㉘手落ちの報告書
夕食を終えた今、改めてユリウスは両親と共に、ダンジョンに侵入した伯爵家騎士と思しき男達の件と、彼等が連れていると思われるエディトの妹分・マジョレーヌを含む今後の対応について話し合っていた。
エディトには『まだ自分も引き継いでいない暗部も関わることだから』と遠慮して貰っているが、実際は婚約破棄の経緯を直接彼女に聞くことが憚られる為だ。
本人は全くその必要性を感じていない上、結局はワンクッション置く程度の配慮であるにせよ、この件でエディトは(一応)被害者なので。
伯爵家の騎士達はやはり宿をとっているようで、街を捜索したところすぐに見付かった。
宿屋の主人によると宿泊人数は四人で、男女別々にふたりずつの二部屋。どうやら数日は滞在するらしい。
なので、一旦はそちらに監視を置き、動向を探ることにした。
「まあ不法侵入者ではあるけれど、どうも悪人って感じじゃないのがね。それに……伯爵令嬢からも話を聞いてみないと」
これまでのエディトの話や状況から察するに、第三王子はエディトという婚約者がありながら、彼女の妹分であるマジョレーヌと想い合い仲を深め、婚約破棄に至ったところまでは確か。
そのせいで今ユリウスとエディトが婚約をすっ飛ばし、王命での婚姻になったのでこれは間違いない。
王宮内に配備されている辺境の者達からの報告によると、マジョレーヌは一応婚約者となったようだが、公式な発表は先延ばしになっている──とのこと。
ただし、この報告書は現在のものではなく、エディトが嫁として来たことにより両親が手の者に調べさせ、こちらに送らせたもの。
「このあたりはなんとも……経緯が経緯だしねぇ。 辺境の婚姻が纏まって、経過を見てってとこじゃないの?」
そうアーデルハイドは言う。
「まあ辺境伯家としてはさ、『お嫁さんがどんな人か』くらいしか興味なかったから、その辺をそこまでちゃんと調べてもなかったんだよ」
抜かった、と言えばそう。
しかし息子はなかなか婚約者が決まらず、それこそ王命でもなければすんなり婚姻とならないんじゃ……という懸念をしていたところに、この話。
相手は王家が今まで囲っていた『当代一の聖女』。
瑕疵は第三王子側にあり、そのお詫び的に宛てがわれたのは明らか。
確かにユリウスは条件のいい、空きのある男だ。
しかし両親としては「王家側も、だからと言って『ヨロシク♪』と嫁を送り付けて許されるとは思っていないだろう」という見解でいた。
「王家との関係はいいけど、侮られるような真似はしていないし……つまりエディトに問題はないと看做していたワケ」
問題アリどころか、申し分のない女性が王命背負ってやってきた──
そう判断した両親が、王宮・神殿・王都城下の市井で調べさせたのは、エディトの為人が主であり、既に元婚約者となった第三王子との関係性などどうでも良かったのである。
ユリウスも調べているので重複しているが、暗部を使っている分両親の方が早かった模様。
「ただそれもさぁ……今更ながら、気になる部分も多いんだよね」
「え?」
「報告書だよ。 書かれてるエディトのこと……コレ、一部その伯爵令嬢のことなんじゃないかなって」
そう、実際にエディトに会ってみて。
報告書に書かれているいくつかの内容の人物像と本人に乖離があると気が付いたアーデルハイドが、エディトが辺境にやってきた経緯からそう思い至るまでに時間はかからなかった。
成り代わるにせよ、ポジション的にそれが可能なのはエディトが妹分として可愛がり、傍においている伯爵令嬢しかいない。
そして当然だが、神殿の報告分だけは誤認されていないので、そこに注視すればなんてこともなく推測できたのだ。
「ふむ……手落ちだらけで済まなかったな、ユリウス。 だが今は交通の便の悪い冬で、しかも皆なにかと忙しい年末。改めて情報を取り直し精査するにもな」
「いえ、期間も短かったですし……俺の方で調べたものよりは詳しいかと」
「まあすぐわかるでしょ、おあつらえ向きに当事者がそこそこ揃っているワケだし。 資料、渡しとくよ」
そう言って、いくつかに付箋のつけられた報告書を粗雑に渡すアーデルハイドの言葉に、ややケンがあるのは仕方ない。
夫に止められているので、これでも干渉を控えているのだが、本音としては『何故本人に直接聞かん!? モダモダしやがって!(怒)』でしかないので。
全くその通りでしかないのだが、それが聞けるなら元々相談などしていないのだ。
その地続きで、今度はなんか違う問題まで出てきちゃったのだから、ユリウスとしては更に頭が痛いところ。
ひとりになった部屋で、ユリウスは報告書を手に取った。多少詳しく書かれているものの、内容は自身が調べさせたのと大した違いはないようだ。
付箋のついたページの、更に赤で線や丸がつけられている部分。
『キャッ、お魚が睨んでるゥ……』などと宣い、王子の腕にしがみついていた──等の下部に赤線。
そして公式行事以外のパーティーや夜会で、仲睦まじく踊ったりバルコニーで談笑している──等の部分の冒頭に赤丸なことから、赤線は明らかにエディト以外であり、赤丸はその疑いが強いと判断した部分なのだろう。
(エディトは妹分が成り代わることを許していたのか……?)
神殿の報告には『エディトは聖女達と仲が良く、特に妹分として同室に迎え、傍付きにした伯爵家出身の聖女を可愛がっている』『式典は嫌いだと語っていたそうだが、聖女としては真面目。 祈りに精を出し過ぎて倒れることがそこそこの頻度である』等と書かれている。
報告内容をどこまで信じていいかは不明だが、少なくとも神殿分に誤認はないのだ。
こちらに来た当初の貧弱なエディトを思い出しても、頻繁なパーティーや夜会での別人の出席のいくつかは、彼女自身がしんどくて頼んだ可能性は充分に考えられる。
(いや……だからといって、略奪されることまで想定していたかはわからない……か)
婚約者と妹分が陰で親密になっていくのを、エディトはどんな気持ちで見ていたのだろう──そんな切ない想像に胸を締め付けられる。
が、すぐ我に返った。
(う~ん……なんとなく『切なく見つめていた』というよりは『全く知らなかった、気付かなかった』と考えた方がまだしっくりくるかも……?)
ユリウス、半分正解。
散々前世の記憶である『追放聖女モノ≒ドアマット』に脳内が汚染され、判断力をにぶらせていた彼も、ちょっとはエディトのことを理解してきた様子。
ただし、『黙認の上、自分にも都合のいい時のみ応援していた』とは流石に思ってもいないけれど。
2026/01/13
先に書いた部分とのズレがある箇所を発見、修正しました。




