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⑦『(カッコ)』の中には秘密がいっぱい♡

 

「ゲルトルートが来ていたようだが……」

「ええ。 おふたりの関係を心配なさってましたが、僭越ながら(たしな)めておきました」

「助かるよ……」

「いやいや、おふたりにはおふたりのペースというものがありますからなぁ~」


 未だ健在の逞しい腹筋による腹式呼吸で、トマスは鷹揚に笑う。


 ユリウスはこの家令に素直に感謝していた。


 ──彼が初夜のために、自分の服をひん剥いて風呂場に押し込んだことなどスッカリ忘れて。

 完全に油断している。


「しかしユリウス様……いえこの爺、煩く言うつもりはありませんぞ? しかし私も、少々エディト様が気の毒かと」

「えっ? な、なんで?」

「ふふ……ユリウス様は女心に疎くてらっしゃる。 まあ今まで接触してきた女性達とは、向ける視線の熱の意味合いが違いますからなぁ~」

「……! ……!?」


 そして、ユリウスはアッサリ罠に引っ掛かった様子。明らかに動揺している。


(ユリウス)に合わせた戦略』──それは『エディトの方が自分(ユリウス)に気がある』と思わせることである。


 王命の時点でユリウスはエディトを受け入れてはいるが、進展しないのは彼の性格的に、自分からいかないから。


 その根幹に、自分の見目や魅力への自信のなさがある。


 今まで接触してきた女性達はそれなりにいたが、その熱い視線から透けて見えたのは打算。ユリウスというフィルターを通して見ているのは『家格・金・地位』が主……それが悪いとは思わないが、悲しいものがある。

 過去に彼はこうボヤいていた。

「せめて小説の女嫌いヒーローみたく、そこは『女共は皆、俺の見目と地位にしか興味が無い』とか言ってみたいわ~……」と、非常に遠い目をして。


 ちなみに、上手くいかなかった何度かの縁談相手は、そういう女性を避けて選んでいた。しかし残念なことに、待っていたのは『いい感じの女性には大体好きな男がいる』……という悲しい現実。

 前世の記憶から、『やっぱり結婚は好きな人とした方がいいよな』と思ってしまうユリウスは、お人好しにも協力をしてしまって今に至る。

 ただ、そのお陰で人脈と人望はある。


 話を戻すと、エディトは案外ユリウスの理想のタイプ。

 控え目(事勿れ主義なので主張しない)で、物欲・権力欲はなく(社交は嫌)、(今のところ)従順。しかも儚げ(痩せてて地味)な(それなりに)美人である。

 カッコ内が正しい真実だろうと、別にカッコ外も嘘ではない。それに、カッコ内とは基本的に見えないものなのだ。


 兎にも角にも、タイプの女性から『好かれている』と思えば、意識しないのは到底無理というもの。

 そもそもエディトは嫁の人なので、なんら問題はない。


(ふっ……これで一気に関係が進むに違いない。 後はゲルトルート様が上手くやってくだされば)



 そう、この戦略はユリウス側だけに非ず。

 エディト側にはゲルトルートが派遣されていた。



「エディト様、辺境(こちら)にはもう慣れました? 王都と違って寒いでしょう?」

「ええ、それが(いささ)か心配だったのですが、お陰様で恙無(つつがな)いどころか(すこぶ)る体調良く過ごしております。 皆様にはとても良くして頂いて……」

「うふふ、お兄様が張り切っておりますもの。 エディト様が来てからというもの、お兄様のお話ったらエディト様のことばかりなのよ♡」


 ユリウスがエディトを溺愛している──かのような動きを見せているだけに、こうして含みを持たせて語れば、と思っていたゲルトルートだったが。


「あら……どんなお話ですの?」


 エディトの反応は今ひとつであった。

 訝しむ様子はないが、恥じらう様子もなく、よくわからないアルカイックスマイルで小首を傾げる。


(なんかこの人、何考えてんのかよくわからないのよね~。 流石、王子の元婚約者ってとこかしら)


 そんなことを思いつつ、ゲルトルートは適当に話を続ける。

 脳筋集団の中で育まれし明るさと威厳、加えて空気を読むのが美徳であり大人とされる、日本人の前世。

 彼女のコミュ力は高く、空気に合わせて適当にそれっぽいことを言うのは得意である。


「エディト様は、儚げで嫋やかですもの。 ふふ、私からあまり言っては、お兄様に怒られてしまいますわ」


 曰く、適当貴族会話のコツは『肝心な部分をなあなあな表現にし、言質を取らせない』だそう。


「まあ」


 エディトは頬を赤らめ、照れた素振りで俯く。

 だが、その一方──


(これはおそらく……『この貧弱無能が!』という遠回しな嫌味に違いない……!)


 世間知らずを装い、新婚夫婦をひやかす言葉として、受け取ったフリ(・・)をしているだけで、実はこう思っていた。


 王宮という毒花乱れ咲く魔境で、10代半ばからつい最近まで第三王子の婚約者だったエディトだ。

 彼女は経験則から『貴族淑女の相手を持ち上げる言葉は8割嫌味』と決めつけている。


 勿論、今までゲルトルートとの交流ではそんな脳内変換は行わなかったものの、それはゲルトルートが余計なことを言わないようにしていたのが大きい。


 それに、エディトには罪悪感があった。


(ああでもゲルトルート様の仰る通りだわ)


 厳密に言うと嫌味に変換した言葉であって、ゲルトルートの言ってはいない言葉だが。

 思い当たる節があるどころか、思い当たるところしかない。


 正しく迎えていない初夜。

 ボヤを出し『寒い』と言ってから、行われている体質改善と健康増進。


 そしてなにより、辺境に来てから全く祈っていない自分。


 妻としての価値はおろか、聖女としての価値も示せていない。

 挙句、体調管理までして貰っている。

 至れり尽くせりである。


(私だけが得をしている状況……これは、やんわりと苦言を呈されても仕方ないわね)


「見た目は凡庸ですが、お兄様はあれでいて結構有能なんですのよ?」

「ええ、閣下はとても素敵な方だと私も思っておりますわ!」

「あ、あら……」


 ゲルトルートは持ち前の適当さで、とりあえず適当に兄を持ち上げてみただけだ。

 顔だけはいい王子の婚約者だっただけに、なんなら見た目の理想が高い可能性も考慮しての持ち上げだったというのに、この意外な食いつき。


(案外、杞憂だったのかしら?)


 ゲルトルートは知らない。

 それは一応本音だが、食い気味で明言したのは保身からであるということを。


「ゲルトルート様が心配なさる気持ち、よくわかりますわ……これからは私も、もう少し積極的に(役に立つよう)動こうと思います!」

「エディト様……! (兄の魅力を)わかって頂けて嬉しいわ!」


 そして、ふたりの間に若干の誤解が生じていることも。



【どうでもいい補足】

・トマスがユリウスとエディトを『旦那様/奥様』と呼ばないのは、ユリウスの希望による。

・尚、トマスを含む古参の家人以外は『旦那様/奥様』呼び。ただし、トマスの妻には『坊っちゃま』と呼ばれており、『それは勘弁してほしい』とのこと。(でも聞いてくれない)


・ゲルトルートがエディトを『お義姉様』と呼ばないのは、歳がエディトより上だから。(最初は呼んでみたけど、違和感が拭えずやめた)



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― 新着の感想 ―
誤解きたーっ\(^o^)/
アンジャッシュキターーー!!!!(大歓喜)
 私は(ドジで)強い(つもり)キン肉マン~  という歌を思い出しちゃった(^^)  なお、括弧内はコーラス。
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