㉓嫉妬
(なんでイキナリ……? はっ! これはまさか……嫉妬?!)
嫉妬されて喜ぶという性癖はないものと思っていたけれど、そう思うと悪い気はしないというか、なんだか嬉しい気もするユリウス。
これは恋愛っぽい流れになるかと思いきや、
(いや……折角ふたりで楽しんでいたところに、水を挿されて興醒めしたんだろうな……やはり断るべきだった……)
折角正解するも、反省が勝つという。
残念ながら彼も恋愛初心者なので、『ピンチはチャンス』的な発想転換は無理であった。
「うん……じゃあ、ソリを回収してくるよ。 エディトはブランカとここで待ってて」
「はい!」
ブランカを待たせていたカフェのバルコニーへエディトを置いていくと、ユリウスは宿屋へ預けていたソリを取りに行く。
待たせる間用に、ホットココアを注文して。
その程度の気は利くあたりになんとなく残念さが増すけれど、エディトの中では益々ユリウスの評価は上がっており、より一層気持ちはダンジョンへ向かっていた。
しかし──
「!」
ココアを半分残し、ある者を見つけたエディトはその場から離れて追い掛けた。
「……待って! アナタ……?! あっ」
「おっと」
走ったものの雪道に慣れていないエディトはまた転びそうになり、通りすがりの若い男性に助けられることとなった。
「大丈夫かい? お嬢さん」
「あ、ありがとうございます……」
「いいや、綺麗な女性を助けられたなら男の誉れというヤツさ」
男性はウインクして気障な科白を吐くが、それが様になるなかなかのイケメンで。
口説くような言葉を言うも軟派のようなことはせず、アッサリ立ち去ったのも実にスマート。
颯爽と立ち去った彼の背中を見詰める──ような感じで、エディトが見ていたのはその先の路地。
追い掛けようとした相手が消えた路地だ。
(チラッと見えただけだけど、アレは……)
──マジョレーヌ…………だったと思う。
粗末な長いローブのフードを深く被っていたせいでハッキリと顔は見えなかったけれど、ストロベリーブロンドと身丈などの特徴は確かに彼女と一致していた。
なにより生活を共にする深く長い付き合いの中、杜撰ながらも妹分として可愛がっていたマジョレーヌを見間違えるとは思えない。
いつでも彼女を気に掛けていた、とかでなく特に思い出さなかったからこそ、自分が似た人に強く反応を示すとも考えられなかった。
(どうしてこんな場所に……? あの子の実家はここから遠いし、聖女としてなら聖騎士が、殿下の婚約者としてなら騎士がついている筈だわ。 お忍びにしても、侍女らしき人すらいないなんて)
孤児だったエディトには、仕事以外で手紙を書くという習慣がない。特に気にしてなかったのもあり、王都でその後どうなったのか、全くわからなかった。
エディトは、これまでマジョレーヌと連絡を取らなかったことを、初めて後悔した。
「エディト……?」
「……旦那様」
呼ばれて振り向くとユリウスがなんとも気まずげな、妙な表情で立っていた。
「そ、その……気になるの? 今の……」
「!」
そう……ユリウスが見ていたのは、エディトが転びそうになったあたりから。
そして勿論、エディトが助けてくれた男性に見蕩れていたように見えていたのだ。
男性がなんかイケメンだったのも、良くなかった。
しかし今マジョレーヌのことで頭がいっぱいのエディトの脳内では、そんな些細な出来事はスッカリ追いやられている。
それだけに、ユリウスの指摘には驚いた。
マジョレーヌらしき人を追い掛けたことを指していると思ったので。
(まあ! 旦那様はなんでもわかってしまうのね……?! でも『王都に心を残している』とか思われたら困るわ、誤解は解いておかないと!)
「そこに疚しい気持ちはありませんのよ? ただ……気にならないと言ったら嘘になります。 どうしてこんなところに、と思うとやはり心配で……」
「知り合いだったのか? あちらは気付いていないようだったが……」
「ええ。 別人かとも考えたものの、あんなにソックリな人間がいるとは思えません。 (ここに来たのには)きっとなにか事情があるのでしょう」
「(気付かないような、或いはそういうフリをする)事情が、か……」
そういう事情なら、あの態度もわからないでもない……そう思いつつも、ユリウスはなんとなくモヤモヤした気持ちでいた。
相手が間違っているので、当然事情の認識も間違っているけれど。
「追い掛けて問い詰めようかとも思ったのですが」
「──心配になるのはわからんでもないが、追い掛けて問い詰めるというのは感心しない」
自分が思っていたより冷たい声が出て、ユリウスは内心動揺した。
(いや、間違ってはいない……筈だ。 いくら心配になるような相手だからといって、男相手にあまりに無防備過ぎる。 それにあの男は全くエディトのことを知らないようだった)
これは厳しく注意すべき案件で間違いないのだ。
そう思ったユリウスだったが、
「そう、ですよね。 軽率でした」
しゅんと項垂れるエディトを見ると、なんとなく罪悪感を抱いてしまう。
「行こう」
「……はい」
自分の言葉に従うも、男の消えて行った方向を切なげに振り返るエディトに、再び湧き上がる苛立ち。
ソリにブランカを繋ぐと、冷たい態度でエディトに乗るよう促す。
本当なら、安心させる為『少し一緒に調べよう』とか言っても良かった筈なのに、そうする気にはならなかった。
なんだか気持ちがままならない。
気まずいままソリは、街を離れていく。
(コレは……)
今までにも似たような苛立ちを感じたことがなかったわけじゃない。
だが、それとは少し違う理不尽で暴力的な気持ち……
(……俺は嫉妬しているのか!?
それに、エディトの嫉妬に嬉しさを感じたことといい…………)
ユリウスはようやく今、嫁の人に対して異性に対する好感以上のモノ──今までとは全く別の気持ちが、自分に芽生えていたことをハッキリ自覚していた。