㉜婚約破棄後の王宮
(道理でフェルカー夫人が弱気なワケだ)
呪いならば、薬での快復は殆ど見込めない。よしんば良くなったところで、一時的な効果に過ぎないことは目に見えていた。
必要なのは、医者や薬師でもなく呪術師──しかし、正規の呪術師という職業は存在せず探すのは難しい。騙っているだけのインチキ呪術師も多いのだ。
なのでこの場合、適切なのは魔術師である。
「いい魔術師を紹介しよう」
だがその言葉に、マジョレーヌは首を横に振り、騎士ふたりは青褪めた。
当の本人は案外平然としており、騎士ふたりへと顔を向けこう言う。
「だから言ったじゃないの、無駄だって」
「そんな……お嬢様! このままでは──」
「シッ!」
勢いで事情を話しそうになったらしいアードルフの口を、ハルトムートが塞ぐ。
エディトがこちらに来てからの第三王子との関係が不明なだけに判断は難しかったが、彼女は王族の婚約者。既に魔術師に看せている予想も当然していた。
王家のお抱え魔術師が解呪できないレベルなら、こちらが『魔術師を』と言ったところでそういう反応になるのは当然。
(というか王家……少なくとも婚約絡みで受けた呪いなのだろうな)
何故か王家の伴もなくこんなところにいることや、迂闊に事情を話せないあたり。それくらいは簡単に察せられた。
「……詳しく事情を聞いてもいいだろうか。 俺の名はユリウス・ブラシェール。 ここ、北の地の辺境伯だ」
これはやむを得ないと見たユリウスは、自分が何者であるかを明かすことにした。
「「へ、辺境伯閣下……!?」」
「では──貴方は、お義姉様の」
「ああ、エディトも君を心配している」
エディトを連れてきていたら大事な妹分なだけにすぐ治してしまったろうが、事情によっては、簡単に治して貰っては困ることになる。
連れて来なかったのは正解だったが、マジョレーヌの方はどうも『エディトを頼ってやって来た』という感じではない。
(歴代一であるエディトの力には到底及ばないにせよ、彼女も優秀な聖女と聞いている……)
当然エディトの力は理解している筈だ。
「彼女を頼る気はなかったのか?」
「辺境伯閣下、私そこまで厚顔無恥ではございませんのよ。 不本意な相手だったとはいえお義姉様の婚約者を奪い取り、ましてや、まだ半年も経っていないというのにどうして泣きつけましょう」
毅然とそう言うマジョレーヌ。
しかし、ユリウスの思考は一部単語で覆い尽くされていた。
「──ふ、『不本意』? それは、エディトの方も?」
婚約破棄を突き付けただけに、第三王子が不本意だったのはわかる。だがニュアンス的に、明らかにエディト側の心理が語られていたように思うのだ。
まあ、実際そう。
エディトの場合、第三王子がどうとか言うよりも、王家に嫁ぐのが嫌なのだけれど。
「あらウフフ、悋気でいらっしゃいますかしら? ご心配なく、殿下とお義姉様は相思相愛の逆です。 相思相嫌どころか、お義姉様の方は興味すら抱いてませんでしたわ」
カールハインツ個人に対しては欠片も興味がないので、不本意とか言うレベルですらない。無だ。
「そ、そうか……」
それを告げたつもりのマジョレーヌの言葉に安堵しつつも、やはり誤解部分が引っ掛かる……
(いや、エディトの見ていたあの男が第三王子とは限らないな? そもそも王子が単身、こちらに来るなど……だが側近とかなら可能性も)
ちょっと冷静になって気付いた正解も、余計な妄想として別方向に広がっただけだった。
「──まあ、それは兎も角」
コホン、とひとつ咳払いして、ユリウスは話を戻す。
まずは第三王子の現在の関係を含め、マジョレーヌの身になにが起こったのかを把握せねばならない。
──エディトと第三王子の婚約破棄後。
マジョレーヌへの婚約者変更は、意外にもすんなり行われた。
最初から当事者同士が合わなさそうだったことや、エディトとカールハインツ双方の意思でマジョレーヌがエディトに代わり、度々カールハインツの横にいたことによる。
今まで特に交代を咎められなかったのは、エディトの体調以外に今後のことも考慮されていたようだ。
その考慮の中で『彼女ならまあ神殿の顔も立つだろう』──と判断されたのは、神殿と市井での彼女の評判が良かったこと。
市井における評判も、混同されていた部分というより彼女自身の真面目さ故のモノ。
「私は一応当代二の聖女ですが、私を含め、お義姉様以外の上位聖女の力は似たり寄ったりです。 私の婚活には、神殿とお義姉様の庇護を得るのが最も効率的、その為にできることは致しましたわ!」
マジョレーヌは快活に笑ってそう言う。
エディトがそうであるように、祈りの力は素養の部分が大きい。
勿論、弛まぬ努力を続け邁進すればある程度得られるかもしれないが、それでは神に嫁ぐコースまっしぐら。お金持ちに嫁ぎたいマジョレーヌの目的とはかけ離れている。
だから奉仕活動では人一倍働いたし、恩を売りたい相手であるエディトには、彼女がか弱いのをいいことに積極的に肉体作業を代わった。
そして第三王子云々の前から、割かし察しのいいエディトはマジョレーヌの期待に応え、裕福そうな坊ちゃんがやってくるなどのいいタイミングを見計らって、代わって貰っていた。
打算は互いにあったが、それをきっかけに気の置けない仲になったので、結果オーライ。
周囲も生温かくそれを見守っていた。
なにしろ、婚活の為に神殿に入った令嬢達の多くは祈りや奉仕活動を舐めており、怠惰で傲慢。それに比べて真面目で『人より働く』という真っ当な方法で頑張るマジョレーヌは、大変好感が持てたのだ。
そして市井でも、よく働く美人のマジョレーヌはいい意味で目立った。
食うに困るほどではないが貧乏で、人を羨む子供時代だっただけに、下々に……特に子供に優しい彼女の評判は頗る良かった。
『お魚の目が怖い』などの問題発言もしたものの、それ以上に報告書のエディトの良い評判の一部は彼女のことだったりする。実際に誤認で得したのはエディトの方と言えるが、まあその辺は知らぬが仏である。
世俗的打算があろうがなかろうが、真面目で働き者のマジョレーヌは、面白可愛い皆の妹分だったと言っていい。
だが、それはあくまでも市井と神殿での話。
「私なりに、精一杯努力してきたつもりですわ……ただ、殿下の婚約者となってからは、厳しい日々でした」
「教育が、だろうか」
「いいえ」
その質問に、マジョレーヌはゆるりと首を振った。




