㊴感謝
カールハインツ一行を見付けるのは早かった。幸い雪は然程強くならず、残した轍が消えるまで、それなりに進めたようだ。
止まった後続のソリから本邸の雪玉・リヒトが飛び出す。先導役を務めていたユリウスと馭者の役目を代わる者が、載せていた小さなソリを取り出しユリウスの方に向かう。後続の一台はカールハインツの馬車の馭者を乗せ、荷を積む用のソリは馬車を回収。荷台に入っているのはソリ代わりとなる板。車輪に付けて前のソリに繋ぎ、引かせるらしい。
連れ出させた罪悪感からか、カールハインツは馭者も一緒のソリへと希望したが『立場上の問題もあるけれど、長く外にいた馭者の方には行火が多めで、替えの服も用意してある』と説明すると安堵した様子で従った。
「殿下、お久しぶりです」
「エディト……」
バツの悪そうな様子で、なにか言いたそうな表情のカールハインツをささっとソリに誘導し、雪玉と共に先に戻る旨を告げてエディトと共にその場を離れる。
ちなみに、リヒトは別邸のブランカの子。もう若くもないのに頑張って高速移動してくれた母犬ブランカは、貰ったご褒美をたらふく頂いた後、今はすやすや休眠中である。
「先程は言えなかったが──」
本邸に戻りつつ、ユリウスはエディトにこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。黙って聞いていたエディトだが、マジョレーヌの顔の痣のことはショックだったようで、僅かに「ああ」と悲痛な声を漏らす。
「マルケル嬢が別邸にいることを含めたこちらの事態の把握は、まだ彼等には黙っていてほしい。 君が呪いの浄化をすることを止めるつもりはないが、それも双方から個別に詳しく事情を聞いてからにしたい」
「それは」
「エディト、君の力はおそらく『当代一』なんてものじゃない」
「!」
「王家に協力するのも君の任意で力を使うのも構わないが、必ず相談はしてほしい。 咄嗟のやむを得ない場合でも報告を。 俺は折角娶った妻を手放したくはない」
「……旦那様」
エディトはようやく自分の力がとんでもないモノだと気付いたらしく、重々しく頷く。
「前から気になっていたのだけれど、王都で力を搾取されるようなことはなかった?」
「いえ……ただ、大神官様に管理はされていて『特別に祈るのはひと月に一回』と決まっておりました。 それも大神官様の選んだ依頼のみで、特に無茶振りもされなかったかと」
「そうか」
どうやら王都でも大切に扱われていたようだ、と安堵する。
人間の欲望に際限はない上、それが他力の場合、責任まで押し付けられたりするのが常。エディト本人ですらそうだ。力の説明がなかったのは、変に自信を持ち、自己顕示欲や承認欲求から力をばら撒いてしまうことを恐れたのではないだろうか。
このユリウスの想像通り、大神官が言わなかったのは、引き取った際、まだ幼かったエディトの今後を慮ってのこと。
そのおかげもあってか『自己顕示欲や承認欲求』でのばら撒きはしなさそうに育った。結局『聖女嫁デビュー』を目論んだ際に色々しているが、そこには当人の実利が絡んでいる為、おそらく大神官は『逞しく育ったなァ……』と遠い目をするだろう。
エディトは勿論、それなりに力の自覚も自信もある。だが、『当代一』という呼称通り、『まあ自分くらいの人は、それなりの頻度で出るんだろうな』と甘く見積もっていたのだ。
搾取や酷使をされていないことを理解し感謝していたつもりだったが、ここにきて改めて大神官に感謝する。
──ユリウスにも。
ユリウスは加護を授けた際、とても驚いていたようだった。先程のアーデルハイドも、動物との意思疎通ができることを初めて知った様子。
おそらく王家はエディトの力に対する詳しい情報を、辺境伯家に伝えていないのだろう。
なのに最初から、大事に扱ってくれた。
『暫く祈るのやめてみて?』
あの時は結構衝撃的だった。
聖女であることこそがエディトの妻としての唯一の価値な筈なのに、それをしなくていいと言われるだなんて思いもよらなかった。
健康になってからも、祈れと言われたことは一度もない。逆ならあるのに、とエディトはちらとユリウスを見てこっそり笑った。
(旦那様がこういう方だとわかっていて、殿下は嫁ぎ先を北にしたのかしら)
もしそうだとしたら、『禿げろ』と祈ったのは申し訳なかったなぁ、とエディトは反省した。少しだけ。
再び邸宅に着いた後。
カールハインツ一行には医師の診断を受けさせた後、適温の湯にゆっくり浸かって身体を温めてもらい、トロトロに煮込んだ具沢山のパン粥を摂らせた。
疲労を考慮し、胃と精神に負担のかかりそうな晩餐はカット。小腹が空いた時に摘めるよう、部屋には軽食も準備してある。最初の配慮として、まずは過度にもてなさないことにしたようだ。
それでも落ち着いた頃合で話し合いを行うのだろうとカールハインツもエディトも思っていたが、予想に反しユリウスは「まずはお身体をお休めになってください」とやんわりと先送りした。
「いや──」
「閣下。 非常にお手をわずらわせるかたちでの突然の来訪にもかかわらず、どこまでも深いご配慮痛み入ります」
カールハインツはなにか話したそうだったが、そんな主の空気をいち早く察知した護衛のギディオンが、先んじて彼の代わりに礼を述べる。
「殿下、今夜は早目にお休みなさいませ。 閣下の仰る通り、まずは御身を」
「…………わかった。 ブラシェール卿、感謝する」
不承不承、という空気を醸しながらも、カールハインツはそう言う。ユリウスとエディトはそれぞれ恭しく臣下の礼を取ると、部屋を辞した。
「まだ話さないのですね」
「まぁ元々今日はゆっくりしてもらうつもりでいたんだ。 殿下はまだしも、護衛が気の毒だし……」
(ふふ、旦那様らしいわ。 ──でも)
『私まで一緒に外に出た意味、あったのかな?』と思ってしまったのが顔に出ていたのか、ユリウスは不機嫌そうに言う。
「……君はちょっと目を離したら、なにをするかわからないからな」
「あら」
言いながら肩を引き寄せられ、ヘルミーネのことを出して言い返そうかとも思ったけれど、やめた。
回された腕が温かく、心地よかったから。
あと、目を離した隙にやらかした前科もあるしね。(台無し)




