㉒女の戦い
彼女の夫は自分が紹介した相手というのもあって、元々お人好しなユリウスはアッサリ釣られてしまい、あれよあれよという間に3人でお茶をすることになってしまった。
最初こそ、エディトを無視するかたちだったヘルミーネだが。
エディトがユリウスに声を掛けると『気付かなかった』と慌てた素振りでエディトにも丁寧に挨拶をし、結婚を祝う言葉まで述べている。
実際に気付いてなかったかどうかはさておき、無礼な振る舞いはされていない。
その上で遠慮がちに『折角こうしてお会いできたことですし、少しだけお話を……?』などと言われてしまえばユリウスは断れる筈もなく、またユリウスに『いい?』と尋ねられてしまえばエディトも断れるワケがない。
(ぬぬ……流石はノートに相談女『上級編』と書いてあっただけのことはあるわ……!)
コレは間違いなく、彼女は恋愛上級者。
一方、神殿引き籠もり系職業聖女であり、オマケに邪魔な元婚約者付きだったエディトに恋など無縁。初心者も初心者である。
恋の駆け引き上手相手に、手練手管で敵うわけがない。
逆に初心者であることを前面に押し出し、悋気を見せれば太刀打ちもできたかもしれないが、基本エエカッコしいのエディトには、それもできなかった。
「それにしても……ご結婚されていただなんて存じませんでしたわ。 お祝いもせず失礼致しました」
「ああ、気にしないで。 それに結婚したのはつい最近なんだ」
「あら! では新婚旅行で? ふふ、素敵な場所ですものね。 ホラ、あの花畑とか……」
わざわざエディトの知らない話を匂わせたっぷりに話すヘルミーナに、エディトは『キター!』と思った。
しかもユリウスは動揺し、ゲフンゲフンとむせている。
(花畑で! ふたりになにが?!)※笑顔
否応なく掻き立てられる、想像力。
「あ、貴女はどうしてこちらに?」
「ある方にお招き頂きまして……ですが夫は忙しく、最近は家にも……」
そしてまた、ここぞとばかりに入れ込む不遇妻アピール。だが内容はハッキリせず、やはり匂わせなあたり。
「いやだがヴィムは──」
「嫌だわ、こんな話。 ご心配お掛けして申し訳ありませんユリウス様」
(『ユリウス様』?!)※笑顔
そして肝心なところになると話を逸らし、さり気に名前を呼び、
「ですがユリウス様のお陰で、私には信頼できる家人がおりますもの!」
感謝と共に健気さアピール。
(あっ……あざとぉ~い!!)※笑顔
「そういえばユリウス様に教えて頂いた焼き菓子のお店はまだあるのかしら……皆に買っていきたいわ」
更にふたりの過去話に戻した挙句『私、身内を大事にする女なんです』という、留まることを知らないヘルミーナのこのあざとっぷり。
最早エディトは内心で歯軋りするよりない状況であり、職務で培われた鉄壁のアルカイックスマイルを浮かべたまま、ただ黙って時間が過ぎるのを待つのみなのだが──
「奥様が羨ましいですわ……ユリウス様のような優しくて素敵な方が旦那様だなんて」
ここでヘルミーナは、エディトに振ってきた。
(煽り? 煽りよねコレは!)※笑顔
いいだろう、ならば戦争だ。
悪いが容赦はせぬ……!
エディトはゆっくりとカップを持ち上げ優雅にお茶を一口含むと、臨戦態勢に入った。
恋愛手腕のあざとさでは負けるかもしれないが、王宮では蔓延るカビのようにしつこく絡み嫌味を言ってくる貴族共と散々やり合ってきた。無気力だったエディトは当然好戦的でもないが、応戦した方が早いとみなせば躊躇なく反撃する。
たかが子爵夫人如きに、舌戦で負ける気はしない。
カップをそっと置くと、にこりと微笑みかける。戦闘開始だ。
「ええ、旦那様はとてもお優しい方ですものね。 私にも本当に良くしてくださり、こうして旅行の計画してくれただけでなく、その為に時間を作ってくださいましたの。 嬉しいけれど、旦那様のお身体が心配で……ご無理をなさっているのでは、と。 子爵夫人も旦那様がお忙しくて帰って来ないのでは、さぞかし不安でいらっしゃるでしょう。 心中ご察し致しますわ」
──おわかりだろうか。
これは前半で『ウチの旦那はお前のトコと違って、多忙なのに私の為にわざわざ旅行をプレゼントしてくれたんだぜ!』とマウントを取りつつ、後半では無垢を装い、散々匂わせてきた夫人の『旦那に愛人が』疑惑はスルー。ただただ心配したフリをして『旦那が忙しくしてるのに貴様はいいご身分だなァ』とディスっているのである。
天然あざと女の場合は、コレを恥だと感じないからつけ込んでくることもあるけれど、どうやら正しく通じている様子。
ヘルミーナは引き攣った笑顔のまま、一瞬固まった。
(なんなのこの空気……穏やかに話してるように見えて滅茶苦茶緊迫してない?!)
ちなみにユリウスは正しく理解こそしていないものの不穏さは感じ取り、極力気配を消していた。
母と妹が言っていたのだ……『女の戦いで状況判断できない時、決して余計な口を挟んではならん』と。
ヘルミーナの表情の変化を見逃さなかったエディトだが、彼女はユリウスの知り合い……こてんぱんにするのはよくない。
「どなたかに招かれたとのことですが、社交も大変ですのね……私なぞまだ大したお役目もないものですから、夫人の夫君を支える姿には憧憬の念を禁じ得ませんわ」
相手に恥をかかせないよう、逃げ道も用意してあげる……円滑な人間関係とは、相手を追い詰めては育まれないので。
ただし、同時にその逃げ道がこちらの望んだ道でもあると尚良し。
この場合、ディスった内容へのフォローとなる口実に『社交』を持ち出し、謙遜し褒めること。乗ってくるなら『用意のお時間も必要でしょう?』と誘導し終わらせるのに有効活用できるのだが──
「ふふ、ご謙遜を。 でもそうですわね……奥様のような可愛らしい方が伴侶となると、ユリウス様もさぞかしご心配で目が離せないのではなくて?」
冗談めかし、新婚夫婦をからかう感じで口にしたのは『アンタのような頼りない小娘、放置しかねるから面倒見てるだけよ』の意。
まさかの反撃である。
(ふぅん、まだやる気……? それなら──)※笑顔
「ああ、もうこんな時間ですのね。 デート中にお引き留めして申し訳ございませんでした。 少しの間でしたが、おふたりとお話できて心が軽くなりましたわ」
(あら……)
「では御機嫌よう」
しかしエディトが再びの口撃を放つ前に、ヘルミーナは肩透かしな程アッサリ撤退した。
ただし、これは宣戦布告とも取れる。
今後近付いてこないとも限らないのだ。
そしてそれはヘルミーナに限ったことではない。なんせユリウスは高スペック男子なので。
(むむ……これはやはり早急に旦那様を安心させ、妻に相応しいのは誰か知らしめる必要があるようね……)
「旦那様!」
「は、はい!?」
「こうしてはいられませんわ、一刻も早くダンジョンへ参りましょう!」
「ええ?!」
そしてここでエディトの間違った認識が復活。
ふたりは結局、ダンジョンへ向かうことになるのだった。