㉗伝わってないことと伝わったこと
言葉に詰まった様子のユリウスを見て、エディトは『やはり』と思った。
(も~旦那様ったら、侵入者なんだからバンバン捕まえてくれて構わないのにィ~。 マジョレーヌ本人ならまだしも、私は彼等に大した思い入れもないのよ?)
割と酷い言い草だが、実際そう。
神殿関係のアレコレで世話にはなってなくもないが、彼等の仕事の範疇でしかなく、式典や公式行事などでは筆頭聖女だったエディトにはちゃんとした聖騎士がついていたので、そこまでの関わりはない。
むしろ嫁いだ後のマジョレーヌのことが知りたいので、気にせず捕らえて頂きたい。
「ふふ……わかっておりますわ。 旦那様はいつも私を慮ってくださるのだもの」
自分でそう言って、なんだか面映ゆい気持ちになったエディトは、口元が緩むのを抑えられなかった。
「エ、エディト……?」
「うふふ」
いつも自分の心身に心を砕いてくれる、夫となった男性……それがユリウス。
多少の行き違いや誤解から盛られて良いイメージが伝わっているにせよ、彼がしてくれたことは大体そう。
恋とか愛とか言われても正直よくわからず、自身も保身を一番に動きがちなエディトにとって、重要視すべきは行動。
そもそも思考など、ひとつじゃないのだ。その中心がなにかなど、まだ今は些細な問題……そういうのを気にするのは、もっと互いをわかりあった先でいいと思う。
だがユリウスの言動からは『エディトの気持ちを尊重しようとしている』ことが如実に伝わる。
それがいつも嬉しい。
「まだ短いお付き合いですが、こんな素敵な旦那様いないと思いますわ」
「……きゅ、急になんでそんなことを?」
(え、まさか……いや、期待したらいつもみたく『でも私は相応しくない』とか言う気とかでは……)
少し恥ずかしげにはにかんでそう言うエディトの表情に、高まる期待。
しかし期待の中に入り交じる経験則。
「そんなに心配なさらないで。 (騎士達を捕らえるのは)私の希望でもありますのよ?」
「!? ……! ……!!」
ユリウスは大いに動揺した。
彼はエディトの言葉を
『そんなに(元婚約のことなんて)心配なさらないで。 (この旅行で正しく夫婦になるのは)私の希望でもありますのよ?』
と、受け取ってしまったので。
「旦那様?」
「そ、その、すすすまない……そんなことを君の口から言わせてしまうだなんて……」
嬉しいやら恥ずかしいやら情けないやらで、ユリウスはもうどうにかなりそうだった。
「はぁ……情けない男だろう? 全く自分が嫌になるよ。 君はこんな俺が嫌になったりしないか?」
「まあ、うふふ。 嫁いだからには当然のことを、そうやってひとつひとつ私の気持ちを気にしてくれる旦那様を好ましく思えど、どうして嫌になどなりましょうか」
「エディト……」
「旦那様……」
微妙に認識が噛み合ってないまま、ふたりの気持ちと共に重なる視線。
「……ココア味だ」
「ふふっ」
……なんだかんだ上手くいったらしい。
とりあえず。
ふたりは一旦、別邸に戻ることにした。
穏便に騎士達を捕らえるのには、土地の所有者である母の力を借りた方が早い。
またあのふたりはダンジョンまで徒歩で来たようだった。連れがいるなら尚更、おそらくあの街に宿をとっている筈だ。
「ところで旦那様、罠は何故作動しなかったんですか?」
「あそこは訓練所として使用していても、あくまでも改造は母の趣味だからさ」
「?」
ユリウスは過去の経験から、あの扉の仕掛けを予測していた。
使用された魔道具は、プレート型に加工した魔石で、触れると作動するように術式を刻んだものだ。
だが、魔石を切り出すとかなりの高額になる。
使用料は都度支払うが、設備や改造にかかる経費はアーデルハイドの持ち出しであり、予算は割り振られていない。
なので、使用されたのはおそらく廉価版……一度発動すると次に発動できるだけの魔素を周囲から取り込み、それが溜まるまで時間が掛かるやつだろう、と踏んだのだ。
「そんなところから推測するなんて、流石は旦那様ですわ!」
「はは……大したことじゃないよ」
急に新婚っぽさを醸すようになりながらふたりが邸宅へ戻ると、ソワソワした感じでアーデルハイドが待っていた。
「エディト、冷えただろう? 報告はしておくから、君はまず湯に浸かっておいで」
なにかある時には気を利かせられるものの、日常的にはいまひとつ気の利かない息子が、そんなことを言っている。
そして、「はい」と小さく頷く嫁の、はにかむ表情の愛らしさ──
アーデルハイドはニヤニヤしながらユリウスに近付き、豪快に肩を抱いた。
「薬草は取ってませんが、別に報告が」
「ああいいんだよ薬草なんてさぁ……それより、ダンジョンは堪能したようだね?」
「?」
「いい罠だったろ?」
「──まさか……」
そう、アーデルハイドの罠……転移の先は『〇〇しないと出られない部屋』が待ち受けていたのだ。
今回の罠はTL小説を嗜んでいた娘、ゲルトルートによる入れ知恵の『エロトラップダンジョン仕様』であった。
ちなみに、今回の罠は三択ではなく、いずれの扉を開けても発動するという親切設計。
(あの断末魔のような叫び声は……)
「したんだよね? キ・ス♡」
「……条件はキスだけですか?」
「そりゃダンジョンで初夜は流石にムードが……えっ、まさか?!」
「してません!! っていうか罠には掛かってませんので!」
──自分達は。
「な~んだ……」
「全く、余計なことを……」
「じゃ報告ってなに?」
「……」
これから捕まえ尋問するつもりなのに、なんだかその前に、件の騎士達が気の毒になってしまったユリウスだった。