㉛疑惑に沸く別邸と、マジョレーヌの事情
エディトは別邸と義両親(※主にアーデルハイド)との触れ合いを満喫していた。
アーデルハイドと一緒にかまくらを作り、温泉に入って身体を温め少し休憩した後、先のかまくらの中で、巨大魚の燻製とクリームチーズを乗せたカナッペを肴に真昼間から乾杯と、大変ご機嫌である。
鷹が来たのは、その矢先のこと。
「──あら。 お義母様、ちょっと失礼しますわ。 アナタ、なにかご用事?」
「エディト、君はテイマーのスキルもあるのか?」
「嫌だわウフフ、少しばかり意思疎通が可能なだけでしてよ」
「凄いなそれは」
ふたりは飲み始めたばかりで、酔っ払ってはいなかった。
それが幸か不幸かはまだわからない。
少なくともこの時点までは平和だったのは確か。
「旦那様が……ッ! 旦那様が密会を!!」
「密会だと?」
──しかし、蓋を開けたらコレである。
とは言えまだ、アーデルハイドは半信半疑どころか『まさか』程度。
嫁にすら手を出せないあの息子に、他の女とどうこうという甲斐性など皆無。
しかも鷹の話である。人間の性別が認識できているかも怪しいし、できていたところでどうせ件の伯爵令嬢に違いない。
それより凄いなぁ、動物と話せるとか。
羨ましいわ~……などと呑気なことを思いつつ、息子の為にも可愛い嫁を宥めることにした。
「まあまあ落ち着けエディト。 相手はどうせ伯爵令嬢だろう?」
「違いますわ! フェルカー夫人です!!」
「!」
しかしアーデルハイドの余裕も、その言葉を聞くまでは、の話。
「──ヘルミーネか……」
と、なると一笑に付すことはできなかった。
なにしろふたりは婚約時代、それなりに恋人らしい雰囲気を醸していたので。
双方不貞を働くような性格でもないが、大人の男女の出先での再会。しかもその場所は確か、ふたりの思い出の地でもある。
なにしろユリウスに頼まれ花畑を融通したのは、ほかならぬこの母である。
滅茶苦茶反対した自分を説得して別れただけに、その後息子がほかの令嬢達とのお別れ後とは違う感じで結構凹んでいたことも、母はしっかり覚えているのだ。
「だが、やはりユリウスが不貞を働くとは思えないが……」
なにしろ昨日の今日だし……という言葉は伏せておく。エロトラップの仕掛け人なので。
(まあいっか。 なんだかんだでアレは成功したようだが、ちょっとしか関係は進んでないみたいだし……当て馬でもいた方がいいのかも)
「キィ~! 私という聖女妻を持ちながら……許せませんわぁぁ!!」
『ソレ美味そうだなぁ、褒美にくれよ!』
実際、エディトはプンプン。
明らかな悋気を見せながら、カナッペを鷹に食わせている。
(うん、コレはむしろチャンスだな!)
短い間だが見ていて感じたのは、ふたりに足らないのは信頼や時間云々よりも、圧倒的に恋とか愛とかの空気であるということ。
ならばこのピンチは、まさにチャンスである。
愛を囁きご機嫌を取るくらいのことを、しなければならないこの状況は、恋愛下手なふたりの距離を近付けるのにうってつけ。
なにしろこういう場面でもなければ、あのヘタレ息子に愛など囁けるワケがないのだから。
この際多少、口から出まかせでもいいのだ。『言霊』などと言うと、なんだかスピリチュアルで少し胡散臭さを醸すけれど、事実『言葉』というのは発することで、ある程度の強制力が生まれるものだし。その後上手く行けば、辻褄は合う。
(それにアレはプンプンの嫁に戸惑い焦りはしても、それが悋気からだとわかれば悪い気はしないに違いない……フフ、面白くなってきたぞ)
ユリウスの『エンタメにしている』という想像は正しく、アーデルハイドは今を全力で楽しむタイプである。
そう……たとえそれが息子の結婚であろうとも。
そんなことになっているとは露知らず、ユリウス一行は宿へと戻った。
「はい、用意してあるよ」
「やあどうも、お手数掛けるね旦那」
部屋へと向かう前にまず一階の食堂に寄ったハルトムートが、マジョレーヌの為と思しきトレーに載った食事を受け取る。
どうみても普通食である。
「……臥せっているのでは?」
「いいえ。 彼女の体調を気にしていらっしゃるなら、頗るお元気ですのでご心配なさらず」
ヘルミーネの役目のひとつである世話も、替えの下着など女性に必要な物を見繕って持ってくる程度であったらしい。
医師の夫ではなくヘルミーネが呼ばれた理由は幾分理解したが、先程までの話とのズレに首を傾げるユリウスに、ハルトムートが苦笑する。
「まあ、見ればわかるよ」
──コンコン。
「お嬢様、ただ今戻りました」
「も~遅いわぁ~! フェルカー夫人もどっか行っちゃったし~、もう私お腹ペコペコ……」
ノックをすると、中の女──マジョレーヌ・マルケル伯爵令嬢は、思いのほか元気よく飛び出してきた。
「あら、お客様?」
ユリウスを見て怪訝な顔をする彼女を見て、確かにすぐわかった。
マジョレーヌの顔。
そこには左側を覆う程の、大きな痣がくっきりと浮き出ていたのだ。
「──これは……」
辺境伯嫡男であり、厳しい教育を受けそれなりの場数を踏んできたユリウスには、それがなにかわかった。
「残念ながらそこらそんじょの薬じゃ治らないよ、魔女の秘薬でもなければ」
「あら、貴方わかる人なのね」
「……まあね」
(これは呪いだ……)
なんと、マジョレーヌは呪いを受けていたのだった。
しかもおそらく、とても強力な。




