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④聖女エディトの事情

 

 そもそもの発端である婚約破棄が行なわれたのは、秋も深まり王都でも木枯らしが厳しくなってきた──そんなある日のこと。


「エディト! 私は真実の愛に目覚めた! 貴様との婚約を破棄しこのマジョレーヌを新たな婚約者とする!」


 定例のお茶会で、婚約者であるカールハインツ第三王子殿下に、聖女・エディトは一方的にそう言われた。


「お姉様……ごめんなさいッ!」


 彼の横にいるエディトの妹分であるマジョレーヌは、よよよ、と悲しげに王子に(もた)れかかる。

 たわわなお胸の横あたりが、カールハインツの腕にさりげなく当たることを計算に入れながら。


 効果はバッチリ、下品にならない程度に開いたマジョレーヌの胸元に、カールハインツの視線は釘付けである。

 その麗しいお顔は完全に鼻の下が伸びており、『婚約破棄くらい、もうちょっと真面目にせい』と思わずにはいられない。


「いいのよ、マジョレーヌ……」


 彼女がエディトを『お姉様』とは言ってはいても、ふたりに血の繋がりはない。


 エディトは聖女であるが、マジョレーヌもまた聖女。


 この国に聖女は沢山いる。

 未婚未通である必要も無ければ血筋も関係なく、ある程度力を持つ者は聖女として神殿に登録される。

 だが未婚で特に力が強く、低位貴族や平民の場合は神殿で清廉な生活を余儀なくされることが多い。

 これは若い聖女が貴族男性に『妻に』と求められることが多いからで、その為の処遇である。


 由緒だけは正しいが貧乏な伯爵令嬢マジョレーヌと孤児のエディトは、神殿で姉妹のように育っていた。


 元々同年代の中では群を抜いて力の強いエディトが、王子の婚約者にされただけ。

 カールハインツは3歳年上のエディトの年齢や貧相な身体と地味な色味、そして孤児だった出自が気に入らなかったらしく、10代半ばで引き合わされた当時から『みっともないから派手なドレスはやめろ』『お前はなるべく喋るな、下賎な血がバレる』など散々言われたものだ。


 マジョレーヌは、それをわかっていて──


 ……というなら感動的な義姉妹愛だが。

 実際はあまり関係ない。

 マジョレーヌは権力とお金欲しさに、エディトから王子を略奪しただけである。

 まあエディトにとっても都合がいいので、全く問題はないけれど。


 実際、マジョレーヌとエディトの仲はいい。

 彼女とは苦楽を分かち合う中──というかマジョレーヌはほぼ一方的に清貧たる神殿での生活に不満を漏らしながら夜な夜な『嗚呼っ! 権力とお金が欲しいわ!!』と叫び宣い打ち明けてくれていた。

 エディトにとっては実に素直で好感の持てる、大変可愛い妹分である。


 エディトはマジョレーヌが色々画策しているのは知っていたものの、特に止めなかった。自分に都合のいい時は積極的に立場を譲ったりしたけれど、それ以外の協力は別にしていない。

 だって、面倒臭いし。


 それだけに、見事王子を射止めた彼女の行動力にはもう『天晴(アッパレ)!』としか言いようがなかった。


 聖女信仰で女性を貴びつつも、社会進出はさせないお国柄だ。

 ついでに妻には貞淑であることを求めがち。


 清純ぶる事も含めて、抜かりなく女を武器にし欲しいものを手に入れようとするマジョレーヌを、割と無気力な方であるエディトは尊敬している。


 慎ましやかに『いいのよ』とは言ったけれど、本当は席を立ち、盛大な拍手を以て賞賛したいくらい。

 是非このまま上手く王子を転がし続け、今後王子妃として贅沢を楽しむなり、神殿改革をするなり……存分に頑張って頂きたい。


 そんなワケで。

 エディトは、この婚約破棄に異論は全くなかった。

 おめでとう、と心から祝っている。


「マジョレーヌの人生が実り豊かなモノになりますように……」

「お姉様ぁぁぁ!!」


 感動の抱擁。

 多分、はたから見たらそう。


 しかしこの直後、王子からの爆弾発言が待っていたのだ。


「で、あれだ。 お前の為に良い嫁ぎ先をこちらで決めておいた」

「へ?」

「喜べ。 北の辺境伯家、ブラシェール家だ」

「まあ! お姉様おめでとう!!」

「えぇぇ……」


 マジョリーヌは『やったわね! 辺境とは言え権力ある金持ちよ!!』と目で訴え、こっそりとサムズアップ。

 こちらも心から義姉を祝している。


 だが残念なことに、エディトとマジョレーヌの価値観は同じではなかった。





 そんなこんなで。

 婚約破棄後サクッと速やかに乗せられた馬車に揺られること、早一週間。


「はぁ……」


 ようやく辺境伯領にさしかかったあたりでエディトは、もう何度目かの溜息を吐いた。


 婚約破棄はどうでもいいけれど。

 実のところエディトは、ブラシェール辺境伯の元に嫁ぐのがちょっと嫌だった。


 こんなお国柄である。

 婚姻自体は仕方ないにせよ、『北』っていうのが嫌。


(寒いぃぃぃぃ……!!)


 エディトはとても冷え性なのだ。


 王都の木枯らしでも来るべき冬への心配が止まず、納める編み物に使う毛糸をパクっては密かに靴下やベストを作っていた。

 それはもう、お洒落的見地など皆無。

 編み目をギッチギチにした完全なる防寒仕様であり、細身であるのをいいことに、ドレスの下でなるべく肌着と肌の隙間を埋めるモノでもある。

 そしてそれを今も着用しているというのに、既にコレだ。


(ヒィッ?! 既に雪がチラついてるじゃない!)


 こんなところで生きていける気がしない。


(どうせ辺境なら何故南の辺境に送ってくれなかったの……! あの第三王子(クソぼっちゃま)め!!)


 エディトは道中、王子へのこれまでの想いと素晴らしい嫁ぎ先への感謝から、馬車内で祈りを捧げた。


『私の想い(寒さ)が少しでもあの方(の頭皮)に伝わり、(物理的に)輝かしい未来が待っていますように』──と。


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― 新着の感想 ―
…………ハゲ散らかせってことね
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