㉖しているつもりの報連相
エディト曰く。
彼等は『自分の妹分である、マジョレーヌの護衛兼神殿の聖騎士代わりとして、彼女の実家の伯爵家から神殿へ遣わされた騎士』らしい。
一度耳にしただけではなんのことやらよくわからないが、兎にも角にも伯爵家の騎士達のようだ。
ただでさえよくわからない立場の騎士の登場……更に街でのことを含め、諸々の認識が食い違っている。
正直なところイマイチ話がわからないのだが、最初からあまり口を挟んでもと思ったユリウスは、黙って聞きながらも自分なりにひとつひとつを脳内で整理していた。
(ダンジョンの彼等が騎士だろうな、とは俺も思っていた。 なるほど……妹分の実家の『由緒は正しいが貧乏な伯爵家』か)
聖騎士に課せられた縛りとして、聖女との恋愛は御法度。
聖女は未婚未通でなくとも構わないからこそ、神殿に預け清らかな生活を送らせる風習があるだけに、これに反した場合には厳しい罰則がある。
当然、神殿は騎士の受け入れにも慎重……しかし相手が由緒正しい伯爵家の傍系で、寄進する金子に困る程困窮しているなら、当人次第で受け入れるのも吝かでないかもしれない。
そのあたりはなんとなく、理解できたものの──
(だが……さっきの男はなんだったんだ?)
どうしても気になるのは、話に出てこないコレ。
さっきの男とは、街でエディトと抱き合っていた(かのように見えた気すらしてきた)男のこと。
なんだったもへったくれもない、『知らない人』が正解である。
(クソッ、どうしてもそこが繋がらない……!)
なにひとつ繋がってないので、どうやったって繋がるワケがない。
(はっ! 俺はなにか思い違いをしているのでは……?!)
やっと気付くかと思いきや、
(そうだ、妹分であるマジョレーヌ嬢に関係する男性……ん? 『マジョレーヌ』ってもしや、第三王子殿下をエディトから奪った相手では?!)
余計な情報を思い出す始末。
まあ情報自体は余計でもないけれど、明らかに今思い出すべきではないヤツ。
エディトが嫁いできてから、ユリウスは部下に指示し王都でのことを調べさせている。
しかし、この情報が実に曲者だった。
一番の問題は、エディトとマジョレーヌと第三王子の関係性を、当人達以外はきちんとわかっていないこと。
そのせいでユリウスは勿論、部下達による報告も、ユリウスに手紙で相談された父が暗部を使って調べた情報も、微妙に間違っていた。
実のところ、アーデルハイドが巨大魚をビッタンビッタンさせながらふたりを出迎えたのには、歓迎以外にもそこに理由があった。
わざわざあんなパフォーマンスに及んだのは、エディトのことを調べた結果、王都でカールハインツとふたりで市井のお忍び視察をした際、市場で魚を見て『キャッ、お魚が睨んでるゥ……』などと宣い、王子の腕にしがみついていた、という報告が入っていた為である。
大事に迎えるつもりの嫁だが、ここは辺境……『魚如きでグダグダ吐かすような娘なら、流石にここでの生活は無理だ』と思ってのこと。
判断は早い方がお互いの為なので。
だが勿論報告のこれは、『キャー怖い系あざと仕草』を発動したマジョレーヌである。
ちなみに本当のマジョレーヌとて『魚の目が怖い』なんて思ったことはない。
むしろ魚は重要なたんぱく源……彼女は鮮度を見極めるには目の透明さが鍵だと知っているだけでなく、釣りも捌くのもできる。
過去の出来事と短い調査期間により情報が胡乱になった、という点に加え、マジョレーヌは金と権力に固執はしても、基本的には真面目な努力家なのが悪く作用した。
奉仕活動の時などにもマジョレーヌはしっかり働いており、周囲にきちんと聖女として認識されていたところも、間違った報告に繋がっていた模様。
王子の隣にいる、あざとくも真面目な聖女。
それが婚約者の聖女ではない、だなんて誰が思うか……という。
(いやだが、それは今関係……ないのか? わからん! しかしとりあえず、まずあの男の正体だ……)
混乱した頭で考え、ノイズがあることに気付かず繋げた結果──
(アレは……まさか第三王子殿下……?!)
とんでもない答えに行き着くことになってしまった。
だが、辻褄は合う……というか、合わないこともないというか。
無理矢理合わせたのだから、そりゃそう。
(まさか……エディトを連れ戻しに……だが、彼は『自分に気付かなかった』と)
(──旦那様、難しい顔して黙ってしまわれたわ)
エディトはエディトで、王都での自分を彼がどこまで知っているのか、という前提が頭から抜けている。
その上で自分なりに過不足なく説明したつもりになっていた為、まさかここまで伝わっていない……というか、一部変な風に解釈されて伝わった、とは思っていない。
ユリウスが都度質問をしなかったのも良くなかった。傾聴してくれているように見える彼が、脳内で悶々と勝手な解釈をし出しているだなんて、エディトは想像もしていない。
なにしろ彼女の方も、『ユリウスは大体のことを察してくれている』と勘違いしているのだから。
(……はっ! お優しい旦那様のことだもの、きっとコレを気にされてるのだわ!)
「もしかして旦那様は、(私の妹分の関係者である)彼等を捕らえて話を聞くのに躊躇なさってらっしゃいます……?!」
「! そ、そんなことは──」
(いや……ないとは言えない。 俺は怖いんだ……彼等の目的が最終的にエディトに繋がるこつとや、それによって彼女を失うことが)
王家との対立も辞さない構えにはもうなっていた。
けれど、街でのエディトの切なげな(感じに見えた)表情……あれに自分は心乱されているのだ。
『もしかしたら、彼女は第三王子をまだ愛しているのでは……』と。
彼の元に戻るのがエディトの幸せなら、手放すべきだ。
少なくとも今までのユリウスは、いつもそうしてきた。
(だが……)
エディト本人に気持ちを確かめればすぐなのにそれができなくて、嫌で、もどかしい。
初めての強い執着のような気持ちと、幸せを願う気持ちとの葛藤に、ユリウスは戸惑っていた。
──まあ、街の男は完全にユリウスの勘違いであり、彼のことなんざエディトは既に遠い記憶の彼方。
そして『まだ愛している』もなにも、エディトがカールハインツを愛したことなど一度もないのだけれど。