―2― 危険人物
この小説の更新日は土日です。
できれば土日のどちらも更新しようと思っていますが、用事が入ったりすると一回だけになったりします。
「…………」
木造建築。
完全に有機物で出来た屋根、床、壁。
こんな場所、現代じゃ滅多に無い。幸運だな俺。
で、何でここにいるんだ?俺は。
「…………うわぁ」
左腕を見ると全部思い出した。ついでに痛みも思い出した。全身が唸りを上げているっ。
「……動けるの?」
「動くと痛い、つまり動ける?……ってうおっ」
金髪の少女が無表情でこっちを見ている。
いきなり現れるなよ。なんだか不意打ち食らったみたいで負けた気分だ。
「……?」
「いや、何でもない……」
布団で俺は寝ていて、傍に彼女がいる。…この『彼女』っていうのが違う意味だったらなぁ、とかは思わない。
「いいなら、質問。貴方は、どこから来たの?」
「……日本」
「?………二本?」
会話に齟齬が生じた気がする。というか多分ここは異世界というやつなんだろうし、説明するだけ無駄か。面倒臭いなぁ。
「まぁそれはいいとして、ここは何処だ?」
「?……名前は無い。ただの集落」
そう言って彼女は立ち上がる。
ただの集落っていうか、集落って具体的になんだろう?人が住んでるくらいしか分からんのだが。
「助けてくれてありがとう。今のはお礼」
「今のって……ああ、看病のことか。君がやってくれたのか、ありがとう」
「……礼はいらない。というよりするべきじゃない。私はここまでしか出来なかった。命の恩人に」
どういう意味だ?どうもハッキリしない。……まぁいいか、どうにかなるだろ。
そのまま彼女は戸を開けて出て行くときに一言。
「来て」
なんだ?今一瞬憐れみの目で見られた気がした。
また良くないことが起こるのか?この間死にかけたときに頭回転させたから、しばらく思考を放棄したいんだけどなぁ。
とは言え、そのまま寝るとどやされそうだし、まぁいいか。
「いてて……」
立ち上がって自分の格好を見ると、上半身が包帯だらけだった。下半身は制服だ。
それにしてもこの左腕。よく動けるなぁ。なんか化膿してる気がしないでもないけど。
~~~
「………は?」
「ですから、召喚されたにも関わらず主の持つ権限をことごとく回避し、得体の知れない貴方を我々は危険だと判断しました」
「あぁ、それは分かった。んで?」
「数多の危険をはらむ貴方をこの世に生かしてはいけない、と判断し、これより我々は貴方を殺します」
「……殺す?」
「はい」
「俺の話は聞いてくれたりしないのか?」
「貴方の話を誰が信じましょうか?これは総意です。覆ることはありません」
「じゃあこの包帯は……?」
「同志を助けてくれたお礼です。せめて覚悟の時間をと思いまして」
嗚呼―世界は今日も腐ってやがる。
「ちなみに逃げようとしても無駄です。村の周辺に結界を張っていますので。貴方が生きる道は、ありません」
目の前の青い髪の、二十代後半だろうか、その女はムカつくくらい落ち着いた声色で言う。
もうやだ、思考は放棄したいんだよ俺は。こんな面倒くせぇ集団に関わりたく無いんだよ。ああうぜぇ。
女の後ろに多くの女がいる。全員魔法使いというやつなんだろうか、それっぽい服装の人しかいない。
「では、覚悟は宜しいですか?」
その声を無視して辺りを見回していると、あの金髪の少女と目があった。
……そんな目するんだったら助けてくれよ。まぁいいけどね、鬼ごっこは小さいころ好きだったし。でも飛び道具は卑怯だと思うが。
「脱兎って知ってるか?」
「……?」
「兎って逃げ足速いんだぜ?小屋の中でも捕まえるのに苦労するんだ」
「は?……ああ、つまり貴方は兎の妖怪だったのですか?」
「いや、そういう訳じゃ無いんだが……」
まぁ俺は兎じゃないし、逃げ足速いわけじゃない。なんか言ってみたくなっただけである、衝動的に。
「逃げるのなら射止めます。逃げないのならこの場で殺します。どうしますか?」
そりゃもちろん後者だろ。どっちにしても死ぬんだから。出来るだけ面倒じゃないほうへ。
その女が手の平をこちらに向ける。
「それで、先程の会話にはどのような打算が?」
「いや、純粋に話を引き延ばそうとしただけだ。他意は無い」
「そうですか」
「それと会話の感想なんだが、正直あんたとは噛み合わないな。間違いない」
「そうですね。私も貴方のような存在は在ってはならないと思っています」
「憶測だろ。俺はしがない人間だっての」
「果たして本当でしょうかね?」
ああ、無駄だ。この人には何を言っても聞いてくれない。人の話はもっとちゃんと聞きやがれ。
「ダルい。殺せよ」
この一撃を避けれたら逃げる。そう決めた。
女の手の平から青い光がほとばしる。
もしかして、レーザーか?当たったら死ぬじゃないか。こう、腕の向きから軌道を読んで……あ、なんか面倒に――
――ギュガガガガッ!!
背後から風の咆哮が聞こえた。
竜巻に巻かれた車が目の前の民家に激突したような衝撃が走る。
ここ最近意味不明な状況が普通になってないか?マジで困る。
「なっ!?」
慌てた女はその音源に向かって光を放つ。それは目で追うには些か人間には無理な速度で空間を横断する。
どうせ当たらないだろ。と思っていたが、予想は裏切られた。
パシィッと小気味のよい音を放ち、青い光は爆ぜたのだ。そういう魔法なのかな。というかやっぱりこれって魔法なんだろうなぁ。
「な……っ!?」
放った本人が驚愕に目を見開いている。どうやらそういうものじゃなかったようだ。
だとすれば、今のレーザーは弾かれたのだろう。相手は人外の生物みたいだな。
「誰ですか、貴女は?」
一瞬俺に聞いたのかと思ったが、人外さんに聞いたようだ。
その人外さんは身の丈程の剣を両手で持って、ずんずん歩いてくる。
ってあれぇ?人の形してやがる。
「誰かと聞いてるんです!」
二発三発と撃ち込む。今それが効かないことは証明されたのだから、戦法くらい変えるべきじゃないのか?
――パシッパシィッ
人外さん(見た目は人だが)はそれを大振りで捉える。身体を回転させたり、宙返りしたり、もしかしたら空中でジャンプとか出来るんじゃね?
そもそもそのレーザーって見切れる速さじゃねーし。
「皆!囲んで!」
……あっ、今人外さんを囲んだらついでに俺も囲まれるじゃん。それでめった撃ちにされて死ぬじゃん。
「ヤベ」
「貴方は逃がしませんよ!」
青い髪の女の腕の直線上に俺が置かれる。そして手の平に軽く光が収束して――
――パシィッ
眼前で金色の髪がフワリと舞う。金色だが看病をしてくれたあの少女ではなく、人外さんだった。…………――
「コイツは私の獲物だっ!」
おっと、つい見とれて今のセリフを聞き逃してしまった。一体なんて言ったんだろう。テメーらの血は何色かー、か?
「――弐番より伍番」
彼女は何かを呟いて長すぎる剣の切っ先を地面に向ける。
今例のレーザーが横を一閃したのだが、当たってたらどうするよ?
「――解放!!」
そう叫んで決して軽くなさそうな剣の刀身を余すことなく地面に埋める。……やったこと無いから分からないが、人間はそういうことが出来るものなのか?
途端、地面から一瞬光がほとばしる。
「…………」
まさに阿鼻叫喚。彼女を囲もうと走っていた魔法使いが次々に悲鳴を上げる。
原因はおそらく舞い上がる地面に違いない。見ているこっちが呆気にとられて口が塞がらないの程なのだから。
多分半径50メートルくらいは吹き飛んでいる。視界が目まぐるしく変化し、何がなんだかよく分からない。
「おい、掴まれ」
なんで爆心地は何事も無いんだろうと考えていると、彼女が手を差し出してきた。
どうやら掴まれと言っているらしい。
俺は甘んじてその手を拝借する。
「はっ!」
「ふぉぉおおっ!?」
予想外すぎて声を我慢する暇も無かった。何メートルだろう、とにかく吐き気を催してもおかしくないくらいじゃないかな?とにかく跳んでいた。
~~~
そのまま逃げて、秘密基地とかに最適そうな洞穴を見つけた。奥行きはそれほど無いが、雨を凌ぐには丁度良いくらいだと思う。雨降ってないけど。
「いやぁ助かった。ありがとうな」
「礼などどうでもいい。ちょっと横になれ」
半ば強引に仰向けにさせられる。
そして彼女は俺の額に手を当てる。
一体なんだ?そういえば助けてくれたときも何か物騒なことを言っていたような――
「――解」
「っ!!!?」
身体の内側から何かが生まれる感覚、いや、何かに飲み込まれる感覚。
突然すぎて心の準備が、とかそういうレベルじゃない。抗えない。抗うという気も起こさせないくらいに強い何か――
「すまない、だがこれで――」
彼女が剣を振り上げる。どうやら俺を殺す気らしい。目が本気だ、助けてくれる雰囲気などどこにもない。
なんか、もうどうでもよくなってきた。この内側から侵食される感覚も、身を任せてしまえばそれほど苦でもない。明らかに身体には悪そうだが……まぁ、いいや。
そんなことより今にも彼女の剣の切っ先が俺の喉を捉え――
「やめたまえ」
驚くほど自然に、その男は悠然とそこに立っていて、恐ろしいくらい自然に、声を発していた。
その声に、彼女は反応する。まるで電池の切れた機械のように動きが止まり、忌ま忌ましそうな表情でその男を視界に留める。
「…………しまった……!!」
彼女はやってしまったと言わんばかりに顔をしかめる。
「おやおや、これは面白いものを見つけたな。偉いぞ、よくやった」
「くっ!何をする気だ!」
切っ先を俺から男へ向ける。
今にも飛び掛かりそうな雰囲気だが、男は未だ飄々としている。
「それは今から考えるさ。それより、君もその行為が無駄なことを早く理解したほうがいい。いや、理解はしているのか。納得したくないだけか?」
彼女がありったけの殺気を込めて男を睨む。だが男はその空気が変わる程の殺気を何でもないように受け流している。
直感的に、コイツはやばいと感じた。
「その前に君だ。そのままだとすぐに乗っ取られてしまうぞ?」
彼女から尋常でない殺気を向けられたまま、俺に注意を向ける。この男は底がしれないな。
「知らねーよ」
「おや、悲哀に満ちた返事だな。死にたくなるようなことでもあったのか?それとも、『それ』が何かを知っていながら、敢えて身体を渡そうとしているのか?」
「……『それ』?」
あー…、そういえば心当たりあった。
黒龍だっけ?確かあの少女がなんか言ってたような?
「どうやら前者か。まぁいい、ここで暴走しても――それはそれで面白くなりそうだが――後々にとっておこうか」
「あン?」
ブラックアウト。
……どうにも上手くいきませんねぇ。