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⑤ドアマッター風聖女嫁の実態

※この回の推奨BGM:『布団の中から出たくない』/打首獄門同好会

 

 そうこうしているうちに着いた辺境伯邸。


「ようこそいらっしゃいました。 当代一の聖女様が来て下さること、辺境伯家一同大変光栄に思っております」


 そう恭しく出迎えてくれたのは、とても逞しい初老の家令。名はトマスだそう。

 夫となる辺境伯閣下は不在のようだが、他の家人らの態度もとてもエディトに好意的で。唐突な婚姻だけに、エディトは大変丁重に迎えられたことに安堵していた。


 重厚な造りの辺境伯邸は武骨なだけでなく、繊細な装飾で上品に彩られており、やんごとなき血筋と歴史を感じさせる。

 中でもトマスに案内された部屋は一際美しく、扉を挟んだ続き間は夫婦の寝室……間違いなく辺境伯夫人の部屋だとすぐわかった。


 少し休んだ後、暫くの間とても歓待されたけれど。その後は初夜の準備。


 エディトは22と、些かトウが立っている。

 その上、娯楽という娯楽はなく、精々長らくお世話になった王宮侍女達や古参の聖女達との井戸端会議くらい……そりゃ長年聖女稼業を営んでりゃあ、年増なだけでなく耳年増にもなるというもの。

 初夜で何するかなんて当然知っているが、『初対面がイキナリ初夜かぁ~』と思わなくもない。


 だが、それはまあいいとして。


「……寒いぃぃぃぃッ!!!!」


(ないわ~。 この夜着ないわ~)


 用途が用途だけに仕方ないとはいえ、防寒的側面への配慮が一切感じられない布面積と、驚きの薄さ。


 頼りにしていた北の防寒設備もまだ冬本番ではないからか、王都育ちの……というか冷え性のエディトには耐え難いレベル。

 もういっそ邸宅ごと燃やしたい。(不穏)


 とりあえず毛布(ブランケット)布団(キルトケット)を身体になるべく隙間なく巻きつけた。


(初夜の雰囲気ブチ壊しだけど、仕方ないわよね! ああ……この際早く抱かれたいわ)


 なんでもアレは、結構汗をかくぐらいのハードな運動だとか。

 どうせ夫婦となればやることやるんだし、身体が温まるならもうそれでいい。

 だって、着膨れていてもまだ寒いのだから。


(……はっ! 運動してみたらどうかしら!?)


 しかし寒過ぎて巻き付けた布団を剥ぐ気は皆無。

 故にエディトは、そのままの状態で転がることにした。


 ゴロゴロゴロゴロ……

 ゴロゴロゴロゴロ……


「なんか温まってきた気がするわ!」


 そう思ったのも束の間──


「……ヒィッ?!」


 エディトはそれに気付き、小さく悲鳴をあげた。


 なんか温まってきた……それもその筈。

 無尽蔵に床を転がるあまり、布団に暖炉の火が着いていたのだ。


「きゃあああぁぁぁッ!?」

「ッどうした嫁のひと……うわああぁぁ!?」


 そこにバーンと現れたのは、夫となった辺境伯閣下だった。





 翌日──交流という(テイ)で行われた聞き取りで、エディトは割と素直に真実を述べた。


 もう既に『変な嫁』。

 取り繕っても今更なので。


「そ、そうか……寒くて……」

「申し訳ございません……」


 交流しようと決め、いざこれまでの事情と昨夜の顛末を聞いたらコレである。ユリウスは一瞬チベットスナギツネのような顔になった。


 だが、目の前の女性は大変しおらしい様子で肩を落としている。

 これが妹だったら盛大に開き直っているであろうことを考えると、全然許容できる。


 それに婚約破棄の事象自体を見れば、腹を立ててざまぁに及んでもおかしくない。

 なのにふたりを祝福している彼女の寛大さは、とても好ましい──ざまぁとか、したくないので。


 まあ、婚約破棄は彼女としても好都合であり、またそれとは関係なく第三王子に対しては馬車内で『ハゲろ』と呪ってたわけだから、実際は大して寛大でもないのだけれど。


 そして『素直に真実を』とは言え、エディトも流石に諸々をやんわりと包んで話している。

 特に『初夜の為に着せられた夜着の薄さと寒さに耐え切れず身体に布団を巻き付けて床をゴロゴロした挙句に火が着いちゃった』の、『床をゴロゴロ』部分はちゃっかり伏せていた。


 今後の保身的にもこれ以上『トンチキ聖女嫁』とは思われたくはない。

 初夜にボヤを出しちゃった時点で大分『トンチキ聖女嫁』ではあるにしても。


「その……閣下はこんな女はお嫌でしょうか?」

「いっいやいやいやいや、ゲフンゲフン」


 そういや有耶無耶になったけれど、昨夜は初夜だった。

 そのことをにわかに思い出したユリウスは少し顔を赤らめ、咳払いで誤魔化した。


 別に嫌ってもいないが、できれば初夜は更に引き延ばし、当面は互いを知る期間に充てたいところ。それに、悲壮感こそないものの、エディトがちょっと細過ぎるのがユリウスは気になった。


(『寒くて』か……)


「失礼だが、貴女は随分痩せている。 おそらくそれが寒さの一因じゃないかな」

「……えっ?」

「俺が思うに、筋肉量が足らないのかなって。 これまでどんな生活を送ってたの?」

「それは……祈るのが主でしたわ……」


 そう言って、エディトは儚げに目を伏せた。


(言えないわ……! 『王子妃教育をやりたくなくて倒れる程祈ってました』だなんて!!)


 本当は社交を含む公務に耐えうるだけの、ダンス練習を含む基礎体力作りがあったのだが、マジョレーヌが羨んだのをいい事に『身体が辛いから』ともっともらしい理由をつけて代わりに行ってもらっていた。

 その為に余分に祈り、倒れる程の情熱をもって。


 第三王子(カールハインツ)はエディトを気に入らなかったようだが、エディトは彼に対して特に好きも嫌いもない。見た目は綺麗だけれどキャンキャン煩い犬を思い出すくらいで。


 しかし王族の仲間入りは真っ平御免だった。


 孤児だったエディトは、聖女として神殿に引き取られたことで得た生活に充分満足していた。

 祈るのはその対価であって仕事。

 そこにあるのは職業意識であって、崇高な意識はなどは一切ない。


 そしてその職業意識も高くはない……なんならなるべく楽をしたいのである。

 勿論、聖女の祈りは精神力と体力を削られるけれど、才能からか苦ではないのでそれはいい。

 ただ別のことは極力やりたくないのだ。


 神殿に引き取られた際、貴族を相手にする為の所作や学を学ばねばならず、充分面倒な思いをした。ハッキリ言って、もうやりたくない。

 しかも王子妃になったら要らん仕事が増える。

 したくもない贅沢の為に新しいことを学び身に付けるくらいなら、ただの聖女のがいいに決まっている。倒れるまで祈った方が遥かにマシ──


 しかし今ここでそれを言う程、エディトは馬鹿でも苦労知らずでもない。


 ここは辺境伯閣下が思いのほか人が()さそうなのに乗っかり、それっぽく誤魔化しておくべきである。

 ウッカリやらかした『トンチキ聖女嫁』のイメージの払拭と、今後の保身の為に。


「痩せても枯れても『当代一の聖女』として、祈ることだけが私にできる唯一のことですもの……!」


『唯一のこと』に力を込め、精一杯、聖女らしさを醸して訴えてみたエディトだったが。


「……う~ん、そうかもだけど」


 肝心のユリウスは別のことを考えいる様子。あまりこちらを見ていないのが、地味に恥ずかしい。


 しかも──


「とりあえず……暫く祈るのやめてみて?」

「えっ?」


 言われたのは予想外のことだった。


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― 新着の感想 ―
>初夜にボヤ  「しょやにぼや」…語呂がいい(^^)
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