⑫まるで『ざまぁされた側』みたいな
そして、本日未明。
餌で釣った野生の鷹の活躍により、いち早く討伐対象発見を知ったエディトは、鷹に報酬を与えてすぐさま身なりを整えると、予め書いておいた指示書を鷹の脚に付けて、犬舎のハンスに向けて飛ばした。
鳥は結構賢いので、覚えさせれば人の顔をちゃんと判別できる──しかも鷹はなかなかの積極的な協力者(※餌に味を占めた)で、『犬舎の犬達を煽って誘き出すぜ!』とまで言ってくれている。
非常に優秀である。
「ふふっ抜かりはないわ……!」
そうほくそ笑み、エディトは頃合を見てユリウスの部屋へと向かった。
「『溶けない氷』の魔獣討伐ですよね? 私もお役に立てる筈、連れて行って頂けませんか?」
「! ……気持ちは嬉しいが、流石に討伐には連れて行けない。 それに聖女の力は、安売りしてはいけないように思う。 本当に何かあった時だけで充分だよ、ありがとう」
「そうですか……」
断られるのは想定内。
これらは後の『聖女登場!』への布石であり、あざとい演出である。
ただし、ユリウスを祈るのだけは、ちゃんとやっている。
バッチリ祈った後でも、疲れを微塵も感じていない身体。
まさに絶好調。
自室へ戻ると『旦那様のご無事を祈るから』と人払いし、侍女に頼んでおいたつまめる軽食をバスケットに詰める。
これは王都から持ってきた自前の品……仕方なく行った茶会の際、食が細いエディトは王宮で出されたお菓子をマジョレーヌや他の聖女達へのおみやげとして、これに詰めて貰っていた。
(まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけれど、取っとくものね!)
自らの物持ちの良さを褒め、自信のみならず自己肯定感もバッチリである。
まだユリウスは城壁へ出掛けたばかり。
任務指示を出されるより前だったのも功を奏し、ハンスは隠れるようにして辺境伯邸の裏手で待機していた。
「騎士様……!」
上手いこと抜け出したエディトがハンスに声を掛けると、彼は一瞬引いていた。
なにしろ滅茶苦茶着膨れた姿で現れたので。
そのあたりも上手く抜け出せた要因かもしれないが、それはさておき。
もうアマロが怪我してから、大分経っている。
本当に治せるのか──そんな不安を他所に、エディトはアッサリとアマロを治してしまった。
実は前回も、さりげなくエディトは祈っていた。
アマロにも『ちゃんと治したいなら、次まで大人しくしておきなさい』と視線で言い含めておいてある。
二回にわけたのはエディトの自己都合も勿論あるけれど、そうでなくとも最初の時点で負傷から時間が経っていたのが大きかった。
彼女の身体と同じで、アマロも全身の回復を先に行い、その結果として同時に自発的で緩やかな治癒を行わせ、仕上げに再度治癒を行った方が効率がいいと見てのこと。
「──よし!」
「わふん♪」
「ああ……アマロ! あ、ありがとうございます聖女様ッ!」
喜びじゃれ合うふたりと一匹と、それを温かい目で見守る数匹の犬達。(※ソリを引いてきた子等)
満を持してエディトは、口を開く。
「騎士様。 貴方とアマロを今ここにお呼びしたのは、我が敬愛する旦那様からのご恩に報いる為……どうか私に、アマロとそのソリをお貸しくださいませ……!」
聖女たれ、と育てられたエディトは基本的に嘘をつかない。
侍女に言った『旦那様のご無事を祈るから』も、嘘ではない。今も祈っている。ちょっとだけ。心の片隅で。
なのでこの言葉も勿論、嘘ではない。
中にかなりの保身が含まれるというだけで。
そもそもこの言葉自体があざとい保身であるのは、最早言うまでもないだろう。
しかし、奇跡的(に見えるし実際凄い)聖女パワーを見せつけられたハンスにとって、それが強い真実味を以て響いてしまったのは、到し方なし。
「ま、まさか討伐に?! 聖女様、それは流石に危険です!」
「ふふ……私の危険など旦那様に比べれば……心配なさらないで、私の力をご覧になったでしょう?」
「ですが……!」
「貴方を責めたりはさせませんわ、手紙は残してあります」
……などなど。
ひとしきり茶番劇を繰り広げた後、『夫への強い敬愛から、聖女推参!』という美しい構図を作り出し、ソリとアマロを強奪することに成功。
「さあ、アマロ!! 行くのです、我等が主のも──」
「わぉん♪」
言い切る前に、着膨れた聖女を載せた犬ゾリをつけられた『雪玉』という魔獣──アマロは走り出した。
「ッ!?」
『魔獣を含む動物の場合、意思疎通できたからといって、必ずしも言うことを聞くわけではない』
その点、アマロはしっかり躾られている。
そして助けてくれたエディトに、アマロは従順だった。
(えっちょまっ……速ッ?!
速いハヤイはやいわぁぁぁぁぁぁ!?!!)
言うことはちゃんと聞くいい子のアマロは、指示通り走っていく。
ご機嫌に、猛スピードで。
怪我をして脚が思うように動かず、痛みと悲しみに耐える日々に、鬱々としていたアマロは、健康体への感謝と喜びを全身で表していた。
エディトより更に、健康な肉体により生まれし無意味な活力は著しいのである。
ただ、何度も言うがアマロはいい子で、言うことはちゃんと聞く。
そう……言うことはちゃんと聞くのだ。
けれど、言える状況に非ず。
エディトは薄れゆく意識の中、思い出していた。
『明るいいい子だったんですよ。 ふふ、ちょっとお調子者でしたけれどね!』
──というハンスの言葉を。
今更、もう遅い。