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魔女のドウヨウ  作者: Nui
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二日目

 私は大きな家に住んでいたの。とても広くて1日かけても家の全てを回れないほどには大きいお家。家の中にはいろんな人がいたの。お父さんとお母さん、そしてお手伝いさん。お父さんとお母さんは忙しそうにして私のことを構ってくれることが少なかった。でもお手伝いさんはいつも遊んでくれた。お家と同じぐらい広いお庭で鬼ごっこ、お庭の探検、かくれんぼ、いっぱい遊んでくれる。お家の中でもおままごとをしてくれるの。いつも役に入り込んで私を笑わそうとしてくれる。たまにね、お母さん達が構ってくれなくて泣いちゃうことがあるの。狭いクローゼットの中でひっそりと小さく泣いていると、いつもお手伝いさんが見つけてくれる。そして私を抱っこしてあやしてくれる。どんなところに隠れて泣いても見つけてくれるの。それでお手伝いさんのお部屋に連れて行ってくれては、人差し指を唇に当てて言うの。


 「内緒ですよ」


 こっそりと渡されるのはお菓子。お菓子は体に悪いから食べちゃだめって言われていたから、すごく嬉しかった。その時食べるお菓子はとても美味しくて頬が緩むの。その日は私が寝るまで一緒にいてくれて、手をつないでくれる。大きくて温かい手は優しくて心がぽかぽかした。起きて少ししたら、今日も今日とてあのお手伝いさんのところへ行くの。


 「あのね今日はね、お庭でおままごとしたい!」


 お手伝いさんは笑って、おままごとセットを持ってきてくれる。そして私の手を引いてお庭まで連れて行ってくれる。親と話せないのはさみしいけど、とても楽しくてニコニコする毎日なの。


 温かい気持ちで目が醒める。――なんだか、すごく幸せな夢を見た。小さい子どもの話。俺じゃない。一体誰なのだろう。起き上がって少し体を伸ばそうとしたとき、何かがおかしかった。何かが少なかった。俺のちょうど反対側のベットには人がいるような膨らみがなかった。そこで寝ていたのは……。頭の中で結論が出て咄嗟に叫ぶ。


 「隼!おい!どこだ!隼!」


 どうしていない。周りを見渡すがどこにもいない。トイレかと考えたが、寝る前に約束したのだ。どんな些細なことでも1人で行動しないと。それなのに今いないのは隼だけだ。あいつなら大丈夫だと思い込もうとするが、それでも怖くなって立ち上がる。どこかにいるのかもしれない。あいつは少しぼんやりとしているところがあるから、きっと一人でトイレにでも行ったのかも知れない。そんな淡い期待を抱きつつ、恐怖のまま走る。


「隼!どこに――」


 部屋から出ようとして羽交い締めをされて止められる。誰が邪魔をするのだと後ろを振り返ればれーさんだった。


「落ち着きや!探しに行きたい気持ちもあるのは分かる!でも一旦冷静になり!」


「でも隼が!」


「ここでは一人になるなって言ったやろ!大丈夫やすぐ探しに行ける!」


「皆起きたよ!」


 ゆーさんの声がして振り返る。後ろでは青い顔をして震える優真と智哉を支えているゆーさんとりょーさんがいた。2人とも支えてくれているゆーさん達に凭れ掛かるようにして立っていた。


「隼は……隼はどこですか!」


 智哉は震えた声で叫びりょーさんに問いかける。しかしりょーさんは苦い顔をして答えない。当たり前だ、誰も分かっていないのだから。その反応に智哉は震えた両腕でりょーさんを掴み揺さぶる。智哉の手はりょーさんの肩に食い込んでいたが、りょーさんは何も言わず唇を噛みしめて揺さぶられていた。対して優真は声が出ないようで目を見開いてひたすらに震えている。そして俯きゆーさんの腕を握りしめる。握りしめたその指先は白くなっていた。


「隼くんを探すために行こう」


 走り出したい気持ちを抑えて歩く。優真と智哉の傍に行き、せめてもの安心材料に三人で手をつなぐ。智哉は強く握り、優真は力が入っていない。全員手は死人のように冷たかった。ゆーさんとりょーさんの背中を追いかけつつ、後ろでれーさんが俺たちを見守るようにして歩く。もしかしたらなんて考えて足が動かなくなるのをれーさんが後ろから押してくれる。そうだ、俺がしっかりしないと。智哉も優真も冷静じゃないのだから、俺が……。胸の中に巣食う恐怖を無視して歩く。ゆーさんとりょーさんが心配そうに俺を見る視線には気付かずに。トイレに向かいつつ、その間にある部屋も見ていく。ただ、どこの部屋にも隼はいない。それを繰り返してトイレに着いた。ごめん、ごめんとか言いつつトイレから出てきてくれないかな。そうしたら心配させるなって怒るから。それで嬉しそうに、いつもみたいに笑ってよ。震える足を踏み出し、トイレを探す。しかし隼の笑った姿も声も見つけられない。その瞬間俺の中で何かが崩れた気がした。涙が出そうになるのを無視して先に進もうとした時、両手が震えだし歩くことに抵抗した。後ろを見れば優真と智哉が全身を震わせて下を向いている。その姿に全身の力が抜けそうになるが俺は歯を食いしばって両手を引っ張る。俺らが隼を信じないで誰が信じる。


「悠くん……」


 心配を乗せて呟かれたれーさんの声は俺に届かなかった。気力で二人を引っ張りつつ歩いて行く。どこに行っても隼はいなくて。この館も元から6人だと言うかのように隼を見つけさせてくれない。大丈夫だ、隼は……あいつならどこかで生きているから。そう言い聞かせて足を前に出す。――探索してから15分が経った。ここまで隼が見つからなければもう分かっている。きっと隼は……。皆の空気はとても暗い、皆察しているんだ。それでも一縷の望みにかけて歩いている。でも俺はもう限界だった。少しずつ歩幅が小さくなる。後ろかられーさんが押してくれるが、それでももう動けない。


「……悠くん?」


 れーさんの声で前にいた二人が振り返る。そして動けずにいる俺を見て走って戻ってきてくれる。俺はそれを見つつも、どうしようもない脱力感に床へ座り込む。手も力が入らず二人から離れる。……もう無理だ。どれだけ探しても彼の不思議な雰囲気を感じない。どれだけ隼が生きていると信じようとしても、現実は静寂でありながら無情に突きつける。分かっている、でももう苦しいんだ。どんな姿で会うか分からない隼を探す苦しみと、会わなければ生きているはずという矛盾に挟まれる。その矛盾に体を引き裂かれる。りょーさんが俺の前にしゃがみ込む。大丈夫かというりょーさんの言葉を引き金に言わないようにしていた言葉がこぼれる。


「嫌だ……探したくない。っ……探したくないんだよ!探さなければ隼は生きてる!もういいよっ!それでいいだろ!?」


 震えた声で叫ぶ。いっそ探さなければ生きている可能性を潰さないでいられる。それじゃ……だめなのかよ。皆俺から視線を外し、手を握りしめては悔しさに打ちひしがれる。目の前にいる彼は何かを言おうとするが、口を閉じ静かに目を伏せた。俺はりょーさんの服を掴みうなだれる。手の力は入るのに体には入らず、りょーさんの膝に顔が埋まる。子どものように嫌だと言う。そんな中覚悟を決めたように深呼吸をし、りょーさんは俺の背中を撫でながらも厳しくはっきり言った。


「隼が生きている可能性をお前自身が否定するな。信じるって決めたなら事実を知る最後まで信じろ。それが唯一できる隼への救いだ」


 厳しいけれど、それが正しかった。正しくてとても残酷だ。唯一の救い、それがどういう意味を指すのか分からないほど幼稚でもない。分かっている、ちゃんと理解している。それでも信じられるほど俺は……強くなかった。だから今こうなってしまったのだ。動けずにいる俺を誰も力ずくで動かさずにいた。そんな中後ろで座る気配がしたと同時に、温かい手が背中を撫でた。この懐かしい感覚、この手は優真だ。


「俺もね凄く怖い。もう隼は笑ってくれないのかなって思う。でもね、悠。ちゃんと隼が生きていたこと、隼が生きようとしていたことを知るのが遺された人(俺たち)の役目なんじゃないかな」


 優しく、優しく撫でられる。ポンポンと二回叩いてまた撫でる。あいつの癖だ。その癖に安心感を感じて、誰にも見られない一筋だけの涙を流す。


「俺たちをここまで引っ張ってくれてありがとう。そのお陰で覚悟はできた。だから今度は俺たちの番。ほら、悠。隼の生きていた証を探しに行こう」


 顔を上げてその顔を見れば不安そうなのに少しだけ口角を上げて笑う優真の姿。あぁ、あんなことを言っていたが優真も不安なんだな。よくよく見れば全員が不安を感じさせる表情だ。ゆーさん達もちゃんと怖いんだ。――探そう。あいつが、隼が生きていたことを。ゆっくりと立ち上がる。そして優真に向かって手を伸ばす。少しだけ和らいだ笑みを浮かべていた。今度は手を握り返してくれた。智哉にも手を伸ばす。彼もまた不安は晴れないが、救われたように笑った。その光景にゆーさん達も笑い手を伸ばした。


「皆で歩けばきっと見つかるよ」


「立ち止まっても引っ張ってやるよ」


「悠くん達なら大丈夫、信じて」


 ……本当、頼りになる人たちだ。皆で手をつないで歩く。普段なら恥ずかしいとか言っていただろうが、今はこれがとても安心できる。改めて隼を探していく。探し始めて5分経った。館内で初めての曲がり角が出てきた。ゆーさんは少しだけ警戒して、俺たちを壁に寄らせた。そしてチラリと見てゆーさんが目を見開いた。ゆーさんの後ろにいたりょーさんも背中越しに確認して言葉を失った。一体何があると言うのだろうかと覗こうとして、りょーさんがハッとした表情で俺たちを止める。


「お前らは見るな!」


 しかしりょーさんが言う前に俺達が見る方が早かった。曲がった先は教会のような部屋をしており、ステンドグラスによって部屋が色とりどりに光っていた。そんな景色の中講壇と呼ばれる場所に隼がいた。何かで体をぐるぐる巻きにされて、胸から大きな花が咲いていた。優真は後ろへ後ずさり息を飲んで床へ座り込んだ。それを横目に俺と智哉は隼の元へと走り出した。


「隼!」


 叫んだのが俺なのか智哉なのかどうでもよかった。ただひたすらに手を伸ばした。近くで見ると隼は大量の蔦で四肢を拘束されていたが、抵抗した跡は見られなかった。どうして……そんなことを考えている暇ない!俺はその拘束をどうにかほどけないかと蔦を引っ張るが、見えない力が働いているのか全く動かない。その際に少しだけ隼の手に触れた。――ぞっとするぐらい冷たかった。目の前の人間はもうただの遺体だと教えるかのようだった。彼は……もう帰られない人間だ。


「……っ!なんで……なんでだよっ!隼!」


 頬から冷たい液体が流れる。そして力尽きて隼の足元に座り込む。どうして、なんていう言葉だけが俺の頭を駆け巡る。視界の横で智哉が涙を流しながら隼を揺さぶっている。やめろ、あいつはもう……なんて言えるはずなかった。恐ろしいほどの無力感に押しつぶされそうになる。自分がなんて言っているか分からない。ただ泣いて叫んで目の前の光景を否定した。脳裏に隼の笑い声やはにかんだ表情が浮かんでは、もう見られないのだと絶望する。信じられなくて、信じたくなくて再度冷え切った手で隼に触れた。手を握っても握り返してくれない。でも隼の手は冷たくなくて。生きているんじゃないかなんていう希望を持って、いつも通り話しかける。涙は止まらない。


「隼、前にしたゲーム楽しいって言ってたよな。続きが出たら絶対にしたいって言ってただろ。あれ……続き出たんだぞ。隼の誕生日に合わせて遊ぶ計画立てて……、知ってたんだよなお前。でも俺たちが計画しているからって知らないふりしてさ」


 少ししたら隼が笑って返事をしてくれる気がして、話をやめない。なぁ、返事してくれよ……隼。そんな願いも空しく、返事は……もう帰ってこない。まだ大学生になったばっかりだぞ。まだ二十歳にもなってないんだぞ。隼が一体何をしたって言うんだよ。悔しさで床に拳を叩きつける。痛みは感じなかった。だから何度も叩きつけた。そうしないと悲しみや悔しさで体が引き裂かれてしまう気がした。しかしそれを止める手があった。殴りつける拳を両手で優しく包みこまれた。大きいこの手は、ゆーさんだ。


「悠、痛いよね……苦しいよね。でもだめだよ。隼くんの為にも自分の体を傷つけないで」


 ……どうしてそんな人に優しくできる余裕があるんだよ。俺の手を憂いる様な表情をするゆーさんにとても苛立った。ゆーさんは何も悪くない、そう分かっているはずなのに。ふつふつと沸き上がる感情は止められなかった。


「どうしてゆーさんは平気そうなんだよ!隼が死んでるんだぞ!どうしてっ……隼はどうでもいいって言いたいのか!?」


「……俺だって受け入れたくないよ」


 ゆーさんは俺の叫び声を最後まで聞いて、静かに言葉を呟いた。顔をゆがめている。悲しそうに、悔しそうに歯を食いしばっている。


「っ、でもね誰か1人でも冷静でないとダメなんだ。ここで皆がパニックになれば助かる可能性が限りなく低くなる。だからこそ俺は……」


 そうして目線をそらした。彼も動揺していたのだ。隼の死に心を揺さぶられていた。冷静であろうとしているのだ。波が荒立っているのに、年上だからという理由で。ゆーさんはおもむろに立ち上がったかと思えば隼に向かって手を合わせる。


「ごめんね……」


 小さく呟かれた声を俺はしっかりと聞いていた。ゆーさんは泣いてはいないがその声は震えていて、泣いている様に見えた。後ろを振り返る。りょーさんもれーさんも手を合わせて、せめてもの祈りをしていた。……せめていい夢が見られますように。俺はその願いを込めて手を合わせた。その時頭に何かが乗って動く気配がした。そして隼の声が聞こえる。


「らしくないねぇ〜。……ねぇ、悠。難しいだろうけど悠はいつも通りいてあげて。ほら俺達の魔法の言葉」


 ――進め、いずれ道になるのだから。咄嗟に顔を上げる。そこにはただ眠る彼しかいない。しかしその表情は少しだけ笑っているように見えた。……何が魔法の言葉、だ。隼の好きなゲームのセリフのパクリだろ。本当、最後まであいつらしい。だがお陰で俺は……。立ち上がって智哉に話しかける。


「いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。……智哉、進むぞ。俺たちで」


 その言葉に智哉も顔を上げる。俺たちの魔法の言葉。それぞれ言い方は違えど意味は同じ。ずっと小さい頃から言い続けてきた俺たち4人の合言葉だ。諦めそうな時、挫けそうな時、立ち止まってしまった時の励ましと鼓舞。智哉はもう一度隼を見て、下手なりに笑い、震えた手で祈りをささげた。優真も隼の前まで来て震えた声のまま隼に届かせる。あいつの笑い声が聞こえた気がした。


「……ありがとうな、悠」


 智哉が静かに呟く。だから俺はお互い様だろと背中を叩いた。それを静かに見守る優真。少しだけいつもの姿に戻れた気がした。俺は後ろを振り向いてゆーさんに向き合った。ゆーさんは安心したように俺を見ていた。本当にこの人は……なんて考えて頭を下げた。


「ごめん、ゆーさん。八つ当たりしてごめんなさい」


「大丈夫だよ。進む勇気を出してくれてありがとうね」


 包み込むような優しさに目頭が熱くなる。顔を上げれば優しそうに微笑んでいるのが視界に入った。本当に……頼もしい人だ。ほんの少し優しい空気に触れて、意識を切り替える。ゆーさんとれーさんが隼の前まで来た。


「ごめん、何か分かるかも知れないから隼くんを少し調べさせてもらうね」


 俺らに許可を取ってから隼に近付く。そして胸に咲いた花を丁重に触れた。まだちゃんと隼を見ることはできなくて、少しだけ俯く。しかし咲いている花には見覚えがあった。確かあれは。


「ハナスベリヒユ……」


 俺の言葉に振り返る二人。確か図鑑で見たことがある。花言葉は……。


「花言葉は無邪気、いつも元気……だね」


 ゆーさんが補足してくれた。なるほど、隼に合っている。しかし情報としては少ないか。少しだけ隼を見る。やはり抵抗した跡がない。どうしてだろうか。隼とは言え殺される直前に抵抗しないなんてあり得ない。隼が相手を認識する前に殺されてしまったのか、他に理由があるのか……。なぁ、隼。なんでこんなことになったんだろうな。誰に殺されたか分かったら対処の仕様があったのに……。ごめんな、こんなことしか分からなくて。これ以上ここにいても悲しくなるだけなので、最後に皆で手を合わせて館を歩く。そして図書室に着いた。今回は3人ずつで情報収集と玄関探しをするみたいだ。ならばとちょうど近くにいたれーさんとりょーさんを捕まえる。そこからはトントン拍子に決まり、俺らは情報収集、ゆーさんたちは玄関探しをすることになった。なにをしようかと考えていれば、れーさんが話し始める。


「じゃあ、探していこか。できるならこの館の歴史が書かれた本。やけど日記でも情報が取れることが分かったから、その2つを探す感じで」


 なんと適当だが、言っていることは正しいので頷いて探していく。とは言いつつこの図書室はかなり広いので全員が視界に入る程度に広がって探すことになった。しかしすぐにりょーさんがため息をついた。


「ここのゾーンは子ども向けの本ばっかりだ。反対側探してくる」


 あまり一人になるのはやめておいた方がいいと思うのだが……。だがれーさんは賛成した。


「今日、昨日と昼間に襲う気配はしとらん。あまり離れすぎるんも良くないけど、そこまで警戒せんでいいと思うで」


 ……確かにそれは少し考えた。昼間にどこへ歩こうと、俺たち以外の気配は感じられなかった。まだ2日で断定するのもよろしくないが、警戒は少なくても良さそうな気がする。でももし何かあったときに助けられるかは分からない。悩んでいればりょーさんが近付いてきた。


「大丈夫だ。ここから反対側は少し見えるだろ?だから完全に一人っていう訳でもない」


 だから大丈夫だと頭を撫でられる。大丈夫だ、りょーさんの言うとおり向こうの景色は棚越しに見える。不安はあるが、分かったと言えば笑って向こうへと行った。ちゃんと姿が見えることを確認して本探しを再開させる。何度もりょーさんがいることを確認しながら本を探す。いることは分かっているけれどどうしても不安でれーさんに話しかける。


「りょーさん大丈夫かな」


「ん?怜ならちゃんとおるやん。あいつも子どもじゃないんだからそこまで心配しなくてええよ」


 でも……。脳裏には隼の姿。あいつは夜にいなくなったとはいえ、相手が夜に襲ってくるとは言えない。一人モヤモヤとしていれば、れーさんが小さく息を吐いた。


「まぁ、隼くんを見た後やと不安にもなるよな。……怜ー!」


 れーさんは大声でりょーさんの名前を叫ぶ。しかしりょーさんは全く反応しない。集中しているのかなと考えつつも、もう一度名前を呼ぶ。やはり聞こえていない様子だ。どういうことだ?こんな叫んでいて聞こえないことがあるのか?向こうの景色が見えるぐらいには隙間があるというのに。どうしようと焦っていれば、りょーさんと目が合った。俺が慌てているのを見て、りょーさんは走ってこちら側まできた。


「どうした!?何かあったのか!?」


「あれ……声が聞こえる」


「怜、わざと……っていうわけでもなさそうやな」


 りょーさんはなんのことか分からないようで、首をかしげていた。とりあえず怪我などはないかを確認して、りょーさんは安心した表情をした。そしてさっきの出来事を話していく。すると怪訝な顔をしている。りょーさん曰く、全く聞こえなかったらしい。何が起きているのだろうか。そういえば、りょーさんが動いたときに鳴るはずの服の擦れた音すら聞こえなかった。本棚を挟んだ途端に聞こえなくなった声と音。実はガラスでもあるのかと向こう側の景色に手を伸ばす。しかしなんの邪魔もなく手は伸ばすことができた。空間は空いている。それなのに通らない声。


「本棚を挟んでの会話をすることはできない?」


「だろうな」


 全員が頷く。中々に厄介なものだ。その場合、意思疎通ができなくなる。無事かどうかを確認できなくなるということだ。それはよろしくない。他の3人にも伝えないといけないな。そして別々に行動することはしないと決めた。だが今回は調べた場所が場所だったので、向こう側もすぐに逃げれたり声が聞こえる範囲にすぐ行ける場所なら良いということになった。何度かりょーさんの姿を確認しつつ、本を探す。数十分した所でれーさんがこちらに来た。


「悠くんにお願いがあんねん。……でも、今すごく頑張ってるやろ? いっぱいいっぱいなんも分かってる。せやから、無理にとは言わん。……でも、聞いてくれる?」


 凄く真剣な雰囲気をしているから、本を探す視線をれーさんに向ける。少し俯いて話すれーさんは悲痛な叫びを我慢する顔だった。黙って続きを促す。


「あのな、――」


 その言葉を聞いて頭が真っ白になった。咄嗟にれーさんの言葉を遮りたかった。でも……それはできなくて。ただひたすらに聞くしかなかった。話始める前はあんなにも苦しそうにしていたのに、今は優しく、優しく微笑んでいる。それが何を指すのか正しく理解してしまった。


「な……っ、」


 なんでそんな事言うのと言おうとして止めた。れーさんの表情があまりにも穏やかだったから、俺に止める権利なんてないと思ってしまった。


「……ごめんな。でも聞いてくれてありがとう。どうするかは悠くん次第だけど……これがちっぽけな俺の願いだよ」


 何よりも苦しそうに笑うれーさん。そんな顔するぐらいならお願いなんてするなよ。俺は俯いてこの感情を抑える。――本棚の影には、静寂でありながらも悔しさが存在していた。


「おーい!3人ともいるー!?」


 ゆーさんの張り上げた声にれーさんの纏う空気が一気に変わった。優しい空気も悔しい気持ちも全て隠した、普段通り過ぎる表情だ。


「おるよー!そっち行くわ!……さっきの事は秘密やで?ほな、怜連れて行こか」


 れーさんは人差し指を口に当てて、口角だけ上げた。眉が下がったその顔もすぐに戻った。これ以上何も言えなくなり、りょーさんを探せばこちらへと姿を現した。


「……丁度見つけたところだ、ついでに持っていくか」


 りょーさんの手には1つの本。れーさんはそれを見てたまには役立つなぁと呟いた。しかしそれをりょーさんはしっかりと聞いていて軽く言い合いが始まった。俺ははいはいと言いつつ、先輩2人の背中を押す。言い合いの最中、れーさんの言葉はいつもより力はなかった。俺は震える手を握りしめながらも入り口へと進む。ゆーさん達は入り口近くにある机にいた。りょーさんが本を持っているのに気が付いて少し真剣な顔をする。


「本を見つけたんだね。見たいところだけど……明日にしようか」


 今見たほうがいいと思うが……。不服な顔をしていたのが分かったのだろう、窓を見てと言われて入り口近くの窓を見る。確かにもう暗くて景色が見えない。時計がないから時間間隔が狂いそうになる。外が変化するだけありがたいのかもしれない。本を机の上において図書室を出る。部屋を出て寝室へと進む。俺たち以外誰もいないというのに、寝室に来ればベッドが1つ減っていた。まるで隼の存在を否定したいかのようだ。あれだけ動かそうとしても動かなかったのに、どうやってベッドの数も場所も変えたというのだ。恐ろしい気持ちを抱えたまま寝転がる。……隼、ごめんな。結局何も分からないまま1日が終わった。誰が殺したのか、どうして隼が抵抗しなかったのか、何も……。どうしてだよ。れーさんの言葉を思い出して眠りたくない気持ちが浮き上がるが、それとは反して意識は少しずつ落ちていった。

 


 ――目が醒めた。ったく、起きたくはなかったというのに。しかし起きたのならば確認しておこう。周りを見渡せばちゃんと全員がベッドにいることを確認し、ホッと息をつく。……正直言って嫌な予感は拭えていない。今日亡くなった彼を思い出す。きっと彼もこうやって起きて、皆の心配をしたんじゃないかと考えてしまう。杞憂であることを祈りたい。だが思い立ったが吉日というし、やってしまおう。立ち上がって謎に置かれていたメモ帳を手に取る。まるで俺がこれを書くのを分かっていたかのように置いている。いや、俺がこれを見つけて書こうと思ったのだろうか。今や真相は誰にも分からない。メモにとある人への手紙を残す。きっとあの人は動けなくなってしまうだろうから。なんやかんや長いこと一緒にいたのだ。優しいあいつは立ち止まってしまう。だからこそ俺は――。書き終わってポケットに忍ばせた。彼は無意識だが、苦しい時にこのポケット辺りを強く掴むから。さてこれが活躍する日は来るのだろうか。……来ないで欲しいなと微かに笑う。だが現実は無情。景色が変わり、ステンドグラスが輝いている。


「やっぱり俺か」


 何となく察していたとは言え、実感はそんなにわかない。一体どんな方法で殺されるのかと考えていれば、足音が聞こえて振り返る。そこには黒い布をかぶった人の姿があった。俯いていてその顔は分からない。ただ何となく知っている気がした。


「君は誰やろな」


 のんきに聞く。死ぬというのに恐怖がわかないのは何でだろうか。なんか心が壊れたのだろうか。ダメ元で聞いてみたが、案の定答えてくれることはなかった。そうだよな。すると相手が動き出した。


 「【かごめ かごめ】」


 かごめという言葉に記憶がよみがえる。かごめは確か「蔦で捕まえて花を咲かせる」……花?……そういうことか。これは同一犯による犯行になるということか。こんな最期に知っても仕方ないんだけどな。大人しく縛られる。どうせ逃げられない。逃げたとして他の誰かが犠牲になるぐらいなら、俺は自身を差し出そう。そして歌を止めた。一体どうしたというのだ?静寂が流れる。いくら待っても相手は動かない。


「もしかして最後の時間をくれるん?」


 否定しない、動きもしない。ならば最後に何を言おうか。考えていると口が勝手に動いた。


「俺が遺す時間待ってくれたやろ?ありがとうな」


 きっと、俺が起きた瞬間にでもここに連れてこられただろう。だが俺があいつに言葉を遺す時間は待ってくれた。なんだか優しい人なんだと感じてしまう。本当に目の前の彼が誰かは予想が付かない。でも絶対俺は知っている気がした。ただそれだけのこと。悔いがないかと言われれば頷けない。彼には重たい物を持たせてしまったなと笑う。でもできることはしたつもりだ。だから。


「【うしろのしょうめん だあれ】」


 胸に花が咲いた。鮮血を浴びてもなお美しい黄色の花であった。不思議にも痛みはなかった。少し淋しい気持ちを抱えて目を閉じる。――後は頑張ってな。無事に……。

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