①不穏な昼下がり
それは、北の辺境の秋には珍しい小春日和で。
温かく穏やかな陽に包まれながら、心も穏やかに過ごせるような、そんな朗らかな日だった──
筈だった。
なにもなければ。
「王命で嫁だと……?」
「ええ。 突然ですが、相手は当代一の力を持つ聖女、申し分ないお相手かと。 22歳ですし年齢的にも丁度宜しいのでは」
早馬でやってきた王家の特使はそう都合のいいことを吐かすが、なんだか香ばしい匂い漂う案件である。
なんせ、イキナリ嫁が来ることになったのだ。しかも王命。
相手は当代一の力を持つ聖女・エディト。
「えっ? ていうかその女性第三王子の婚約者じゃなかった?」
「ええ……それが婚約破棄されまして」
「婚約破棄?!」
「こちらを」と渡された王家の書簡に書かれていたのは『第三王子が婚約破棄をしたので、申し訳ないが宜しく頼む』──一言でいうとそんな内容だ。
ユリウスは思った。
(押し付けられた……!)
27とまだ若き辺境伯。そして独身。
第三王子の不始末を帳消しにする相手としては、都合が良かったに違いない。
恭しく挨拶をして、特使は辺境伯邸を辞した。
来たばかりなのに『少し休んでいけば』という誘いを固辞し、すぐ帰っていく。
男の背中に宮仕えの悲哀を感じながら見送った後、ユリウスは書簡にもう一度視線を戻した。
(これは……ざまフラでは……?)
『ざまフラ』とは『ざまぁフラグ』だ。
──ユリウスには、前世の記憶がある。
「お兄様ッ!!」
一瞬『扉、蹴破って来たのかよ!? 』と思う程、バーンとけたたましい音を立てて入ってきたのは、妹のゲルトルート。
彼女は傍系の年上幼馴染であるイザーク・フォラントと大恋愛の末、成人するや否や嫁いだ。旦那のイザークは現在辺境騎士団長のひとりであり、ユリウスの部下だ。
ふたりの間には子がふたりいた。『いた』というのもゲルトルートはこの間、無事第3子を産み落とした為3人になったから──つまり出産したばかりなのに、この元気一杯さたるや。
「ゲルトルート! お前……回復早すぎない?!」
「ホーホホホ! 私とて辺境伯家に生を受けし屈強系女子! 第3子となれば余裕ですわ!!」
よくわからない理屈でドヤり高笑いをした後、ゲルトルートは兄の手から書簡を奪い取った。
「コレは……ドアマットヒロインですわね!」
「ああぁぁぁぁやっぱりぃぃ!」
ユリウスには、前世の記憶がある──が、妹のゲルトルートにも前世の記憶がある。
なんの因果か前世も現世もまさかの兄妹。
ふたりは何故か、兄妹揃って転生していた。
妹ゲルトルートは前世、節操とこだわりの薄いオタクであった。
こだわりが薄いのでまず流行りモノから摂取するタイプだ。小説ならばたとえ批判があろうと人気の高いサイトのランキング上位から読むのは当然。
漫画と違い、小説は短編が充実しているのがいい。タイパは大事だ。
節操がないのでジャンルはなんでもヨシ! だったが、彼女は『誰かと共有したい!』タイプのオタクである。
リア友は残念ながらオタクはオタクでもサブカル系オタクではなかった為、コスメやファッションなどのオタ趣味は共有できても、サブカルは相手がいなかった模様。
兄であるユリウス(前世)はその趣味に巻き込まれ、おかげで恋愛モノにも詳しくなった。
『婚約破棄』と言えば『悪役令嬢』或いは『不遇ヒロイン』は鉄板ネタ。
所謂『定石』というヤツだ。
そして、『辺境伯家に王命で嫁がされる』も。
「やりましたわねお兄様! ようやく出番でしてよ!!」
ゲルトルートは鼻息荒くそう吐かす。
一応美人に生まれたのに、台無しだ。
口調だけ淑女っぽくすりゃいいってモンじゃない。
「いやいやいやいや……!」
ユリウスは手を高速で振り否定したが、この妹が聞き入れないのはわかっている。
大体どこから聞きつけてきたのか。耳が早くて困るなと思いながら書簡を奪い返し、否定として振っていた手の向きを変え、追い払う仕草に変えて振り続けた。
「っていうかアンタは寝なさい寝なさい! まだ産褥期でしょ?! 誰かぁ! 旦那呼んできて! この人回収して貰って!!」
「酷いわお兄様! 私を蚊帳の外に置く気?!」
「ゲルトルートはもう自分でヒストリカルロマンスを堪能したでしょうが!! 俺のことはほっといて!」
辺境伯の嫡男に転生したと知った時から、『異世界恋愛系テンプレの救済キャラの妹キター!! 転生ガチャ大当たりィ~!!』と騒ぐ妹にドン引きしつつ、ユリウスも内心ではwktkしたものだったが、期待をよそにまさかの全くそれらしい出会いなしで10代は終わった。
普通に縁談とかもあったものの、今ひとつタイミングに恵まれず既に齢27……という、この経歴の地味さたるや。
実際、彼は美人の妹と似てる割に美形でもなければ、逆に妙なふたつ名や変な評判もないこの溢れるモブみ。
『俺ってモブだったんだなぁ~』と少しばかり残念に思ったのは否定しない。だが、特に悲壮感もなく過ごせているのは有難いことである。
若くして辺境伯当主を継ぎ執務と魔獣討伐に追われるも、両親はピンピンしているし妹は言わずもがな。
ユリウスはユリウスで、日々前世で培ってきたにわか筋トレ知識に頼りながら、効率を重視して粛々と今世の立場を固めるなど……忙しくも充実した毎日を過ごしていた。
それだけに、今更のように降って湧いた『テンプレざまフラ』にただただビックリしている。
正直……今更ヒーローの立ち位置とか要らん。
荷が勝ち過ぎている。