㊲恥ずかしい勘違い
「旦那様……どちらへ?」
その問いには答えず、ユリウスは無言で進む。
(コートを取ったということは、どこかに行く気よね?)
──先程の、アーデルハイドとのやりとりが頭に過ぎる。
エディトは移動で悋気のほとぼりが冷めると、初夜がまだなこと……自分の魅力のなさが原因では、と心配になっていた。
「エディトよ、そう心配するでない。 そもそも新婚旅行など、初夜のやり直しの為に決まっておろう」
そんな可愛い嫁の不安を取り除くべく、息子の計画をあっさりバラす母。息子に容赦がない。
「まあ!? ですが、まだ──」
「アレは繊細だから、我々が本邸へと発ちふたりきりになってから……とか思っていたんだろう。 その気はある」
「そうなのですか?」
「不安ならこの機会に試してみるがいい。 エディトが少し悋気を見せ、可愛く拗ねて見せればイチコロだ!」
「イチコロ!?」
「ふふ、勢いに乗じて色々わからせられてしまうかもしれんな……」
「わからせ……??」
なにをわからせられるのだろうか。
耳年増とはいえ、専門用語(?)になるとイマイチよくわからないエディトだったが
「とりあえずやってみます!」
身体が元気ならば、案外行動力はある。
なのでエディトは『少し悋気を見せ、可愛く拗ねる』を実行しようとした。
(そうは言ったけれど『可愛く拗ねる』ってどうしたらいいのかしら?)
神殿暮らしで『当代一の聖女』として過ごしてきたエディトである。世慣れはしているので、空気を読んだり他人に気を使うことは普通にできても、育ってきた環境と立場が普通とは違っていた。
職務に忠実な彼女は、基本的に他者の前では『聖女≒貞淑な淑女』のイメージを纏って生きてきただけに、マジョレーヌやヘルミーネとは違い性別の利点を駆使したあざと仕草に頼ったことはなく、具体的方法が不明。
(マジョレーヌはどうしていたかしら?)
「ユリウスが来たようだな」
「えぇぇ?! はっ早いですわ! どうしたら……!?」
「とりあえずベッドに潜るんだ。 おそらく誤解だと弁明するだろうから、その時涙ながらにヤツに愛を問えば、ムードも高まるに違いない。 安心しろ、私はそっと消えるから」
「はっはい!」
──そして現在に至る。
杜撰だが、息子の性格を読んだ割と適切なアドバイス。アーデルハイドへのユリウスのイラつき具合と、エディトの演技如何によるにせよ平時なら成功率は半々、くらいにはあったのではなかろうか。
しかし何故か担がれている。
残念なことに途中で平時ではなくなっていた結果だが、それをまだ知らないエディトにとって、なにがどうしてこうなっているのか不明。
ただ、今のこの状況は……『聖女嫁デビュー』の時に少しばかり無理をし、怒られた時に似ている。
(──はっ! これはまさか、初夜の為に移動を?)
これまでの義母の言うことが正しいのならば、そう考えるのは不自然でもない。
とうとう正しく結ばれるに違いない、エディトはそう思った。
(アラ……!? ヤダーなんだか動悸が酷いわ!)
大事に扱ってくれるユリウスに好意はあるし、自分は妻。
今まで感じたことがなくとも、悋気を抱くのをおかしいとは然程思わなかったけれど、初夜……というか初体験を前にドキドキするのは、あまりに想定外。
なにをするのか知っていても『夫婦なら当然の義務』と思っていたので。現に、最初の出会いである初夜になる筈の夜も、そうだった。
エディトは耳年増で、変に世慣れている上に信仰心もあんまりないが、名実ともに穢れなき聖女──実のところ、知識はあっても恋愛経験は皆無で、伴う感情の理解や自覚もあまりなかったのである。
それがここに来て、唐突に自覚したエディトは、滅法動揺した。
ちなみにそれがなにかの理解はまだである。
(そういえば手も繋いだし口付けも交わしたわ! その先に続くのはおかしくないわよね!? そうよ、全然おかしくないわ!)
そう言い聞かせるも、一向に止まぬ動悸。
「着なさい」
「えっ、ええと」
座らせコートを手渡されたのは、何故か馭者席。そして、ソリは少し離れた後ろに何故かもう二台。一台は荷を積む用のソリだ。
(? ……なんだかムードがないわ。 そして、いつ愛を問えばいいのかしら)
吝気を出したり可愛く拗ねるタイミングも失った。『涙ながらに』と言われたが、空気は冷たく乾いており、涙も出そうにない。
「寒いが、話がある。 少しの間我慢してくれ」
「は、はい……きゃっ?!」
支える為と声の届きを良くする為、ユリウスはエディトに腕を回し、身体を引き寄せる。
この体勢に、エディトは動揺しつつも確信していた。
(ここここれは間違いないッ! 来る、来るわッ!)
なにが来るって。
『愛の囁き』という名のウフフ♡なお誘いである。
しかし──
「エディト、第三王子殿下が来た」
「!」
囁かれたのはコレだった。
(間違ってたぁぁぁぁぁぁ!!!!)
とんだ勘違いだったことに、否応なく沸き上がる羞恥心。
そもそもエディトはドナドナ的に嫁がされたことも、その相手である全く知らん夫との初対面での初夜をも義務と思ってあっさり受け入れていたような、情緒の欠如した女である。
初めて自覚した胸の高鳴りの中、それが勘違いだったことへの羞恥心は、物理的に燃えてしまった初夜すら比ではない。
カールハインツなんぞどうでもいい。
なんで今来た。




