⑳間違ってもないが、求めてない方向の熱意
与えられしミッション、それはダンジョン地下3階にある薬草の採取。
建国以前、かつて小国の王としてこの地に君臨していた一族の、城の跡地にダンジョンはある。
動けるような軽装に身を包んだふたりは、雪玉のソリで目的地まで向かった。
母曰く──
『安心しろ、ダンジョンとは言っても、人工物だ』
とのこと。
戦かはたまたクーデターか……なにが起こったのかはわからないが、城は僅かな基礎と瓦礫を残すのみで、そこに城があったとはわからない程に消えている。
一方、地下迷宮だけはしっかり残っている。
発見当初は、その規模の大きさから上物が城だと判断されたくらい。
地下には拷問部屋に罪人の牢と血生臭い場所だけでなく、財産・武器や食糧の保管庫に、有事の際の一時避難場所と思しき部屋などの、様々な用途に合わせた部屋と複雑に入り組んだ通路。
まさに迷宮ではあるが、所詮は人工物。
異界の扉になってたり、魔物や魔獣を発生させたりはしないし、ボスを倒すと消失したりは勿論、勝手に部屋が増えたり移動したりもしない……筈なのだが。
(油断はできない……)
人工物なだけに母は色々カスタマイズし、新人騎士の為の模擬実践場にしているらしい。
『元々あった危険な罠は撤去してあるから~』
と母は吐かしていた。
おそらく『危険でない≒死なない』ではないかとユリウスは予測している。
つまりは罠がある可能性は自体は高く、また新たに『危なくない罠』を作った可能性もあるのだ。
それだけでなく、魔獣が寝ぐらにしていることも充分に考えられる。
「うふふ、旦那様。 これが初めての共同作業ですわね♪」
「そ、そうだね……」
しかし心配するユリウスとは裏腹に、よくわからないが、エディトは楽しそうだ。
新婚旅行にこの仕打ち。
喜ぶ理由が解せぬ。
だがエディトは張り切っていた。
──というのも、アーデルハイトに風呂に連れていかれた際、ユリウスの悩みを聞いていたからだ。
その時のことに話を戻すと。
「どうだい? ウチの自慢の温泉は」
「素晴らしいですわ!」
昨年湯殿を改装することとなったのは、アーデルハイトが唐突に『ウチの敷地にも出る筈だ!』と言って敷地の一部を掘り出し、見事温泉を掘り当てた為である。
余談だが、寒冷地であるブラシェールでサウナは生活に根付いた文化。
流石に各家庭にひとつとまでは言わないが、一般にも集合住宅に備え付けられる程度にはあり、パイプを通しそこを熱源とした暖房設備として活躍したり、窯を利用し、片側ではパンなどを生成できるような調理場になっていたりと様々。
辺境伯邸本邸では前者(※ただし一部のみ)で、別邸では後者。暖房は温泉の熱を利用しているそう。
女は風呂へ、男はサウナへと別れたのは、実のところ計画的犯行──
「ふふ、君が冷え性だと聞いてね。 まずはここでもてなそうと思ったんだ」
「まあ……なんて粋な計らい……!」
大分改善したお陰であまり自覚はなくなったけれど、エディトはまだまだ冷え性の類。
温泉に浸かると指先までじんわりと温かくなるのを感じる。
粋な計らいに加え、お互いに無防備な生まれたままの姿だからか、ふたりはすぐに打ち解けた。
「エディト、ユリウスは夫としてどうだい?」
「とても良くして頂いてますわ、お義母様!」
なんせ至れり尽くせり──これは紛れもなくエディトの本音だ。
「ふむ……しかしまだユリウスとは寝室を共にしていないと耳にした。 いや君達の夫婦関係に問題がないなら構わないんだ、子供は既に三人もいるし。 ただ、アレはそのことで少々悩んでいるようでな」
竹を割ったような性格のアーデルハイトはエディトの本音を聞くと安心して、ユリウスの悩みをぶっちゃけた。
なかなか酷い。
しかし母というのは時に、息子可愛さからノンデリカシーになる生き物なので、仕方ないのだ。
息子の部屋に掃除という体で侵入、隠したエロ本や書きかけの厨二病全開ポエム等を発見し、こっそり読んだ後バレないようにバッチリ位置を整えて戻しておくもの。
それが母親の愛……!(※あくまでもイメージであり、必ずしも世の愛情深きお母様方がそうであるとは限りません)
ただ黒歴史ポエムもユリウスの悩みも、本人にしてみれば大変恥ずかしいにせよ、他人が纏めるとそこまで大したことではないのも事実である。
「もうわかっているかもしれないが、アレは慎重派だ。 少しばかり臆病、とも言う」
「臆病……ですか?」
「ああ。 エディトの聖女の力が凄いので、王家や他貴族から横槍が入らないように白い結婚を終わりにしたいが、元々ゆっくり関係醸成をしてから、と思っていた為に踏ん切りがつかないようなんだ」
「まあ……道理で……」
エディトは思った。
(優しくしてくれる割に、そういった素振りすら見せないのはなんでかしら? と思っていたけれど……成程、なるほど。
『聖女の力を懸念し、白い結婚を終わらせなければならない、とお思いになった』のね?)
──おわかりいただけただろうか。
間違ってはいない。
間違ってはいないのだ。
ただしアーデルハイトが話したユリウスの悩み部分は、『白い結婚を終わりにしたいが(中略)、踏ん切りがつかない』──主にここ。
『踏ん切りがつかない』こそが重要であり、それは『寝室を共にすることに意欲的ではある』という意図がやんわりと込められていると言っていいだろう。
一方のエディトは、肝心要のその意図を全く汲めておらず、『ユリウスは繊細だから心が通うまで身体を重ねたくはないのだが、優しさ故にしなければならない、と考え悩んでいる』と解釈し受け取ってしまったのだ。
「なら、私が頑張らないといけませんね!」
「ああ!! わかってくれて嬉しいよエディト! しかし……その、聖女の君には難しいだろう? だから君がそんなに大変な思いをしなくていいよう、私達も協力する。 勿論間接的に!」
「うふふ、心強いですわ!」
しかし誤解は解かれないまま……なんか上手いこと話が通ってしまって、今に至る。
こうして今エディトは、繊細な旦那様の為に『自分の身は自分で守れることを証明せねば!』と意気込んでいた。
言葉が万能だと思うのは人間の傲慢──所詮はツールでしかない上、正しく伝えたつもりでも正しく伝わるとは限らない。
これがいい例である。
まあ、正しく伝わったところで『だからどうしろと』となることも少なくないけれど。