクトだったが、この世界では空間干渉型の精霊術として成立している。

 エルナは一目でそこまで看破したということか。


「……魔法では越えられない壁が、精霊術にはある。そういうことですか」


「単純にそう言い切れるほど安直な結論ではありません。ですが——」


 エルナの無表情に、わずかな揺らぎが見えた。

 それは悔しさだろうか。あるいは、知的好奇心だろうか。


「魔法と精霊術の間には、まだ未解明の領域が多すぎる。法技会で議論した通りです」


 エルナは言いたいことは言ったとばかりに、今度こそ踵を返す。


「ではまた」


 それだけ言って、エルナは踵を返した。

 銀髪が月明かりに揺れ、人混みの中へ消えていく。


 ——あの少女の観察眼は、やはり尋常ではない。


『何やら複雑な関係だと推察します!』


(余計な詮索は止めてくれ)


『ぶー』


 拗ねたような声を最後に、ルーの気配が急速に薄れていった。

 彼女は度々こうして突然反応がなくなる。本人曰く、力の補給のために寝ているらしい。


 もしかして、先ほどの光球であの程度出力しただけで消耗したのか。


 そんなに繊細なら、省エネのために無駄口も減らせばいいのに。


 ルーの気配が完全に遠のいたのを確認し、俺は小さく息を吐いた。

 頭の中が静かになるだけで、随分と世界が広く感じられる。


 中庭では歓談がまだ続いている。

 兄クラウディオは年長の貴族と真剣な表情で話し込んでおり、ユリウスは穏やかな笑みを浮かべつつ周囲の契約者と言葉を交わしている。それぞれが、それぞれの社交をこなしていた。


 ふと、視界の端に——見覚えのある組み合わせが映った。


 クライス・フォン・アルトナ。

 そしてその対面に立つのは——聖女アリシア・ハートウィル。


 精霊会に聖職者が参加しているのは、おそらく聖女としての公務だろう。

 だが、彼女が話しかけている相手はクライスだった。


 和やか——とはとても言えない空気だが、険悪というわけでもない。

 クライスはアリシアの言葉を黙って聞いている。腕を組み、時折短く頷く程度。

 対するアリシアは、いつもの柔らかな微笑を浮かべてはいるが——その瞳は、教会で会った時よりもずっと冴え冴えとしていた。


 勇者の代わりに立つ者と、聖女。

 まさに今の世界を象徴するような一幕だ。


 彼らが何を話しているのかまでは分からない。

 だが——互いに「現場」を知り、変わった者同士。そこに主役も悪役もモブもない。あるのはそれぞれが背負った選択と、その結果だけだ。


 歯車は止まらない。

 誰かの意思とは無関係に。


 その時、誰が主役になるかなんて——神でさえも知らないのだ。


 そんな確信だけを胸に、俺は再び精霊会の喧騒へと足を向けた。


 ——静かな夜は、まだ終わらない。




「ディラン様、お疲れ様でした」


 精霊会が終わり、会場を出ると、マルタが待っていた。

 俺は肩の力を抜き、深く息を吐く。


「ああ……思った以上に疲れた」


「初めての場でしたから。けれど、とても堂々としておられましたよ」


「そう見えたなら、まあ良しとしよう」


 苦笑しつつ首筋を揉む。周囲の喧騒から離れた途端、どっと疲労が押し寄せてきた。


「しかし……あれを目の当たりにした以上、俺も精霊術をどうにかしないとな」


 指先の光だけで終わった自分の出番を思い出し、思わず頭を抱える。


 ——と、不意に頭の中にまた声。


『大丈夫です、大丈夫です! 次はもっと派手にいきますから!』


(……いつの間にか起きてたのか。お前の言葉はもう信用しないぞ)


『ひどい! でも次は本気出しますから! 本当ですよ!』


 脳内がまた騒がしくなったが、不思議と嫌ではなかった。


「明日は学院もお休みとのことですし、少しゆっくりされてはいかがですか?」


「ああ、そうだったな」


 精霊会の結果を踏まえ、教員たちが王城で協議を行うらしい。学生には関係のない話だが、学院が騒がしくなるため休講になるとのことだ。


「それなら……少し休むか。……いや」


 俺は歩きながら、夜空を見上げた。

 精霊会の残り火のように、まだ幾つかの光球が中庭の上空を漂っている。


「明日はルーとじっくり話をする。精霊術について、真面目にな」


『えっ、えっ、明日ですか!? 今から心の準備しておきます!』


 慌てるルーの声を聞きながら、俺は静かに笑った。


 足りないものは山ほどある。

 だが——一歩ずつだ。


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