最終日
化け物になってから事は全てトントン拍子に進んだ。というより私が一歩歩けば全てが始まったのだ。まずはとある人たちに会わなければならない。そんな時都合よく、とあるクラスメイトの誕生日会が行われるということで私の目的の人は全員いた。もちろん私は招待されていない。でも隠れて行ってしまえばいいだけのこと。できることなら包丁を持っていきたかった。刺し殺せば少しは気が紛れると思ったのだ。だがそれでは怪しまれてしまう。だからおもちゃのナイフを持っていった。これならばもし誰かに言われても誕生日プレゼントと誤魔化すことができる。これで刺し殺す事はできなくなったが、目だけでも刺せれば気持ちも少しは晴れるだろう。あの子を殺すか悩んだが、やめた。どれだけ濁った記憶でも大事なあの子との時間なのだから。凄く綺麗にラッピングをしたおもちゃのナイフを持って彼らの元へ行く。楽しみだ。一体どんな風になるのだろう。笑った私の目は人間とは違うものだった。そいつの家に着いた。友達が来ることを想定して門が開いたままだ。まるで入ってくださいと言っているような物じゃないか。小さく笑って堂々と門を通り、友達と話し合っている“あいつの横”を通って中に入る。別にあいつの誕生日なんて興味がないので、少しの時間やり過ごせるような場所を探す。……いいか、どうせバレない。それに混乱する皆を見るのも楽しそうだ。これから起こる事を想像して抑えきれない笑みを浮かべる。あぁ、一体どんな風になるんだろう?ゾクゾクとした感覚が私の背中を駆け走る。まずは誰から殺そうか。そうだなぁ、今日が誕生日のあいつは一番最後だ。始めはあいつの友達を殺してやる。その後あいつが好きだと言っていた彼を殺して……後はもう面倒だし適当に殺してしまおう。どうせ全員殺すのだから。わいわいと騒ぐ部屋の外から私は、あいつの母親の声を使って呼びかける。するとほら、簡単に釣られてきた。どこで殺すかを考えて、あいつの部屋にすることを決めた。部屋まで呼びかけて入ってきたところで姿を見せる。
「はぁ!?あんたがなんでこんな所に……」
なんかゴチャゴチャと何かを言っていたが、聞く価値なんて全くないのでさっさと殺す。おもちゃのナイフで首を刺せば、血を流して倒れた。それを見てため息をつく。人数が多いのだ、早くしないと日が暮れてしまう。一人殺してしまえばもう簡単だった。殺した人間の声を真似てまた新しい人間を呼ぶ。そして部屋まで呼び寄せてから殺す。それを繰り返していった。それにしても……どいつもこいつも戯れ言を吐くもんだな。私は、俺はいじめに加担していないと弁明しては逃げようとする。別に私をいじめたことなんてどうでもいいのだから、そんなこと言われても困るだけなのだが。ただ私を使ってお前らがあの子に話しかけることが気に食わないのだ。ちなみにあいつには全員が適当な都合で帰ったという幻覚を見てもらっている。やっと最後の一人になった。さて、呼び出すかと部屋の中を覗いたところで私は目を見開いた。あの子がいたのだ。私が好きだったあの子が。あいつと一緒にいて楽しそうに笑っていたのだ。その瞬間怒りのあまり私の記憶は飛んだ。ふと意識が戻った頃にはあいつの部屋にいた。何があったのかと周りを見て絶句する。部屋には殺すつもりだった死体たち。そして……腕の中にはもう動かないあの子の体。何が……起きて……。殺すつもりなんてなかったのに。どうして。なんで。好きだったのに。どれだけ酷いことをされても好きの感情だけは忘れられないでいた。それなのに……。どうしようもないほどに冷たくなってしまったあの子を抱きしめる。私の体温すらも移らないほどの冷たさに頬から液体が流れる。
「違う!なんで!?違うっ!!嫌だ!死なないでよ!」
言い訳にしかならない言葉を吐き出していく。ただただ私は自分の声が聞こえないまま、悲しさに叫ぶことしか出来なかった。……あぁ、私はやっぱりどうしようもない化け物だったんだ。
女の子の泣いて懺悔する姿の上に誰かが重なる。女の子よりもずっと大きい体で、多分男だ。その正体が分かる前に目が醒めた。もう習慣のように周りを見渡す。
「……っ、ゆ、さん」
隣で眠っていたはずの彼がいなくなっていた。息を吸い込む。冷たい空気が肺に入って、夢ではないことを伝えてきた。夢じゃ、ないのかよ。最後の砦が壊されたみたいだ。ずっと頼っていたんだな、と冷たくなっている心のどこかで考える。最期の弔いをしてあげよう。その思いで立ち上がり、優真を起こす。何も知らないはずの優真は周りを見ることなく俺に着いてきた。そうだよな、俺がいるって事はゆーさんがいないってことだもん。静かな空気の中、ゆーさんのことを思い出す。よくよく考えれば俺、ずっとゆーさんに頼りっぱなしだよな。ここに閉じ込められたときも、隼が亡くなって八つ当たりしたときも、俺がどうしようもなく苦しくなった時も、全部ゆーさんが傍にいてくれた。ゲームしていたときだって、難しくて進まなくなったときも、一番初めに呼んだ人はゆーさんだ。ゆーさん、そのあだ名で呼んだときの彼はしょうがないなと呆れながらも、嬉しそうに笑って全てを解決してくれたのだ。パパと冗談で言っていたが、ゆーさんは本当にお父さんのような包容力があった。もう、会えないのか。もう、彼が笑いかけてくれることはないのか。そう考えたら一筋だけ涙が流れた。慣れたように曲がり角を曲がっていつの間にか下を向いていた顔を上げる。他の皆と何も変わらないゆーさんの遺体。それでもなぜかステンドグラスの光がまるで祝福をあげるようにゆーさんへと当たっていた。残酷な景色のはずなのに、その美しさに息を飲んだ。今誰を信仰するかと聞かれたらすぐにゆーさんと答えてしまいそうになるほどに、ゆーさんはどこか神々しくて手の届かない存在だった。俺は導かれるままに膝をつき手を組んで祈りを捧げた。そうしなければならないと思ってしまった。もし、願いが叶うというなら……先に旅立ってしまった彼らに安寧がありますように。そう願いを捧げて立ち上がる。隣で手を合わせている優真を横から見る。そして優真がこちらを悲しそうに見た。その表情がどうしてかあの景色に重なった。信じたくない自身の仮説に必死で否定をするが、頭は無慈悲に彼が全ての原因であると結論を出している。否定してくれと願いつつ、俺は息が詰まる喉で声を出す。
「お前が……全員ころした、のか?」
俺を見る優真はその言葉に目を伏せた。数秒の沈黙の後、どうしようもなく震えた声が聞こえる。
「そうだよ。俺が……皆を殺した」
俺のささやかな願いは儚く散った。どうして。そんなはずないだろ?だってお前……あんなに悲しんで。でも、違和感は何度もあった。優真は一日目に出口は開かないと言っていた。俺にはそれが不自然だった。優真はあんな言葉は確証を持たないと言わない人間だ。俺が一番よく知っている。それに手帳の慈悲はないという文字に誰も動けないときに咄嗟に動いた優真。あの後のあいつの顔にはやってしまったという表情をしていた。皆を助けたのにどうしてそんな表情をするのか少しだけ気になっていたのだ。加えてゆーさんが警戒していたこともそうだ。あんな優しい人が少しの疑問だけで誰かを疑うなんて思えなかった。それもこれも全部優真が全てを知っていた、もしくは黒幕であるということでつじつまが合う。
「どうして、そんなこと」
「覚えてるかな。ここに閉じ込められたときに聞こえた言葉。ゲームの始まりだ、逃げ切れるかなって」
「ふざけんなよ、皆を殺すのがゲームだって言う気かよ!」
表情は悲しげだというのにあまりにも淡々と話す優真に怒りが沸いてくる。悲しいなんて嘘なんじゃないかと疑ってしまう。もし俺が全てを投げ捨てられたら、優真を殴ってしまいいそうだ。
「落ち着いて、できる所まで全部説明するよ」
何ができるところだ。怒りを燻らせながら優真の説明を聞く。
「俺は魔女なんだ」
突然の言葉に怒りを忘れて呆ける。魔女ってなんだ。オカルトやゲームでしか聞かない言葉じゃないか。優真が魔女?どう見たって人間だ。優真は昔を思い出すようにステンドグラスの光を眩しそうに見つめている。魔女になる条件は「叶わない恋をすること」叶わないというのは本人がそう強く自覚した状態のことを指すらしい。見事に適合しちゃったと笑う優真はいつもみたいに少し何を考えているか分からない。そして魔女になってしなければならないことがある。それが。
「魔女は『嫉妬した相手を全員殺して、最後に好きな人を殺すこと』をしないといけない」
「はっ……?」
嫉妬した相手を全員殺して、最後に好きな人を殺すこと?ということは優真の好きな人というのは……俺だということになる。ゲーム同好会の皆がここに閉じ込められたのは、優真が嫉妬した人?混乱した頭では理解をすることができない。とりあえず理解したことが一つある。俺たちが推測してきた物は全て間違っていたということだ。聞きたいことはいっぱいあった。それでもどれから聞けば良いのか分からない。
「優真……」
「はは、ごめん。もう無理みたい」
優真は自身の手を見つめて嘲笑した。何のことだと聞く前に優真が顔を上げて視線が合う。
「全部、ちゃんと説明したい。でもねもう俺は、人を殺しすぎた。もう俺の体は自分の意志で動かせないほどまでに魔女は成り立ってしまった。だから……ごめんね」
あいつは……優真は一筋の涙を流した。その時初めて優真の本当の感情を見た気がした。
「【かごめ かごめ かごのなかのとりは】」
優真は歌を歌う。いつも俺たちに聞かせていた声で。俺たちを何度も励まして前に進ませてくれた声で。――俺が密かに好きだった声で。そして最後の直前で止まった。一呼吸置いて怯える表情をしながら優しい声で話しかけられる。
「最期に言いたいことあるかな?」
「……結局、変わらないんだな」
どれだけ酷いことをしたとしても、優真の声は安心できてしまうし、もっと聞きたいと思ってしまう。本当に変わらない。俺も優真も。変わったのは環境か、運命か。
「ごめんね……【うしろのしょうめん だあれ】」
胸から花が咲いた。美しいスイセンだ。花言葉は報われぬ恋、私の元へ帰って、尊敬。あーあ。こんなことになるなら伝えればよかった。……俺だって優真のこと好きだよ。今この時も激しく燃える優しい炎は消えていないほどに。俺も同じなのにな。その言葉は届くことなく俺は力が抜けた。