⑪墓穴を掘るのも嵌るのも自分……それが人生の落とし穴
──エディトは後悔していた。
勿論、『あそこでやめときゃよかった』と。
考えてみれば「ご武運を!」と言って送り出したところがピークだったのだ。
聖女的に。
こうなるまでの数日、エディトが何をしていたかと言うと。
「ふむふむ……雪道での移動は徒歩と小型のスノーボード。 荷物などを『雪玉』と呼ばれる品種改良された犬型魔獣に載せたり、犬にソリを引かせることもある……か」
割と現実的に『外出し、侍女や護衛から離脱したあと』のことを考えていた。
いくら劇的な回復をしたとはいえ、所詮は不健康が健康体になった程度……元々神殿と王宮が主な活動範囲(尚、移動は馬車)の引きこもり生活だったワケで。
流石に徒歩で雪山とか、無理ゲー中の無理ゲー。
「ふふふ……でもこれでメインの『協力者』は決まったようなモノね……」
そうひとりごちて、不敵に笑うエディト。
なんか悪役っぽいが、彼女が目指しているのはあくまでも『トンチキ聖女嫁からの脱却』である。
志は割と低い。
外出は秘密裏にだが、既にしている。
当然、ユリウスの許可をしっかり取ってから。
まず城壁を見学したのだが、その際エディトは、力を試すのに無難な城壁の結界をついでに強化したりした。
そのお陰で、案内を務めた辺境騎士団の一部重鎮からはもう認められている。
なので地道にやれば良かったものを、余計なことするあたりがまさに『トンチキ聖女嫁』……健康な肉体が無意味な活力を生んでいたという、人生の落とし穴。
城壁で結界を強化しても尚、まだ力が有り余っている……それを感じ、自信をつけたエディトは次なる行動に出た。
移動手段の確保の為、次回に犬舎の見学を願い出たのだ。
案内役としてやってきたのはハンスという、青年騎士。
まだ若いが、彼は10代半ばからトレーナーとして働いているらしく、キャリアはそれなりに長いという。
「雪玉も犬も一緒なのですね?」
「ええ。 雪玉は賢いので、その方が犬達もよく従ってくれるんです」
案内が始まってすぐ、犬舎の中に入る前。
「あら……この子は?」
エディトは外に置かれた檻に隔離されている雪玉を見つけた。
「ああ、そいつは脚を魔獣にやられてしまいまして……名をアマロ、と」
いくら品種改良されてはいても『雪玉』は魔獣。
それだけに体躯は立派で、サモエドよりも更に大きいというなかなかの巨躯だが、その雪玉──アマロは檻の中でぐったりと横たわっている。
「現在治療していますが、もう復帰は難しいので貰い手を探しているところです。 番犬程度なら充分使えますが、品種改良されたとはいえ魔獣でこの体躯。 怖がられたり、餌代もそれなりにかかるので、引き取り手はまだ」
「まあ……」
「皆躾られているだけに、噛んだりは勿論、無駄吠えもしないんですけど……少しご覧になりますか?」
「お願いします」
ハンスが檻を開けると、くったりとしたままのアマロのしっぽが力無く揺れ「くぅん」と甘える様に小さく鳴いた。
悲しげな笑みで鼻の頭をひと撫ですると、場を暗くしたと思ったのか、ハンスは明るい顔でエディトの方へ振り返り、続ける。
「今はこいつも沈んでますが、明るいいい子だったんですよ。 ふふ、ちょっとお調子者でしたけれどね!」
「そう……騎士様はこの子を随分可愛がっていたのですね」
「え? ええ……それは勿論」
隣にしゃがみ込んだエディトの近さに、まだ若い騎士はドキッとした。
「騎士様……」
「は、はい!」
辺境伯閣下の不興は買いたくないけれど、どう対応したらいいのかわからない……などと要らぬ心配をするも、それはすぐに内緒話の為だと知る。
「私がこの子を治しましょう」
「!」
「ただ、私の力は簡単に使ってはいけないのです。 秘密を守れますか?」
立ち上がり無言で睥睨するエディトに、ハンスは黙ってコクリ、と強く頷いた。
「今ではありません、然るべき日にまた」
そう微笑みと共に告げると、犬舎を案内させるフリをして手筈を整えにかかる。
「今度はこちらから呼び出すことになるでしょう。 ソリにこの子を乗せて辺境伯邸裏までいらして頂けて?」
「か、必ず参ります……!」
ハンスのアマロに対する愛情は疑いようがなく、縋るような目を向けながらも凛々しくそう答える。
エディトは満足して、犬舎を後にした。
(うふふ、これでバッチリだわ!)
大きな雪玉だけでなく、ついでにトレーナー騎士青年も仲間に引き込んだエディトはご機嫌である。
そう、彼女の考える『協力者』とは、動物の予定だった。
まだ具体的にどうするかも、全く決めていない時から。
『私がこの子を治しましょう』
『秘密を守れますか?』
『然るべき日に』
『ソリにこの子を乗せて』
それを踏まえてこれらを纏めると、エディトの計画はもうおわかりだろう。
ハンスに持って来させたソリを使い、治した雪玉に引かせ、それに乗って討伐場所まで向かうつもりなのだ。
当初の予定では、出掛けるフリをして穏便に離脱しユリウス達と合流だったけれど。
秘密裏に、辺境伯邸に移動手段を持ってこさせる方が合理的なのは間違いない。
ちなみに、エディトの動物協力者は他にもいる。
『聖女の力は精霊達に好かれる力』なだけに、人より彼等に近い動物との意思疎通は、エディトにとっては簡単なことなので。
──ただ魔獣を含む動物の場合、意思疎通できたからといって、必ずしも言うことを聞くわけではないのだけれど。