⑧頭では理解してても抗えないことはある
そもそも『聖女の力』とはなにか。
それは祈ることにより神の加護を持つ精霊達へ訴えかけるもので、効果自体は所謂『精霊魔法』に近いと言っていいだろう。
違うのは、精霊の力を借りるために呪文や術式による一時契約を行わないこと。
精霊の完全任意──祈り自体が報酬であり彼等の力の源となるからだ。
つまり『聖女の力』とは、『精霊好みの祈りを捧げる力』である。
なので『聖女は清廉で気高く優しい』というイメージは、実のところそんなに正しくない。
半分は神殿が作った宗教上のイメージであり、残り半分の半分くらいが『精霊に好かれやすいタイプ(を良く言うとこんな感じ)』といった程度。
祈りに使う力は魔力に限らないが、例えば『豊穣の聖女』『結界の聖女』などのようになにかの能力に特化している場合、魔力属性が関わっていることが多いようだ。
特定の精霊との繋がりやすさからだろう、と考えられている。
『当代一の聖女』と謳われているエディトだが。
5歳児を対象に行われる魔力検査では『魔術適性ナシ』で、勿論、属性も分類できなかった。
彼女の場合魔力以外のなんらかが精霊のお気に召すらしく、今までの功績からも力を貸してくれた精霊の属性は分類できていない。
これが凄いかどうかはよくわからないが、エディトの『祈りの力』がそれなりに凄いのは確か。
彼女にしてみればなんであれ『祈りは祈り』なので、事象関係なく真摯に祈る。
やる気はないが、そこは切り替えて仕事はちゃんとやる派である。
(私がお役に立てると言ったら……やはり祈りしかないわ!)
聞けば、この北の辺境ブラシェールでは、冬でも騎士団はそれなりに忙しいそう。
連日続く氷室への氷補充作業や、冬の魔獣の討伐などが待っているらしい。
役に立てるチャンスは充分にあるとみた。
一方のユリウスは。
(彼女が俺を好いている……だと?)
「ふっ、馬鹿な」
なにしろユリウスはモテないのだ。
細マッチョだし、顔だって地味だが整っている方だというのに、何故か全くモテない。
その自覚があるだけに、彼はトマスの言葉に狼狽えてしまったことを自嘲した。
(大方『素敵』とか『優しい』とか無難な褒め言葉を聞いて、誰かが勘違いしたのだろう……だが、俺は騙されん。 その程度ならむしろ、言われ慣れている)
彼は女子ともフランクに話せる方だし、好感度自体は高い。
だが、褒め言葉には陰で必ず『でもね~』という一言が付けられる、『いい人止まり』を体現する男……それがユリウス。
過去に何度言われたことか。
『ユリウス様は素敵な方だから、きっと相応しい方が見付かりますわ』という(※それは自分じゃないけれど)の注釈の付く文言を。
最早、定型句である。
(だが婚姻とは契約であり、伴侶に必要なのは信頼と情だ……このままなんとなく上手く行けばいい、焦ることはない)
『犬は3日飼えば3年恩を忘れぬ』と言う。
飼い主側も3日飼えば情が芽生える。
嫁の人であるエディトが辺境に来てから既に1ヶ月。
妻扱いではないにせよ、それなりに大事に面倒を見てきたので、互いに色々培われている、と思う。多分。
ここは自然に任せるのが一番──そう結論付けたユリウスだが。
「……旦那様?」
「ンンッ?! な、なにかな?!」
「なんだか食が進んでいないようですが、どこか具合でも?」
「イヤイヤソンナコトハナイヨ~!」
ごちゃごちゃ考えている時点であんまり冷静ではないのである。
きちんと揺さぶられている。
「具合が悪いのでしたら仰ってくださいませね? 私、一応聖女ですので」
「い、いや本当に大丈夫だから!」
(し、心配されてるゥ?!)
ここぞとばかりにあざとく聖女アピールをしたエディトに、どうしてもドキドキしてしまうユリウス。
(イカンイカン、冷静になれ……心配くらいするから。 普通だから)
「コホン……せ、聖女の力を使う程のことじゃないからっ、ていうか健康だしね!」
「そうですか……?」
「ハハハ、勿論サ! 今夜のご飯もオイシイナ~」
エディトは少しガッカリした。
(折角のチャンスかと思ったのだけど、まあ旦那様が健康なのはいいことよね~。 いけないわ、ガッカリしちゃ。 それに……)
悪い気はしない──『それなりに自分の祈りには期待してくれているみたいだ』と、ユリウスの口振りから感じたので。
聖女自体は沢山いるだけに、『当代一』と言われてもよくわからなくて当然だ。
特に王都では、神殿と王家に囲われていたため、なにかと制限が多かった。
個人の治癒などを祈るのは基本的に許されておらず、状況や寄進額に応じて神殿が決めていた。
まるで金が目当てのようだが、これは大きな力を持つ聖女を守るための措置でもあった。これがなければ聖女達は力を無制限に搾取されてしまう危険があるのだから。
エディト自身、酷使や搾取をされないことにはとても感謝していた。
ただ任意で力を使えないだけに、直接的に恩恵を受けていない貴族……特に子息や令嬢にはちょいちょい舐められた。
そんな不愉快な思い出は腐る程ある。
(うふふ。 『聖女の力を使う程のことじゃない』だなんて)
随分お人好しな発言だ。
嫁いだので、もう祈るのはエディトの任意。それだけに、こうして婚姻したからにはユリウスはエディトに命令することだってできるだろうと思う。『面倒を見ているのだから』でも、『夫だから』或いは『当主だから』でも。
こちらが真面目にそれを聞くかどうかは別としても。
(俄然やる気が出てきたわ)
大事にされているだけに、役に立たねば、と保身と義務感から思っていたけれど。
そこに期待と尊重が加われば、やっぱり意識とモチベーションも変わるわけで。
珍しくエディトはやる気に満ち溢れていた。
「ええと……エディト?」
(なにこの視線……ハッ! ももももしかしてコレがトマスが言ってたヤツ?!)
気付いたらじっと見つめられていて、ユリウスは動揺を隠しきれないまま、それでも平静を装う。
エディトは彼の気持ちには一切気付かないまま、ニコリと微笑んだ。
「うふふ、旦那様がお元気ならいいんです。 おっしゃる通り、今日のご飯も美味しいですわ~」
「そ、そうだね! ははっ」
(なにその笑顔! ……クソッ騙されるな俺! 女子とは無自覚に気を持たせる生き物だぞ?!)
そこまでわかっていようとも、残念ながらときめく時はときめくのである。