㊳知らなかった気持ちへの理解
(ふぐっ……はっ恥ずかしいィィィィ!!)
人工ダンジョン内でもおわかりの通り、自分の『ここぞ!』というタイミングを逃すと手を繋ぐのさえ躊躇してしまう、無自覚・穢れなき乙女のエディトである。
そのダメージは酷く、涙目で恥辱に震えた。
「? エディ──!!」
反応のない妻を横目で見ると、小刻みに震えている。ファーつきのフードを被っているので顔は見えないが。
(……しまった!)
気が急いていたし、怒ってもいた。そしてマジョレーヌの話には信憑性があった。
とは言え、あまりに無神経だった。
エディトは婚約破棄の被害者だというのに。
(なんなら『殿下の元に戻す』と思われたのでは?! ああっちゃんと順序だてて説明すべきだった!)
──と、まるっきり見当違いの解釈をしたユリウスは、エディトをもう一度強く引き寄せる。
「きゃっ……?」
動いているソリの馭者席に横並び。
今抱き締めるのは無理なので、体勢としては肩を寄せるだけだが、それは明らかに抱擁としての意味合いを感じさせるモノで、再びエディトは動揺した。
「すまない、エディト。 君を不安にさせるつもりはなかったのに……!」
「……ふぇっ?」
「 (第三王子と)会ったのはただの偶然で……誓って仕組んだことじゃない。 なにより、俺の大切な妻は君だけだ!」
「──」
(あら? あらあら??)
カッコ内はフェルカー夫人のことだと思っているエディト。ユリウスの言葉に対する認識の多少の行き違いはあれど、それはさしたる問題ではない。
(これって弁明よね?)
そう、重要なのはそこ。
(流れが多少違うだけで、やはりお義母様は正しかったのだわ……!)
正しいか正しくないかって言ったら、息子夫婦の痴話喧嘩に介入し煽るという、言動はあんまし正しくない母だが、やはり母は正しい──流石の息子の解像度。
そしてこの運の良さ。ただでさえ高かった好感度に加え、嫁からの信頼度は爆上がりである。
エディトは勿論、そんな信頼できる義母の指示に従うことにした。『悋気を見せ可愛く拗ねろ』『弁明してきたら愛を問え』である。
「でも旦那様は、私に魅力がないとお思いでしょう……?」
お誂え向きに目は先程までの羞恥で涙目で。焦っていた時とは違い余裕も生まれている。
可愛く拗ねるは今もってわからないが、構ってちゃんが他人の関心を釣る手法くらいはわかる。まあ軽く卑下しときゃあいいだろう。
「そんなことはない! 君は魅力的だ!」
実際それで充分だった。
なにしろ初夜を引き延ばしている自覚も諸々の罪悪感もある。そんなヘタレに加えて紳士でもあるユリウスは、女性の涙に弱いのだから。
「ごめん、考えなしだった。 思えば王命……それでこちらにやってきた君はどんなにか不安だっただろうに」
「旦那様……」
何度か『大事にしている』『互いのことをよくわかってから』と伝えていたつもりだったが、そもそも『何度か』などと吐かしている時点でダメだった……とユリウスは反省していた。
(前世知識が役に立たないというより、俺が有用に使えていないだけだ! 平和な世界が舞台の『なんでお前らくっつかねーんだ』とツッコミを入れたくなる少女漫画のヒロインですら、なにかにつけて相手の気持ちを誤解し打ちひしがれるモノだとわかっていたのに──!)
なんなら明らかに溺愛し、愛を囁いてくれるスパダリとくっついた後ですら、そのパターンはある。女性の気持ちはそれくらい繊細なのだ。フィクションで娯楽と侮るなかれ。そこには『読者女性の共感』というれっきとしたリアルの思考が考慮され、反映されているのだから。
スパダリでない自分は尚のこと、愛を囁くのが無理でも、言葉で『エディトが妻だ』と本人に示す努力をせねばならなかった筈だ。
まあ、その『読者女性の共感』がエディトの思考と一致するかは別だとしても。
(なんだか話が大きいような……?)
実際、エディトは溜飲が下がるのを通り越し、ユリウスが想像以上に申し訳なさそうにしていることに、ちょっと困惑していた。
エディトはアーデルハイドに唆されただけなので、別に本邸に戻る気もなかった。悋気から『ちょっと困らせてやろう』とは思ったけれど、それも冷静になると『本当に困るのか?』とやや疑問であり、だからこそ身体的な不安をアーデルハイドに零してしまったワケで。
それでも今更ユリウスが自分を王都に戻すとか追い出すなんて、全く考えてもいなかった。
ユリウスは反省しているが、それくらいの信頼は既に充分ある。結構前から。
(でも最初は気にしてたのよね、私も……以前はもっと寒がりだったし、追い出されたら生きていける気がしなかったもの)
そこでフト気付く。
今なら追い出されても、生きていける気がすることに。
逃げる理由もないくらい良くして貰っているのでその気は全くないが、一人で生活することが可能なくらい、健康になった。
(あら? なんで私、あんなに腹が立って不安になったのかしら)
そして生まれた新たな疑問。
職業が聖女から聖女嫁に変わった、という認識だったエディトにとって、閨事は職務の範囲内。その認識の前提である職業はあくまでも『生きる手段』でしかない。
もう聖女の力も認めてくれているので、神殿で過ごしていた頃マジョレーヌに諸々を代わってもらったように、ヘルミーネが色々肩代わりしてくれるならむしろ幸運と捉えてもいい筈だ。少し前のエディトならば喜んでいただろう。
なのに、保身以外に興味関心のなかった自分が、もう磐石となりつつある『聖女嫁』の立ち位置にも関わらず、『女性的魅力』がないことに不安を覚え、あまつさえ他人に嫉妬した──
何故か。
「──」
「……エディト?」
ずっとこちらの方に顔を向けたまま、思案げな表情で黙ってしまったエディト。その心情を慮り声を掛けずにいたユリウスだが、肩に回した腕をそっと緩めて窺うように声を掛ける。
進行方向を向いて手網を取っているユリウスの瞳が、気遣わしげにこちらの様子を確かめるように動き目が合うと、なんだか、もう見慣れた筈のユリウスが、やけに男前に映る。
一瞬で赤くなった自覚があったエディトは、素早く顔を逸らし俯いた。
流石にもうわかる、この胸の高鳴りがなんなのか。
(……ヤダー私旦那様が好きなのね?! 恋愛的な意味で!)
こうしてエディトは、ようやく先程自覚した感情の根幹への理解に至ったのである。
結局アーデルハイドの思惑通り、と言えばそう。




