―3― 人形
やってしまいました…!
二週間そっちのけ…!
「…………」
人外の身体能力を持った女と自然に不自然な男が去ってから、というか俺が気絶してから何時間経ったんだろうか。
ずっと石の床に横になっていたせいか、無性に身体の節々が痛む。
あぁ、それに左腕のボコボコ具合が悪化してやがる。気持ち悪っ。
「あ~、誰が説明求む……」
その声は虚空に霧散した。
ここが何処か分からない(知らない)からどの方向に動けばどうなるのか皆目見当もつかない。
多分ばったりあの魔法使い達と会ったら最期なんだろうけど、自分からそれを望んだりなんかするわけも無く。
「でも動かなかったら餓死る気がする……」
そうか、動いたほうが動かないより死ぬ可能性は低いんじゃないのか?
ただ最近殺されかけまくってるし、魔法使いとばったり会う可能性って高いんじゃなかろうか?
――くい
いやまて、動かなかった場合助かるのは一般人がここに来てくれることだろ?
一般人に見つかるより、あの人殺しどもに見つかる可能性のほうが万倍高いよな、間違いない。
いや、もうちょっとまて。
だからといって動いたとき、町に着く可能性より人殺しどもに会う可能性のほうが高いよな?
間違いなく迷う。いや、既に迷っていると言えなくもないか。
――くい
結論、動いたほうがマシな気がする。後は最近絶望的に悪すぎる自分の運と、多分良いかもしれない悪運に任せるしかないか。
ああ、でももうしばらくはこうして現実味の無いこの状態を保つかな。
緑の匂いとか葉の掠れる音、落ち着いて観察すると中々どうして。これがセラピーというやつか。大発見。
――サッサトキヅケヨ
ん?さっきから後ろに何か――
そこには人形が立っていた。
はたからその人形を見れば誰でもこう言うんじゃないか?動いてる!って。
ただ、真正面から見た俺はまずこう言った。
「人形に殺されるっ!?」
なんと人形は棘の生えた鉄球が先端に付いている鉄の棒、平たくいえば凶器を思いっ切り振りかぶっていた。
「……」
「……」
「いや、また振り上げんでいいから」
「チッ」
「!?」
正に奇想天外。
よもや人形に舌打ちされる日が来るとは。考えたこともなかった。
その人形は長い金髪で顔がよく整っている。小さいのと髪の色と長さからか、どことなく俺を召喚した少女を連想した。
その人形は凶器を空中に霧散させ、ふよふよと宙を浮かんで洞窟の出口に向かう。一体何がしたかったのか、全く分からない。
ついでに凶器が空中に霧散したことについては驚くだけ無駄な気がした。
「ハヤクコイヨ」
「……」
訂正。
一体何がしたいのか、微塵も分からない。
「シニテーノカ?」
「待て待て。行くよ行くから、それをしまえ。早く」
また空中に霧散する。なんだ、ツッコミが欲しいのか?質量保存はどうした?等価交換はどうした?ってツッコミが欲しいのか?だが断る。
とにかく、行動することが出来そうなので少し安心した。
もう面倒だからって餓死するまで寝てたかもしれないし。
~~~
「……」
歩き続けて30分くらい。やって来たのは一軒の家。森の中に、小屋じゃなくて家。
洋風で、壁は真っ白だ。周りが木々で囲まれているのでどうも場違いに思えてならない。
「……」
人形が無言で見つめてくる。何だ、入れってか?
「……分かったよ」
――ギィ
「……あれ?」
どうせ家の中はおぞましい人形で埋めつくされてたり、そうでなくてもグチャグチャのベチャベチャを想像していたのだが、外見通りまともな家だ。
まともなというか、大分いい家じゃないか?俺に知識は無いけど、素人目にみてもここに住みたいとは思う。
壁は白。玄関装備。入ってすぐにキッチンと階段が見える。階段はどうやら2階にと地下に続くようだ、地下ってあるもんなのか?
「すみませーん。誰かいますかー?」
誰かいるのは確実。まさかこの人形の家なんてふざけたことが無い限りは。
と思っているが、何度呼んでも返事が無い。本当に人形の家じゃないだろうな?
待ってても仕方ないので、とりあえず既にぼろぼろになった靴を脱いで上がり込む。
「………上がってもいいんだよな?」
もう廊下に立っているが、人形に聞いてみた。だが返事は無く、一直線に地下に下りていった。
しばらく突っ立ったまま数分。正直言って足が棒のようだ。それよりも上半身の痛みが酷いのだが、これはすぐにどうにかなるものではない。
「……お」
階段を上がる音。
そして現れたのはウェーブがかかった金髪が肩まで伸びる女性。同年齢に見えるが……
「ん?珍しいわね、こんなところに人間なんて。……ってあら?」
「?」
「貴方……人間よね?」
「はぁ……まぁ」
「……あ、そ。それならいいわ。で?こんな辺境に何の用?」
「いや…そこの人形に連れてこられて」
彼女の傍でふよふよ浮いている人形を指差しながら言う。
「……成る程ね。それにしても珍妙な格好してるわねぇ、何?死にかけたの?」
彼女が俺の上半身の血の滲んだ包帯から化膿した左腕をしげしげと見る。
確かに異様だとは思う。
「えと、色々とあって……」
目が自然と遠くなる。
本当、色々あったしなぁ……
「すぐに帰るのかしら?よければ紅茶くらいは出すわよ。貴方の身の上話を代金にね」
「帰りたいのは山々なんだけど…短いし、あんまり面白いものじゃないと思うけど、それでもよかったら是非とも」
「あら、帰りたい?」
「出来れば」
「この辺りはよく知っているから、道案内くらいならしてもいいわよ?」
「その辺りは話の中に入れさせてもらうよ、複雑でね。ぶっちゃけいまいち自分でも分かりきってない」
「期待してもいいのかしら?」
「出来れば、期待しないで欲しいかな」
「じゃあ期待する」
「む……」
ここに飛ばされて、やっとまともに話が出来る相手と時間を手に入れた。
ここいらで自分に起きたことを大体は把握しておきたいな……
「あははっ。じゃあ上がりなさい、こっちよ」
「お…お邪魔します」
…人形の横を通ったときに人形が親指を上げてきた。しょうがないから俺も満面の笑みをプラスして返してやった。
なんだか満足げな顔をされた気がする。
むぅ。
でも今週からは忙しくなさそうなのです。