⑰溺愛夫、始めました。
※副題は冷やし中華的なノリでお読み下さい
帰還した日の夜。
流石に祈りすぎた上、なにより普段使わない筋肉を酷使したエディトは、死んだように眠った。
そして翌日から暫くは筋肉痛でどうにもならず、ベッドの住人と化していた。
その間にも、ユリウスは足繁く彼女のもとへ通い、図らずしも『溺愛テンプレ~お食事編~』である『あ~ん♡』もクリア。(ちなみに膝には乗せていない)
元々お人好しであるユリウスの同情は、ここにきて完全に自身のコンプレックスと羞恥心を凌駕していた。
それは今までとは違う距離感であり、傍目に見れば間違いなく『溺愛』そのもの──だったのだが。
「お兄様……」
「わかってる、皆まで言うな」
ふたりは相変わらず、まだ寝室を共にしていなかった。
ゲルトルートから『このヘタレ、いい加減にせい』という目で見られても仕方ない。
「……そうは言ってもだな!?」
「言ってませんわ、自分が止めたでしょうが!」
「目が言ってる!」
「どうしろと?!」
普段口煩い妹に黙って呆れた目で見られていると、それはそれでキツいのである。
「自覚はあるが、最早タイミングが掴めん! どうしたらいいッ?!」
「……逆ギレ?」
「違う! 相談だ!!」
エディトに『あ~ん♡』はできるまでになったものの、妹にこんな相談をすることへの羞恥心は幸か不幸かまだ残っている。
逆ギレ的な勢いでもなければ無理なのだ。
自然に任せるつもりだったユリウスだが、人の口に戸は立てられない。
既にエディトの力はどこからか漏れ、騎士団内に広まりつつある。
精鋭部隊が言わなくとも、エディト自身が城壁の結界を強化させたりアマロの治癒をしていたのだから、噂になるのは予想ができたけれど、問題は他領……特に王家だ。
今の時期は雪が多く、他領との交流はごく僅かだからまだいいが、冬が終わればそうもいかない。
いくら聖女が未婚未通とは関係ないとは言えども、この国は男性優位の社会性であり、妻は貞淑さを求められる。
なので物理的な意味での夫婦の契りは、エディトを護るのに強く作用する。
逆に言うと、白い結婚を続けるのは危険……それを理由に離縁、或いは婚姻無効を突き付けられかねない。
そちらの方もやはり人の口に戸は立てられず、国王の耳に入るなどすれば、それが元で調べることになる可能性も充分考えられる。
だからこそ、初夜のやり直しを早急にする必要があった。
──しかし、この体たらくである。
「いやぁねぇ、全く。 いい歳して情けない。 その点イザークは」
「やめろ! 妹の艶話など聞きたくない!」
「どうしろと?!」
結果。
「エディト、結婚式をしよう」
「…………はい?」
益体もないやり取りを続けた後、結局参考にしたのは前世での健全な恋愛小説だったという。
裏にある『結婚式の後は初夜』という意図は全く健全ではないが、『ドアマット後、溺愛テンプレ』と言えば『結婚式(のやり直し)』はあるある。
しかし当然、ユリウスにいきなりそんなことを言われたエディトは面食らった。
「いや……やっていなかっただろう? 急な話だったとはいえ、花嫁が主役という女性の人生における大事な舞台だというのに、今まで整える素振りさえ見せず申し訳なかった」
「旦那様……」
(ホント、大事にされてるわぁ~)
それは嬉しい。
とても嬉しいけれど。
──実のところ、やりたくない。
彼女は式典の類が大の苦手なのだ。
しかも自分が主役とか。
誰かに代わってもらえない、抜け出せないと、最悪なやつである。
(なんとか婉曲にお断りできないかしら)
「旦那様……お心遣いは感謝致しますが、ここで良くして頂いている日々だけでもう、充分幸せですわ……!(っていうか日常が最高です! 式典は要らないわ!)」
エディトは本音を、聞こえのいい部分のみ抜粋し、イイ感じに告げた。
「だが先日の君の無茶の責任は、立場を不明瞭なままにし(今まで夫婦としての行いを意図的に避け)ていた俺にもある……是非、結婚式(からの初夜のやり直し)をさせて欲しい!」
そしてユリウスも同様。
ふたりとも、腹を割って話さないのが一番の問題なのだが、まさか相手もそうだとは思っていないのでそれに気付くことはない。
(うぅ……先日のことを出されたら断りづらいわぁぁ!)
やらかした部分も『立場への不安』と解釈されているだけに、ここであまり引くと調子に乗っていただけなことがバレてしまうかもしれない……そう危惧したエディトは、方向性を変えて『やりたくない』と伝えてみることにした。
「で、ですが私は孤児ですし、見せたい両親もおりません……だからドレスを着たいとも、あまり……」
「…………──そうか」
(ああっ、やっぱりこれを持ち出したのは良くなかったかしら?!)
今更孤児がどうとか、エディトにとっては自虐ネタレベルでどうでもいい。
むしろ同情を誘うのに使える切り札としてはオイシイ、と思っているくらい。
だがいざユリウスに同情されると、良くして貰っているだけに罪悪感が凄い。
「あっ、本当にお気持ちは嬉しいのですよ?! 今は旦那様が家族ですし、それが一番──」
「エディト……」
一方、ユリウスも滅茶苦茶罪悪感に苛まれていた。
(彼女を護る為とはいえ、俺は自己都合ばかりを押し付けている……エディトは俺を慕ってくれている。 それが保身から派生したものであろうとも、献身的な彼女の行為に応えてやらねばならない立場だというのに……)
言葉だけ見ると割と合っているように感じるけれど、『保身』の部分の解釈がどういったものかで大きく事実と異なってくるという不思議。
そして反省はしたものの、正しく夫婦となるのは彼女を護るのに必要なことなのも、やはり間違いないのだ。
(急に迫るとか俺には無理だし……なにか、いい方法は……)
「じゃあ……結婚式の代わりに、旅行に行くのはどうだろう? 領内で悪いが、それなりにいい場所はある」
「まあ! それは素敵ですね!」
そんなこんなで。
ふたりは新婚旅行に行くことになった。