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八木橋は目の前の若い女性、目黒メグがチョコレートパフェ大盛りをもぐもぐ食べている姿に、背筋に冷汗が流れた。どんだけ食うんだ、この子は。目黒メグは、シースルーの黒いワンピースを着て、厚底のブーツを履いていた。髪は美しい金髪のストレートヘアで、女豹のような深みのあるアイメイクがとても似合っていた。
メグの前にはステーキ皿が3皿とカレー皿が2皿、サラダの器が3つとサイドメニューが5皿を1人で食べている。およそ女性が食べる量を越えている。彼女は、ある管理会社の社長の娘だが、物騒な仕事をしていた。
何でも屋である。
殺しでも、尾行でも、何でもやる。この若い女の子なら、パパ活でもハニートラップでもやりかねないのではないかと八木橋は思ってしまう。
「メグ、ちょっと食べ過ぎじゃないかな…。俺今日そんなに財布の中あったかくないんだよねえ」
八木橋が弱々しい声で抗議すると、アイラインが鋭く跳ね上がった目で見つめながら、言う。
「カード払いもできるよ」
八木橋は心のなかで突っ込む。なんでそうなるんだよ!目黒さんの娘ってなんでこんなクレイジーなんだ?
「いや、俺カード嫌いだから持ってないんだよね。だから現金払いなんだけどさ、俺今日、君と仕事の話だけする予定だったからこんな頼むと思わなくてさ、久しぶりに会えてうれしいけど、これきっと俺の奢りでしょ?」
「当たり前。若い子と外食するんだから年上が払うのが当たり前でしょ」
なんて生意気なんだと心のなかで毒づきながら、財布を確認する。一万円札しかなかった。
「ねぇ、メグちゃんお願いだから、そのパフェで勘弁してよ」
「いいけど、そのメグちゃんって呼び方キモいからやめて。まるでおじさんが若い女の子に媚び売ってるみたいだからキモいんだよね」
鋭い毒舌に心がえぐられる。俺って三十代なのに、おじさんに見えるの?こんな格好に気をつけてるのに?
八木橋に数々の疑問が浮かんだが、気を取り直して、今回の仕事の打ち合わせをする。
「今回はオレとメグが組んで仕事するわけだけど、ある人の復讐代行を頼まれたんだ」
「復讐ってどんなことやればいいの?毒飲ませるの?下剤飲ませるの?食べ物にうんこ入れた料理を食べさせるの?」
「それはまだ決まってないんだが、人は決まってる。この男だ、埴谷薫28歳、男だ」
写真を見せると、メグはじっと視線を向けた。
男は長身で、爽やかな笑顔を向けている好青年の顔をしていた。スーツ姿がよく似合っていて、女性にモテそうだ。
「ないわ」
「え?」
メグが突如声を上げて、驚いた八木橋は、目を丸くする。
「こんな男と付き合いたくない」
「付き合うわけじゃないさ。メグはこの男に復讐すればいいだけなんだから」
お嬢様気質なメグは、かなり人の容姿に細かった。それは自身の容姿を磨くせいでもあるのだろうが、人を容姿で判断するところがあった。そこを八木橋は甘いところだと思いながら、メグの性格特徴でもあるのだろうなと思っている。
「メグはさ、やっぱりオレみたいな軟派で話しやすい男のほうがいいだろう?」
「あんたもないわ」
その冷たい一言に玉砕する。この子はどんな容姿の男が好みなんだ?
「あ!目黒さんみたいな人がいいのか。やっぱりクールな男はいいよねえ」
「パパは特別よ。そんなふうに見るわけない」
ことごとく会話が噛み合わない。
「それじゃあ、どういう男がいいんだよ?俺にも教えて!」
メグが自分のスマホを八木橋に突き出した。画面を覗くと、彫刻のような顔をした美しい美青年がいた。
「こういう男が好きなんだ…。こんな美男子、見たことないな…」
メグの好みは現実離れしていた。こんな顔をした日本人は全くいない。明らかに外国人だ。メグは確か外人の血が入ってると目黒が言っていたのを思い出す。
呆気にとられた八木橋を一瞥してから、メグはかざしていたスマホをしまうと言った。
「これ彼氏」
八木橋はメグがあまりにも高い美的感覚を持っていると知った。八木橋は、最近できた自分の彼女を自慢しようと、自分のスマホをメグに見せて言った。
「メグ、見てよ!俺も最近彼女がやっとできてさ。すごい美人なんだ!君から見ても彼女はいい女だろう?」
八木橋のはしゃぐ声に、冷ややかな視線を向けながらメグがスマホを覗くと、エキゾチックな容姿をした女性の写真が出た。ぽってりとした厚い唇に、憂いを帯びた情熱的な瞳、はっきりと主張のあるまゆ毛、小ぶりな鼻筋、美しいフェイスラインと、自然な巻き髪の女性だった。メグの目が輝く。
「綺麗」
八木橋は心の中で、ガッツポーズをして喜んだ。このセンスの塊のような女の子が、自分の彼女を褒めているというそのことだけで、ご飯が食べれそうだった。
「だろう?すごい綺麗な人なんだ。セックスの相性も良くて、するたびにかわいい反応をするんだよ」
そういった瞬間、メグのブーツが八木橋の足を思い切り踏んだ。明らかに発言が不愉快だったようだ。
「きもい話しないで。あんたがセックスの話すると急に臭くなる」
「なんでだよ?男女の仲なんだからセックスありきだだろう?セックスの話がない恋愛なんて、カレーのないカレーライスだよ」
「あんたと話してると、すごく精子くさくなる」
メグが思わず袖で鼻を覆ったので、八木橋はわざとらしく自分の着ている服の匂いを嗅ぐふりをする。
「あれぇ?精子くさいの?俺今日セックスしてないから、大丈夫だと思うんだけどなあ。俺のフェロモンが漂ってるのかな」
「早く死んでほしい」
メグの釣り上がった目が、細くなり、軽蔑のまなざしで八木橋を睨みつけている。八木橋はこういう扱いには慣れっこだった。
「まぁまぁ、一旦落ち着こう。俺も悪かったよ。セックスの話なんかして。品がなかったよね」
「あんたは顔からして品がないわ」
「そんな品評会みたいなことやめてよー。俺だって好きでこんな顔してないんだし。でも、傷つくなあ。俺けっこうイケメンって皆から言われるのに、メグの前に行くとただのおっさんって言われて傷つくよ。もっとポジティブな評価が欲しいなあ」
「性病男」
「そんな…。傷つくよ…。」
八木橋はシュンとして、傍らにあったアイスコーヒーを飲んだ。メグは、小さな口で最後のパフェの一口をぱくりと食べると、手にあごを乗せて、退屈そうなポーズをした。
「ごちそうさま」
メグは他の女性以上に、ピリピリと緊張感を含んでいて、話しづらかった。その美貌は周りを威圧するためにできたようで、彼女と目が合った男は、その強烈な威圧感に圧倒されてしまう。
「それで、この男に復讐すればいいのね。私が誘って、相手を翻弄してから殺せばいいの?それともあんたが行く?」
「それがねえ…、依頼人はこの男の元婚約者で、どうにかして、よりを戻したいそうなんだ」
メグが眉間を顰める。
「男はその婚約者が嫌で別れたんでしょ?それなのにより戻すってよっぽど好きなのね。無理くりより戻させるために拷問まがいのことをしろってこと?」
「そういうことみたいだ」
2人の間に重たい空気が漂う。この依頼とても難航しそうな予感がした。
「嫌な予感がするね…」
八木橋が呟くと、メグはその鋭いまなざしで真っ直ぐに八木橋を見つめた。