㉝皆の可愛い妹分
「必要な教育は以前からお義姉様とご一緒させて頂いていたので。 むしろ他の王子妃様方に比べれば楽かと」
カールハインツが第三王子であることや、その婚約者の条件が聖女であることから、求められることは少なかったそう。
もっとも祈りの力は兎も角、経典を見ずとも教えを全て説明できるだけの知識は必須。なので簡単とも言い難いけれど、幸いにしてマジョレーヌは真面目な上、10の時から神殿預かりだっただけに、知識も所作もあまり問題なかった。
それは事実だろう。
『お腹ペコペコ』と言っていたのもあり、食事を摂りながら話して貰っているのだが、彼女の所作はとても美しい。
辺境伯だとわかったユリウスを前にしての、付け焼き刃ではないことがわかるくらいには。
厳しかったのは、直接関係ない人間からの視線。
エディトもそうだったが、マジョレーヌは彼女以上に多くの令嬢に絡まれた。
ひとたび神殿を出てしまえば、家格や富がものを言う貴族社会。神殿でいくら怠惰で傲慢だろうが、王宮では皆、格上の令嬢ばかり。
貧乏伯爵令嬢であるマジョレーヌには、対抗手段がなかった。
神殿と王家の後ろ盾があった、当代一の聖女であるエディトとは違うのだ……もっとも、エディトが彼女らに歯向かえたのは、どちらかというと、特に失うモノがなかったからだけれど。
「暗に『略奪女』と言われるのはいいのです、事情がなんであれ事実ですし。 ただ……『顔と身体で篭絡した』と言われるのには、少し思うところはありました。 ですが結局この顔ですもの、さぞかしご令嬢方にはいい気味でしょう」
少しだけ暗い顔を見せるも、マジョレーヌはそう言って気丈に笑う。自嘲というよりは笑い飛ばす感じで、非常にサッパリしている。
外面のいい世話焼きの妹分と、おっとりしながらも我の強い姉貴分……なんとなく、エディトと仲の良い姿が想像できる気がした。
それを微笑ましく見守る周囲も。
「それで呪いを?」
ユリウスよりも先にヘルミーネが問う。
どうやら彼女にも、詳しい事情は明かされてなかったようだ。
「ええまあ、そんなところですわ」
マジョレーヌはおどけたように肩を竦め、そう言う。
だが、それはおそらく正しくない。
なにしろ王宮お抱えの魔術師が手に余る程の呪い……そんな単純な嫌がらせに使うには、リスクが高過ぎる。ましてやマルケル家は貧乏伯爵家、本当に蹴落としたいなら別の方法を取る筈だ。
(しまった、配慮が足りなかったな)
「マジョレーヌ嬢。 ここからはより具体的な話になるのだろう? 少し移動すればウチの別邸がある、そちらへ」
「いいえ閣下。 私は今のままで結構、問われたから少し経緯を語ったまでですわ」
「だが……王宮を追われたのでは?」
「私の方から出て行ったのです。 ここには療養を兼ねて、ですのよ。 家人が色々ご迷惑をお掛けしたのは、心配症の家族の行き過ぎた配慮。 ですが改めて謝罪を──」
「いいえ閣下!」
マジョレーヌの謝罪を遮ったのは、伯爵家の騎士・ハルトムート。
「お嬢様の言葉を鵜呑みになさらないでください! 女性が顔に突然大きな痣ができたのです、治したくないワケないでしょう!」
「ハルト……」
虚勢張りがちな主の本音を代弁する、まるで演劇のように感動的なシーン──
「なにしろこの方は外面のいい内弁慶、本当に気の置けない相手には『美貌が唯一の自慢』と公言して憚らないような女の子で、ニキビのひとつでギャーギャー言うくらいなんですからね?!」
──とはならなかった。
「そっ、そんなの事実無根よ! そもそもこの美肌にニキビなんてできるワケないでしょう!? 幻よ! マボロシ~!!」
「閣下! この人『最悪あんた達どっちかに引き取って貰うから』とか吐かしてんすよ!」
「ち、違いますわよ? 閣下」
「言うに事欠いて『最悪』って! 『主家のちょっと我儘なお嬢様』なら可愛いけれど、こんなウエメセ嫁とか勘弁しろ!」
「ちょっとアンタ黙りなさいよォ~!」
「閣下! 是非綺麗に治してやってください、王家に『返品不可』の札付けて送り返しますんで!!」
「ハルトぉぉぉぉっ!!」
まさかの身内の裏切り。(※被っていた猫を引っ剥がすという点で)
虚勢は事実らしく、カッコつけていたマジョレーヌは激しい羞恥心に顔を赤くしながら、ハルトムートをポコポコと叩く。
「……閣下」
急に騒々しくなった中、神妙な面持ちのままのアードルフがユリウスにそっと声を掛けた。
「お嬢様と我等は主従でありながらも、幼き頃より肉親のように接してきた身。 ハルトはああ言っておりますが、この状況が不憫で堪らないのです」
「いや……わかるよ」
他者が見たら呆気にとられかねない場面だが、似たような妹のいるユリウスにはわかる。
同情を引くようなことをして惨めな気持ちにさせるより、恥ずかしい思いをさせて怒らせた方がマシだ。
「なにより、打算もありましたがお嬢様は本気でした。 そして、殿下もそう見えました……だからこそ居た堪れなくなったのではないかと」
マジョレーヌ自身が語った通り、王宮を追われたワケではなく自ら出て行ったようだ。
しかし出奔はこっそりで、実家へと戻るようなフリで王宮を後にした、とのこと。
実のところ、踏み込んだ事情は彼等も未だ教えて貰えていないらしい。いよいよもって、呪いが王家関連である確証が強まった。
「──ちょっと!? ドルフ! 閣下になにを吹き込んでるの!?」
ハルトムートによって阻止されていたかたちのマジョレーヌは、ようやくアードルフの動向に気付き、悲鳴の様な声を挙げる。
それに少し笑って、ユリウスは隣の生真面目そうな男に小声で言った。
「エディトも彼女を心配してる。 そんなエディトが心配だから俺がここにきたんだ。 こちらにも多少の都合はあるが、悪いようにはしないさ」
「……!」
「ドルフ!」
「閣下!!」
今度はアードルフに食ってかかろうとするマジョレーヌを遮るように、再びユリウスの前に出たハルトムートは言う。
「エディト様が嫁いで来られたことに、もしご満足してらっしゃるのでしたら、それは則ちウチのお嬢様の功績でしょう? 王家への返品にご協力頂きたく!」
多分厳しかったであろう、神殿と王宮にいた筈なのに、礼節とか吹っ飛んじゃった感じのふたりを微笑ましく眺めながら、ユリウスは「なんか返品先が変わってるなぁ」というどうでもいいツッコミを返す。
なんだかんだ渋るマジョレーヌを言い含め、結局ユリウスは一行を伴い別邸へと戻ることになった。




