㉔ダンジョンの罠と恋の罠
灯りは組み立て式の手持ちランプ。
そこに魔石を入れると、ぼんやりとした光があたりを照らす。
「足元に気を付けて、目が慣れるまでは特に」
「わかりました」
いよいよダンジョンに突入である。
人工なだけに攻略は簡単──かというと、そうでもない。
道がとにかく入り組んでおり、隠し通路と抜け道だらけ。
なにより一番は、所有権を獲得した元領主の妻……つまりアーデルハイドが、難易度を上げる為にカスタマイズするせいである。
勿論地図は、メイン通路とフロアの概要のみしか描かれていない、初期捜査時の物しか与えてはもらえない。
罠や敵を警戒しつつ時に戦い、知らない道を開拓しながら、地図を自ら作成する能力を養う為だとか。
少年時代にユリウスも度々ここで訓練させられたが、毎回違うところに罠があったことは今でも覚えている。
しかしどんな罠か思い出そうにも、急に自覚した恋心のせいでエディトとの距離感が気になってしまい、どうにもならない。
具体的に言うと、手を繋ぐかどうかで悩んでいた。
(お、落ち着け。 手なんてさっきだって繋いでいたじゃないか……なにを今更)
ダンジョンでエスコートもないにせよ、今まで比較的スマートにエスコートできていたというのに、まるで余裕がない。
ダンジョンだからと思い、なにか起きても対応できるよう先行……ウッカリ手を空けたまま進んでしまったが、繋ぐ気なら先程入口で声を掛けた時点で繋ぐべきだった。
(今更だが『繋ぐ?』とか聞いてみるべきか……いや、言えないッ! っていうか俺はダンジョンで何を考えてるんだ!!)
全くである。
随分余裕がある──と思われるかもしれないが、実のところ本当に余裕だったりする。
勿論恋の話ではなく、ダンジョン捜索的に。
──街を出た頃。
いつの間にか天気は変わり雪がチラついてきたのは、ソリで移動し始めてすぐ。
まず小屋に置いた荷物を取りに行き、そこから今度は本当に、ダンジョンのある城跡地に向かった。
(なんだ……?)
一応ソリを雪に覆われた瓦礫の陰に隠し、近付いた地下への入口付近。ユリウスが発見したのは、複数の足跡からなる轍。
雪がやや被さってはいるが、消えずにハッキリと残っている。
「旦那様、どうされました?」
「いや……もしかしたら先客がいるかもしれん」
「まあ」
一瞬『両親だろうか』とも思ったが、粉雪はすぐ積もり、足跡などあっという間に消してしまう。
寄り道をしただけに、両親ならばもっと早くに来ているに違いなく、今まだ足跡が残っているとは思えない。
そもそもなにかをしにこちらに来る気でいたのならば、痕跡など残さないに違いないのだ。
「でもここ私有地なんですよね?」
「あまり積極的に取り締まらないから、入ろうと思えば簡単に入れるんだよ。 大方、某かのくだらない噂を聞きつけた馬鹿か、冒険者に憧れる馬鹿かのどちらかだろう」
当然ながら、金目の物などもうとっくの昔に色々な者の手により回収されている。
そのことも、それをアーデルハイドが買い取り辺境騎士団の訓練所に流用していることも地元では周知の事実なのだが、変な噂を真に受けたり、勘違いして挑もうとする馬鹿はたまにいる。
「まあ、先に罠を解除してくれる人達だとでも思って。 あまり気にしなくていいけど、見付けても近寄らないようにね」
「はい」
ユリウスは足跡が子供ではなさそうな大きさなので、無視することにした。
一応エディトにも注意は促したが、ダンジョンの通路はそう広くない。ブランカも連れているし、自分が先導すればまず問題はないだろう。
(むしろ罠の方が危険。 先行している誰かが解除してくれると安心だな……)
つまり、先鋒隊がいるようなモノ。
人の良さそうな顔をしつつ、ユリウスも領主……不法侵入者には割と厳しいのだ。
当面安心なのはいいが、それを上手くチャンスに繋げられないでグズグズ悩むあたり。
むしろ余計な人達がいない方が、話しやすくて良かったのでは、という。
一方、エディトはエディトでユリウスを意識していた。
それはやはり嫉妬心から──もないではないけれど、
(あっ、そういえばこういう時は『怖い』と怯えたフリをするって『あざと仕草100選』に書いてあったわ!)
どちらかというと、マジョレーヌと共に秘密ノートの存在を思い出したお陰。
この『暗闇キャー怖い』はあざと仕草初級編と書かれていた筈……にも関わらず、エディトにはハードルが高かった。
いざやろうとすると急に、ユリウスが異性であることを意識してしまうのだ。
(ああっ……タイミングぅ~! 勢いに任せようにも、今更恥ずかしくてできないわァ~!!)
しかもチャンスのタイミングを逃したことにより、最早その高さはハードルどころか高跳びくらいまで上がってしまった。
こうしてエディトにも訪れた意識の変化。
余談だが彼女の場合、実はそのことに助けられている。
なにしろ『やってやったらァ!』とばかりに張り切っていただけに、コレがなければ『私にお任せくださいませ旦那様!』などと吐かして独断専行し速攻罠に嵌ってしまい、やはりトンチキ聖女嫁であることを自ら露呈していたに違いないのだから。
(なんだか急に恥ずかしい……おかしいわ、さっきまで手だって繋いでたのに)
そんなわけでエディトはトンチキ聖女嫁こそ回避したものの、トキメキ新婚嫁への道はまだまだ遠く、ユリウスの後ろで柄にもなくもじもじしてしまっていた。
(──はっ! 待って……)
しかし、フト思い出したのだ。
ノートの中には確か『初心者から上級者まで! 万能・簡単、自然な仕草に意中の殿方も思わずドキッ♡』とかいう長い煽り文句の『キャー怖い系あざと仕草』があったことを。
それは、『袖ツン(或いは裾ツン)』と呼ばれし奥義……仕草は簡単。なんとその名の通り、相手の袖か裾をツンと軽く引っ張るだけで『私怖いですゥ~』が体現できるのだ!
上級編では『小さく俯いたまま、声を掛けられてから涙目で上目遣い』と続くのだが、初心者向けでは『俯いたままでも可能』という優れモノ。『嫋やかアピール/庇護欲をそそる』などの効果が見込まれるらしい。
尚、効果は勿論相手の性格や元々の好感度にもよるけれど、その点については問題ないだろう。
(アレよ! アレならできるわエディト!!)
そしてエディトが実行しようとした──
その時であった。
「うわぁぁぁ!!
やッやめろォォォォォォォ!!」
「「!」」
階下から断末魔とも取れるような、悲痛な叫び声が聞こえてきたのは。