㉕肝試し的ななにか
「なにかしら……」
「うん、どうやら罠に掛かったらしい」
「まあ! 本当に先行して掛かってくださったなんて! タイミングもバッチリですわねぇ~」
「はは、確かにそうだな」
死ぬようなものではないとはいえ自分達が掛かったら凄く嫌であろう罠。
しかし、他人事だとちょっと面白い……例えて言うなら、ドッキリに見事に引っ掛かった人を見たような感じである。
互いに別方向の緊張によりメンタルがややおかしくなっていたふたりは、コレにより気持ちが解れテンションが上がった。
「鉢合わせたら、何食わぬ顔してなにが起きたのか聞いてみませんか? どんな罠なのか知りたいわ~」
「そうだな、情報は大事だし。 危険のない範囲でなら……よし! 今から俺達は『新婚旅行で観光ついでの興味本意でダンジョンに入った夫婦』という設定で行こう」
「うふふ、なんだか楽しくなってきましたわね!」
その割には重装備なことも忘れ、すっかりダンジョン捜索の緊張感は吹っ飛び一気にアトラクション感覚となったふたり。
メンタルがやられていた影響が残っている模様。
「『旦那様、怖いですわ~』」
白々しくユリウスの腕にしなだれかかるエディト。
ようやく『キャー怖い系あざと仕草』の発動である。
「『ふっ大丈夫だ、君は俺が守る』」
そしてそんな彼女の肩を抱き寄せるユリウスも、妹に無理矢理読まさせられた『恋愛小説のヒーローっぽい台詞と仕草』で返す。
(……そういう役どころだと思えばこうして上手くやれるのにな……だが、これぞまさに『役得』と言うべきだろうか)
(……ちょっと使いどころと使用方法が違う気がするわ~。 ま、いっか)
なんか微妙に釈然としない気持ちを抱きつつも、概ね現状に満足したふたり。
互いに顔を見合わせ、はにかみ合ってから先へと進む。
地下1階は狭いメイン通路のみで分岐はなく、全体が緩やかなスロープとなっている。
これは地下2階の一部が囚人牢となっていることへの脱走対策と考えられており、当初は1階フロアの各施設の施錠できる扉の内側に、それぞれ城内からの出入口となる階段があったようだ。
しかしいずれも今は塞がれており、出入口はメイン通路のところのみ……ということになっている。アーデルハイドが隠していなければ、の話だが。
入り組んでいるのは地下2階からだ。
1階にも隠し通路はあるのかもしれないが、わざわざ探す気はない。
道なりに真っ直ぐ進むと、行き着くのは大広間。奥の大きな扉を開けると、そこには同様に広間があり、その先に地下2階への階段がある。
扉は三枚あるが、うち二枚はアーデルハイドが作ったフェイクだ。
「元々あったのは中央の扉だが、それが正解とは限らない」
「どういうことです?」
「扉を開けると設置された魔道具が反応し、転移する仕組み──」
つまり中央をハズレにする場合、中央にも罠を仕掛け、左右どちらかの扉を開けると中央の扉の前に出るよう設定しておくのだ。
コレで三択が可能になる。
その説明をしていた途中、中央の扉が一瞬強く光った。
「おあつらえ向きに侵入者が今、罠から抜け出したようだ。 行こう」
「えっ? で、ですが……きゃっ?!」
「多分今なら平気だ。 行くぞブランカ」
「わんっ!」
ユリウスはエディトにローブのフードを深く被せてから、自分の身体で隠すように彼女を引き寄せ、逆側の肩で押し開けるように中央の扉を開きながら、足を踏み出した。
扉の向こうは今と似たような景色。
ただし扉があった側に背を向けて立ち、来た方向を見ているような感じだ。
スロープが続いていた入口の変わりに見えるのは、斜めに下がった天井の一部……それが地下二階へ続く階段であることを示していた。
しかし、
「え……あ、アンタ達……なんで?」
気になるのはそれより手前。
そう呟いた男の、あまりに無防備すぎる姿。
その更に手前には、もうひとり。
こちらはすかさず戦闘態勢を取っており、腰に携えた剣のグリップを、今にも抜かんばかりに強く握っている。
ウウ……と低くブランカの唸り声。
(ふぅん……なかなかできそうだ)
抜いていたなら、ブランカが襲いかかっていた。素早く戦闘態勢に入りながらも、咄嗟に抜かなかった判断力を評価してユリウスはそう思う。
だが、敵として警戒する程の腕ではない──後方にエディトを抱き寄せながら、自身の身体で隠すようにした利き手には、既にグリップがしっかりと握られている。
彼もまた、いつでも抜けるのだ。
(それに、いくらひとりができたところでもうひとりがアレじゃなぁ……)
なにしろ後ろの男は四つん這いになっており、未だビックリした表情でこちらを見つめている。
顔には涙の跡……というか、まだ泣いているレベルで涙が流れている。
彼に戦意は感じられず、むしろこちらの戦意まで奪っていきそうな、その残念さたるや。
『なんで?』というのは勿論、『なんで罠に掛かってないの?』だろうと思われるが、説明する気はない。当初の予定通り演じ、しらばっくれてみることにした。
「妻が興味があると言うのでこちらに入ってみたら、叫び声がしたものですから。 貴方がたこそ、どうしました? なんで泣いてるんです?」
「ああっ……聞いてくれるな! 思い出させないでくれぇっ!!」
男は頭を抱え、地面に額を打ち付けるようにして伏せ、盛大に泣き出した。
(どんな罠だったんだ……)
より一層気になるが、流石になんか気の毒なので聞けない。
手前の男も気が削がれたらしく、戦闘態勢だったのを警戒態勢ぐらいに落とすと、小さく舌打ちしながら後ろの男を一瞥しこちらに視線を戻した。
「遊びで来たならここまでにしておいた方がいい。 貴殿らは無事で良かったが、私達は罠に掛かって……コイツはご覧の有様でな。 ここからは危険だ」
「……そう、ですか」
警戒を続けてはいるし邪魔なのも事実だろうが、本当にこちらの心配もしているようで、嘘や誤魔化しからそう言っているようには感じない。
それに、物言いや所作の端々に品が感じられる。
(彼等は……?)
「……旦那様、帰りましょう」
後ろ側で小さくくっついていたエディトが、小声でそう告げる。
思い当たることがあったユリウスは、それに従うことにした。
「妻はすっかり怯えてしまったらしい。 仰る通り、私どもはこのへんが潮時のようだ。 貴方がたもどうぞお気をつけて」
「ああ。 そちらも」
ブランカを呼び戻し、先程閉めたばかりの扉を開けると一向はそこから出た。
チラリと後ろを振り向くと、もうひとりはまだ立ち上がっておらず、相方に手を差し伸べられて逆ギレしているところだった。
こうしてふたりのダンジョン捜索は、『地下1階を行って戻るだけ』という、修学旅行の肝試しレベルで幕を閉じた。
だが幕を閉じたのはあくまでもダンジョン捜索だ。
目的が切り替わった、とも言う。
「……また知り合いなのか?」
そう。
ユリウスが思い当たったのは先程の街での出来事。
「はい。 彼等は……
……………………
…………なんです」
「…………んん?」
しかしエディトから出た話に、相手を勘違いしているユリウスは首を傾げることとなってしまった。