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悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました  作者: 根古


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第18話 背筋を伸ばして

「ディラン様!」


 精霊会も間近となった前日。

 部屋で書物を読んでいた俺のもとへ、マルタが慌てた様子で飛び込んできた。


「どうした?」


「本日クラウディオ様が学院にお見えになるとのことです」


「兄上が!?」


 思わず立ち上がる。


 クラウディオ・ベルモンド。

 俺の三つ上の兄であり、ベルモンド侯爵家の次期当主。

 父上と同じく、厳格で家の名誉を第一に考える人だ。


 幼い頃から文武両道、貴族の鑑と称され、俺にとっては常に比較対象とされる高い壁だった。


 原作での兄弟仲は定かではないが、俺が記憶を取り戻し、鍛錬に明け暮れるようになってからは、少なくとも以前よりは会話を交わすようになった。

 俺からしてみれば、厳しくも面倒見の良い兄という印象である。


 ちなみに原作においては、クラウディオはほとんど登場しない。

 ディランの悪行が原因でベルモンド家の評判が落ちた際、父と共にディランを勘当する場面で名前が出てくる程度だ。


 今でもそうならないことを切に願っている。


「どうやらベルモンド家の次期当主として精霊会に参加するようにと、当主様から」


「……なるほど」


 父上が考えそうなことだ。

 概ねオスカーの言っていた通りのようだ。

 名目上は情報共有会だが、やはり公爵家が参加する以上政治的な意味合いも出てくる、ということなのだろう。

 それに俺一人に任せるよりも、兄上を顔合わせさせておいた方が家としても安心という意味合いも含まれているのかも知れない。


 ついでに、兄上もまた精霊契約は成し遂げていたりする。

 契約した精霊は確か、土の精霊だったはずだ。


「本日の昼過ぎには到着されるとのことです」


「分かった、準備をしておく」


 マルタが慌ただしく部屋を出ていくのを見送り、俺は深くため息をついた。

 兄上と会うのは半年ぶりか。

 まあ父上が直接出向いてくるよりは幾分かマシだ。

 ただ、日頃の俺の学院生活に対して小言を言われるのは避けられないだろう。

 俺は気を引き締め、制服の襟を整えた。





 昼下がり、学院の来客用サロン。

 クラウディオ兄上は既に到着しており、真っ直ぐな背筋で椅子に座っていた。

 琥珀色の瞳はいつものように静かで、厳しいが冷たさはない。


「久しぶりだな、ディラン」


「お久しぶりです、兄上」


 俺は形式通りに一礼する。

 兄上は僅かに頷き、表情を崩さぬまま続けた。


「契約の報せは受け取った。光の精霊と聞いたが、間違いないな?」


「はい。名はルーといいます」


『わあ、紹介されました! こんにちはお兄さん!』


 頭の中で騒ぐ声を押し込め、俺は表情を崩さずに答えた。

 兄上はしばし沈黙し、やがて小さく口元を緩めた。


「よくやった。これでお前もベルモンド家の次男として面目が立つ」


 兄上からの賛辞は、短いながらも重みがある。

 俺はほっと胸をなで下ろした。


「明日の精霊会だが、父上はこの場を大事な顔合わせと見ておられる。無作法のないように」


「承知しております」


 自然と背筋が伸びる。

 兄上の目は厳しいが、俺を試すようでもあった。


「それで学院での生活はどうだ? 適宜マルタからの報告は受けているが、お前は昔から妙なことにこだわる節がある」


 痛いところを突かれた気がして、思わず肩が強張る。


「……学生として日々、充実した生活を送っています」


「そうか」


 兄上は軽く頷く。

 それだけで終わるかと思いきや、少し間を置いて言葉を足した。


「ディラン。家の名を背負うということは、ただ体面を整えるだけでは務まらない。知識も、技量も、交渉力も――すべてを揃えて初めて、一人前だ」


 その言葉は叱責ではなく、真剣な助言だった。

 俺は無意識に拳を握る。


「はい、理解しているつもりです」


「そうだな、お前は聡い。だからこそ父上もお前のやりたいようにやらせてきたんだろう」


 兄上は俺の目を真っ直ぐと見つめる。

 それは期待か、それとも試すような眼差しか。


「だからこそ、明日は試金石だと思え」


「はい」


 短く答える声が、自分でも驚くほど固い。

 しかし兄上は満足そうに頷くと、椅子から立ち上がった。


「さて、お前の顔も見れたことだし、私はこれで失礼する。明日の精霊会では、私も同席する予定だ。父上の名代として、面目を損ねるわけにはいかないからな」


 俺が深く一礼すると、兄上は満足げに頷いた。


「そうだ、もう前日ではあるが、今から何か必要なものはあるか?」


 思い出したように兄上は口を開く。

 俺は少し悩んだ末、一つお願いを口にした。


「……服装を一度見てもらいたいです」


 そう答えると、兄上はわずかに口元を緩めた。


「いい心がけだ。後でマルタと用意しておけ」


 そう言って、クラウディオ兄上は踵を返した。

 去り際の背中はやはり大きく、そして遠い。


『ふむふむ、お兄さんカッコイイですね! ちょっと怖いけど!』


(……まあそれは同じ意見だ)


 俺は深く息を吐き、緊張をほぐすように背もたれに体を預けた。

 明日はいよいよ精霊会。

 兄上の言葉が、心の奥で何度も反芻される。


(……家の名を背負う、か)


 元の世界では考えもしなかった言葉だ。

 だが、こうして兄上の言葉を聞くと、それがただの重荷ではなく、一つの道しるべにも思える。


『うーん、なんかディランさん、かっこいい顔してますよ?』


(かっこいい顔って何だよ)


『ほら、「俺はやるぞ」みたいな顔です!』


 馬鹿にしたような調子に、思わず口元が緩む。

 確かに、やるしかないのだ。


 精霊会はただの顔合わせではない。

 ユリウス公爵家、クライス、そしてその他の有力貴族たち。

 彼らとどう関わるかで、この先の学院生活も、大げさに言えば王都での立ち位置さえ変わるだろう。


「……マルタ」


「はい」


 扉の外に控えていたマルタがすぐに現れる。


「兄上が言っていた通り、服装を整えたい。礼服を確認してくれ」


「かしこまりました。すぐに用意いたします」


 マルタは小さく頭を下げ、準備のために部屋を出ていった。


 窓の外では、夕暮れが中庭を朱に染めている。

 学院に来てからというもの、剣と魔法と勉学で一杯だった毎日。

 明日の精霊会は、俺の学院生活において初めての社交の場であり、家名を背負った初めての舞台でもある。


(……失敗はできないな)


 心の中で小さく呟き、俺は机の上に置かれた手紙の封蝋に視線を落とした。

 父上や母上がこれを読んだ時、少しでも俺の成長を感じてくれるだろうか。


『ディランさん、明日はきっと良い日になりますよ! 私がついてますし!』


(頼りになるかどうかはともかく……まあ、賑やかにはなるか)


 苦笑しながら、俺は窓の外の夕日を眺めた。

 明日はきっと、これまでの学院生活とは違う一日になるのだろう。

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