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悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました  作者: 根古


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第13話 教会にて希う

 翌日の午後、俺は聖油を受け取るために学院の教会へと向かっていた。

 ルミナス学院の教会は、学院の敷地内でも特に荘厳な建物だ。

 白い石造りの尖塔が天を突き、ステンドグラスから差し込む七色の光が、神聖な雰囲気を醸し出している。


 原作においては聖女アリシアが頻繁に祈りを捧げていた場所でもあり、それなりに出番は多く、初めてみた時はその光景に感動したものだ。


 しかし、今ではすっかり商売に勤しんでいる彼女が、果たしてここに訪れるようになることはあるのだろうか。


「失礼します」


 重い扉を押し開けると、ひんやりとした空気と共に、香の匂いが鼻をくすぐった。

 教会内は思っていたより人はまばらだった。

 てっきり俺と同じく聖油を受け取りに来ている人で溢れかえっているものと思っていたが、案外そうでもないらしい。


「おや、ベルモンド家のご子息様ですね。聖油をお受け取りに?」


 入口近くで書物を整理していた若い司祭が、俺に気づいて声をかけてきた。


「はい、誓約の儀の準備で」


「承知いたしました。少々お待ちください」


 司祭は恭しく一礼すると、奥の聖具室へと向かっていった。

 俺は待っている間、教会内を見回す。


 高い天井、整然と並ぶ木製の長椅子、そして正面には聖女神ルミナの彫像が優しく微笑んでいる。


 聖女神ルミナ、一説によると精霊の一種とも言われる存在。原作においてもその正体は謎のままだった。


 そして、原作においてアリシアが祈りを捧げていたのは、まさにあの像の前。


 実際、今も一人の修道女が彫像の前で静かに祈りを捧げている。

 金色の髪を白いヴェールで覆い、純白の修道服に身を包んだその後ろ姿は、まさに聖女アリシアの姿と重なるものがあった。


(……ん?)


 ちょっと待て。

 金色の髪、白い修道服、そして何よりあの祈りの姿勢――


「アリシア様……?」


 思わず声が漏れた。

 祈っていた人物がゆっくりと振り返る。

 やはり、聖女アリシア・ハートウィルその人だった。


「あら、ディラン様」


 アリシアは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。

 商会で見せていた商売人の顔ではなく、本来の聖女としての穏やかな表情だ。


「まさかこのような所でお会いできるとは。ディラン様も誓約の儀の準備でいらしたのですか?」


「ええ、聖油を受け取りに。アリシア様も同じく?」


 確か原作においても、アリシアは勇者リオンと共に誓約の儀を受けていたはずだ。

 あまり印象には残っていないが、高位の精霊との契約にはこぎつけていた覚えがある。

 しかし俺の問いに、アリシアはゆっくりと首を振った。


「いえ、私は手伝いをしにきただけです。聖女たるもの、誓約の儀に関わるべきだとの助言がありましたので」


「なるほど……」


 果たしてそれが言葉通りの助言なのか、苦言なのか、あまり想像はしたくない。


「もっともその私自身が誓約の儀を終えていないのですけどね」


 アリシアはそう言って悪戯っぽく笑った。


「……そうでしたか。てっきり聖女として、既に高位の精霊と契約されているものだとばかり」


 そこは原作通りで安心しつつも、俺は驚いた振りをした。


「そこは、はい……そうですね。お恥ずかしい限りなのですが、本来は入学と同時に執り行う予定でしたので、機会を逃してしまいました」


 アリシアはそう言ってはにかんだ。


「その……お店の立ち上げと時期が重なってしまいまして。私にとっては、そちらの方が優先すべきことでしたから」


 悪びれる様子もなく、しかし少しだけ申し訳なさそうに彼女は付け加える。

 きっと教会のお歴々からは、幾度となく”助言”を受けていることだろう。

 だが、それでも自分の信じる道を迷わず進むその強さは、紛れもなく聖女アリシアのものだった。


「そうでしたか、お店の方は順調でしょうか?」


「ええ、おかげさまで。皆様に助けられてばかりです」


 アリシアは嬉しそうに頷いた。


「先日お伺いした時も、大変な賑わいでした。聖女様が自ら目利きした品となれば、皆がこぞって買い求めるのも納得です」


 俺がそう言うと、アリシアは「大げさですよ」とはにかむ。


「ですが、ディラン様のおっしゃる通り、私の名前がなければ、あれほど早く商売を軌道に乗せることはできなかったでしょう。聖女の力とは、奇跡を起こすためだけにあるのではない……私はそう考えています」


 彼女は真っ直ぐな瞳で、祭壇の聖女神像を見上げた。


「以前もお話させていただきましたが、この力を使って富を得て、その富で祈りだけでは救えない人々を助ける。それが、神が私にこの力を与えたもうた意味なのだと。そう信じています」


 その横顔には、先日見せた商売人のしたたかさも、先程までのはにかみもない。

 ただひたすらに民を想う、聖女としての祈りそのものがあった。


「……素晴らしい、お考えだと思います」


 思わず、本心からの言葉が漏れた。


「神に祈るだけでなく、自らの手で救いの道を作る。それもまた、聖女の務めなのかもしれませんね」


 俺の言葉に、アリシアは少しだけ目を見開いた。

 そして、心の底から嬉しそうに、花が咲くように微笑んだ。


「ありがとうございます、ディラン様。そう言っていただけて、少しだけ、胸のつかえが取れた気がします」


 その時、聖具室から先程の司祭が戻ってきた。

 その手には、白銀の装飾が施された小さな壺が捧げ持たれている。あれが聖油なのだろう。


「ベルモンド様、お待たせいたしました。こちらが聖油になります」


「ありがとうございます」


 俺は司祭から聖油を受け取り、懐にしまう。

 ずしりとした重みが、儀式の重要性を物語っていた。


「それでは、ディラン様、儀式でのご健闘をお祈りしております」


 アリシアは聖女らしく、優雅に一礼して俺を見送った。

 彼女の祈りがあれば、あるいは本当に高位の精霊と契約できるかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に、俺は教会を後にした。





「お帰りなさいませ、ディラン様」


 扉を開けると、待機していたマルタが静かに出迎えてくれた。


「首尾はいかがでしたか?」


「ああ、問題なく。これが聖油だ」


 俺は懐から白銀の壺を取り出して見せる。

 マルタは心得たように頷くと、壺を受け取って蓋を開けた。

 中からは、ふわりと上品な香りが立ち上った。


「これは……月光花の蜜に、いくつかのハーブを調合したものですね。最高級品です」


 マルタは元冒険者だけあって、こういった品にも詳しい。

 俺にはただの良い香りのする油にしか見えないが、彼女の目にはその価値が分かるらしい。


「そういえばマルタは誓約の儀を終えているのか?」


 ふと気になって尋ねると、マルタはこくりと頷いた。


「偶然機会に恵まれまして、ただ生憎と精霊との縁はありませんでしたが」


 マルタは何てことのないように告げる。

 この世界においては、それが当たり前。特に卑下することでもない。

 何しろ、誓約の儀を執り行える者も貴族か裕福な家庭を持つ者のみに限られ、その中から精霊と縁を結べる者も半数に届かないくらいなのだから。


「そうだったのか」


「ディラン様なら、不思議な縁が結ばれるかもしれませんね」


 悪戯な笑みを浮かべてマルタは言った。

 俺としては縁起でもない言葉であり苦笑する。


「……良い縁であることを願うよ」


「確かに良縁に越したことはないですね」


 何やら含みのある言葉を最後にマルタは自分の作業に戻っていった。



 果たして、明日はどうなることやら。


 勇者不在、そして聖女不在の誓約の儀。

 俺にはどうしても穏便に済むとは思えなかった。


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