㉑恋愛ムーブは波荒く
目的地に向かって、颯爽とソリは進む。
「寒くないか、エディト」
「大丈夫ですわ。 うふふ、旦那様のお陰ですっかり寒さに強くなりましたのよ! お天気も良くて気持ちがいいです!」
「……そうか」
冬の澄んだ空に、ソリで舞い上がった雪がキラキラと光る。エディトの笑顔も輝いており、こちらまで思わず笑顔になる。
ユリウスは思った。
(あれ? これは割とイイ雰囲気なのでは……)
なんとなくデートっぽい。
いや本来は新婚旅行、そうあるべきである。
そしてロケーションとしてはバッチリ。
今のところ。
(この清々しい天気に目的地が地下迷宮とか、頭おかしいとしか……はっ、大体なんで俺は素直に従っているんだ?!)
それな、としか言えない案件。
昨日の女性陣のテンションならば仕方ないところはあるにせよ、むしろ今更気が付いたのか、という。
「エディト、一旦街へ向かおう」
今更ながらもユリウスは、目的地を変更することにした。
「えっ? ですが」
「折角のいい天気、地下へ潜るなんて勿体ないだろ?」
なんか気合い充分なエディトには、天気を理由に上手く誤魔化しつつ。
「まだ日は充分にあるし、ダンジョンはいつでも行けるよ」
「確かにそうですね!」
エディトとしてもダンジョンはいつでもいいので、特に異論はない。まあユリウスは行く気がないのだけれど。
ダンジョンがある城の跡地は小高い丘の上にあり、森を抜けた先。
特に難所でもないが、幸いなことにそこまでの道中には、吹雪いたりした時用の避難小屋もある。
余計な装備はこの小屋に置き、一応貴重品と武器だけは持って、街へと出掛けることにした。
街はそれなりに賑わっていた。
冬で雪も多く、なにより交通の便が悪いので『人で溢れている』という程ではないけれど、やはり年末の温泉地といったところ。
商店街のメイン通りにはいくつも屋台が出ており、店先にかまくらを使った休憩所があったり、あちらこちらに雪像があったりと、目にも賑やか。
ソリは預け、雪玉のブランカは護衛代わりに連れていくことにし、ふたりは街の散策へと繰り出した。
街歩きは地味ながらも、思いの外、ふたりの仲をそれっぽいものにしてくれていた。
ちょっとばかり地味で突出したところがないだけで、そもそもユリウスは高スペック男子である。
自他共にどうしても劣る印象の強いユリウスだが、それは『華やかな貴族男性』とか『ムッキムキの辺境騎士』などと比べるからであり、そういうコミュニティにいただけに過ぎない。辺境伯嫡男(※特に比べられた当時)という地位やそこへの嫉妬から、引き合いに出される方々や内容がおかしかっただけだ。
彼にやや気が利かないところがあるのは事実にせよ、その分素直で穏和。きちんと反省をするので、ある程度の至らなさはきちんとカバーもしてくるし、常識的な範囲で言えば女性に不慣れなワケでもない。それなりにスマートなエスコートくらいは、卒なくこなせるのである。
「ユリウス様アレを!」
そして、あまり街歩きなどしたことのないエディトは、素でなんでも物凄く喜んだ。
「ひゃあ?!」
「おっと、ホラまた転びそうになる。 雪道に慣れてないんだ、ちゃんと俺に掴まってて」
「つい楽しくて……」
「はは、ゆっくり回ろう」
これまでの儚げなイメージや、どこか作られたような表情とは違い、表情をくるくる変えるエディト。
(こんなに喜ぶなら、来てよかったな)
見た目は取り繕えても、根本の自信なさが高スペックさを阻害しているところのあるユリウスだ。
このエディトの態度は彼にとっても嬉しく、またこれまで少しだけした女性とのデートとは違い、妙なプレッシャーを感じなくて済んでいた。
どこに案内しても喜ぶ気楽さにユリウスも肩の力が抜け、自然と楽しい気持ちになっていた。
しかし──
「……あの、もし?」
「「?」」
とある女性に声を掛けられたあたりから、徐々に雲行きが怪しくなってくる。
「ああ、やっぱり! お久しぶりです……!」
ユリウス側、斜め前から声を掛けてきたのは、エディトと同い歳くらいの美しい女性。
地味ながらも良質なロングケープとブーツに、品の良い纏め髪。薄い化粧は女性の整った顔を引き立たせ、慎ましやかに見せている。
出で立ちからは貴族というより『上流階級層の家の夫人』といったところ。
「貴女は……フェルカー嬢?」
「いやですわ閣下、お陰様で『嬢』ではありませんでしてよ」
「そうだったね。 失礼、フェルカー夫人」
彼女はヘルミーネ・フェルカー元子爵令嬢。
かつてのユリウスの縁談相手だ。
困窮していた子爵家への援助を期待し良家へ嫁ごうとした彼女だが、子爵家に子供は自分しかおらず自分が家を離れることへの不安も抱いていた。
お人好しな上顔が広いユリウスは、知り合いの中から彼女の希望に合いそうないい相手を探してやったのである。
「今日ヴィムは一緒では?」
「あの人は……」
ヘルミーネはみなまで言わず、意味深に目を伏せてから、そのまま上目遣いで力なく笑う。
傍から見ていたエディトはピンときた。
(コレは……マジョレーヌの秘密ノート『殿方の気を引くあざと仕草100選』の中にあったわ!!)
可愛い妹分であるマジョレーヌは、信頼するエディトにのみ、自身の秘密である『殿方の気を引くあざと仕草』を纏めたノートを見せてくれていたのだ。
ちなみに実際に100あるかは定かではない。
ヘルミーネの仕草は『相談女上級編:本当にあざとい女は自ら相談を持ち掛けない』という項目で出てきている。
(つまり……旦那様狙い!)
突如現れた略奪女(※かもしれない)に、エディトの胸は不穏な音を立てて高鳴っていた。
【どうでもいい補足】
王都でも奉仕作業後などに街歩きの機会はあったものの、当時のエディトは体力がなかった為に行きたいとも別に思わなかった模様。
「帰って寝たい」が全て。