②熱く燃えさかる、初夜
妹に唆されたのもあるけれど、ユリウスだって前世を思い出した当初は『すわ、主役格!』と期待したものだ。
しかしそれは、完全に現世の年齢の為せる技……当時の彼は、まだ子供だっただけ。
今となっては現実こそリアル。
前世の記憶など『ちょっと役に立つ知識』に過ぎない。
(大体、やだよ俺! 王家にざまぁとかさぁ……)
別に無能でもないけれど、凡そ普通の人であるユリウスがそう思うのも仕方ない。
他人の話や物語ならスカッとするざまぁだが、現実にはその後があるのだから。
今後の平穏な生活の為にも、なるべく事を荒立てたくはない。
なのに妹は、
「ドアマットときたら溺愛……そしてざまぁですわ!」
……などと息巻いており、やって来た旦那に抱きかかえられながらも廊下に響く元気な声で「お兄様、気合いをいれるのですうぅぅぅぅぅぅ!」とドップラー効果つきで回収されていく始末。
どうしてこうなった。
「はぁ……」
ユリウス自身はドアマットヒロインが来たところで、気は使えても愛せる自信はない。
しかも当代一の聖女とか、気後れする。
それが美人だったら尚のことだ。
勿論やらなきゃいけないわけではないが、嫁を膝に乗せて『あ~ん♡』とか、横抱きにして『君は羽根のように軽い』などの溺愛など冗談ではない。
小っ恥ずかしいというのもあるが、アレは間違いなく『イケメンだから許される』ヤツ……特に美形でもないユリウスがやると、きっと『イタイ奴』と周囲に見られるに違いなく、それがただでさえ高いハードルを更に上げていた。
とはいえ、どのみち娶るの自体に拒否権はなく、しかも嫁の人は大分前に出立済であり、もう明日にはこちらに着くという。
ただでさえ頭の痛い案件だというのに、心の準備もさせて貰えないらしい。
「とりあえず……せめて明日は妹を絶対本邸に近付けないでくれ」
「御意。 フォラント騎士団長には休暇を取らせます」
「頼むわ~……」
──翌日。
妹は一旦排除したものの、それでもユリウスは未だ心の準備ができていなかった。
グダグダ悩み、辺境城壁の訓練所で辺境騎士団に稽古を付けた後、執務室に籠り、やらなくてもいい執務まで手を付けて無理矢理帰宅時間を延ばしていた。
しかし、その悪足掻きが仇となる。
「随分遅い帰宅でらっしゃいますな?」
帰るなり老齢の家令、トマスは慇懃に嫌味を言う。鉄壁の微笑が恐ろしい。
バツの悪さを誤魔化しながら、ユリウスは質問で返した。
「……嫁の人は?」
「無論、もういらしてございますよ」
「そう」
「初夜の準備をして、寝室でお待ちです」
「ワァ~、ヨウイガイイナァ~(棒)
……とか言うか馬鹿! やだちょっと! まずは自己紹介から始めましょうよ?!」
「ハハハ、嫌ですねぇ旦那様。 30を目前になにをうら若き乙女みたいなこと吐かしてらっしゃるのですか」
「キャー!」
元軍の参謀であるトマスは、頭が切れるだけでなくムキムキであり物理的にも激強。
それなりに高身長であり逞しい身体だが、所詮は細マッチョ程度であるユリウスでは敵わない屈強オブ屈強を地でいく相手である。
それこそ乙女のように叫ぶユリウスを無視し、トマスは下着を残して彼の衣服を剥くと、風呂に放り込んだ。
下着を残したのは武士の情けだろうか……などとどうでもいいことを考えつつ、ユリウスは今後の展開について思いを馳せる。
イキナリの初夜を回避するテンプレ的にはアレだ。『お前を愛することはない!』だ。
実際間違いでもない、(※物理であり、今夜は)って注釈はつくだけで。
(でもやだな、それだと俺がヘイトキャラになっちゃうじゃん!)
ざまぁする気はないけど、ざまぁされるのはもっと嫌だ。
ただ、先程のトマスでもおわかりの通り、ユリウスは当主であり当主に非ず。
まあ忠臣ではあるし一応立ててはくれるけれど、古参のヤツらは、彼の言うことなどあんまし聞いてくれないないのだ。
王命嫁との初夜という、今がまさにその案件。
(だがこんな初対面が初夜とか、流石に嫁の人だって気の毒過ぎる。 ならばとりあえず家人の非難が俺に向くこの台詞での、初夜の一時的回避はアリ寄りのアリと見た……!)
外に聞こえるようこのモラハラクソ台詞をカマし、注釈は嫁の人にのみこっそり言えばいい──方向性の決まったユリウスは覚悟を決め、風呂から上がるとガウンを羽織り、思い切って夫婦の寝室へと進む。
いよいよ嫁の人が待つ、寝室の扉に手をかけようとした。
まさにその時だった。
「きゃあああぁぁぁッ!?」
寝室から女──おそらくは嫁となる──の悲鳴が聞こえてきたのである。
ユリウスは慌て、勢いよく扉を開けた。
「ッどうした嫁のひと……」
聖女であり嫁の人は、燃えていた。
物理的に。
「うわああぁぁ!?」
「きゃあああぁぁぁッ!」
ボウボウと音を立てて燃える布団。
何故か床で、それに包まれながら叫んでいる。
何言ってんのかよくわからないだろうが、嫁の人は燃えている。
残念ながら、それは比喩表現ではない。
大変だ!
嫁炎上中!!(※物理)