聖 女 無 双?⑤
「おい、ゴ”ル”ァ”…!! 塵芥糞風情が、人様を嘗め腐るのも大概にせぇーよお…。あ”? 聞いとんのかワレェ…」
そう言って瞳孔を大きく開きながら、怒髪天を衝く様に綺麗な長髪を少し逆立てて、鬼気迫る怒気を纏う聖女ちゃん。
その場の全員が…店の中に居る人達みんなが、聖女ちゃんの徒ならぬ異様な雰囲気に動けず、静かに息を呑む…。
『女性ってこんなに低い声が出せるの?』って思う程にドスの効いた低い声で、未だに状況が飲み込めていない戦士を恫喝する。その風貌はまるで悪鬼や悪魔そのものだった…。
(いつもの聖女ちゃんじゃないよぉ〜…)
聖女ちゃんは情け容赦なく、往復ビンタを繰り出す。
バチンッ!!
「お”? 馬鹿にしとんのか?」
バチンッ!!
「なあ! 何か言うてみぃいいっ!!」
バチンンッッ!!!!
「その口は飾りか? ん”? 斬り落とされたいんか?」
バチンンンンッッッ!!!!
「何か喋れやぁあああっ!! ガチで逝てこますぞッ!!」
バチンンンンンンンッッッッ!!!!!!
「このっ……クソボケがぁあああああああッッッ!!!!」
───お店全体に聖女ちゃんの罵声が木霊する…。
ガタガタと震えて、カチカチと歯を鳴らす戦士。
頬が真っ赤に腫れ上がっているのも気にせずに、目を大きく見開いて聖女ちゃんをガン見している。
横にいる剣聖達も同様で、
『人生で一番の恐怖体験を、たった今味わっています…』
ってな表情で、戦士と聖女ちゃんを交互に見詰めていた。
弓聖ちゃんなんてあまりの恐ろしさに、白目を剥いて涙を流しながら気絶している。
(気持ちは分かるけど、まさか失禁してないよね…?)
でも本当に本気で恐い…。
真横にいる俺が、実は怒られているんじゃあないかって、錯覚するぐらいマジで恐い…。
口調も荒々しく、確か東の国の『“スジモン”』って一族の喋り方が、こんな感じだって聞いた事がある…。
「せっ、聖女……ちゃん…?」
震わせながらの俺の問い掛けに、目だけをギロッ! っと動かして俺を見る聖女ちゃん。
「ひっ…!?」
少女の様な悲鳴を、小さく上げてしまう俺。
俺達は実に多くの魔物たちと遭遇し、戦ってきた…。
中には見るも悍ましく、名状し難い容姿をした恐ろしい魔物達も沢山いた。
けれど今の聖女ちゃんの風貌は、その魔物達がまだマシって思える程、とてもおっかなかった。
ふと聖女ちゃんの手元を見れば、不気味で異様な雰囲気を纏った、色白で綺麗な手が見えた。
確かあれは──【幽体霊触】って言う聖女ちゃんの能力だった筈…。
本来はちょっとだけ遠い場所にある物などを触ったり掴んだり、届きそうで届かない場所のボタン等を押したりする、補助系の能力だ。
あと聖女ちゃん曰く『レイス系の魔物もぶん殴れて、更に直接触れたくない対象を触れる、大変便利な能力なんですよ♪』って言ってたっけ…。
(それから使う時は何故か必ず、『オラァッ!!』って掛け声と共に、ちょっとノリノリだった気がする…)
それを使うって事は聖女ちゃん…。
よっぽど戦士が嫌いで、かなり激おこなんだろうなぁ〜。
俺がそんな事を考えていると、再び聖女ちゃんが往復ビンタの動作に入ったので、俺は慌ててそれを制止する。
「せっ、聖女ちゃん…。ちょっと落ち着こう…。…ねっ? 周りを見てごらん…。他のお客さん達も恐がっているからさっ…。だから……ねぇ?」
「───ッッ!?!?」
俺の呼び掛けに我に返った聖女ちゃんは、深く深呼吸を数回して、いつもの優しくて穏やかな表情に戻ってくれる。
「やだぁ…私ったらつい…。興奮のあまり、“昔の言葉使い”が出ちゃいました…。──コホン! やはり調査の報告書通り、他でも沢山の問題を起こしていた戦士さんらしい、極めて度し難い反応ですねっ!」
軽く咳払いをし、再び戦士を睨み見る聖女ちゃん。
ちょっと気になる事を口にしていたが、ここは無視して聞き返す。
「えっ…? それってどう言う……」
「はい。実は戦士さん、巷では相当素行が悪い方で有名みたいで、ちょっと調べれば出るは出るはの悪行の目白押しなんですよっ! ──そうですよね? 戦士さん…」
「ひっ、ひぃいいいッッ?! そっ、それは…そのぉ〜…」
「ハキハキと喋ったらどうですかっ! 自称、大層ご立派な『”男の象徴“』をお持ちなんですよねッ!!」
「はっ、はぃいいいいッッ!! 聖女様の仰る通りですぅううううっ!! 俺様は悪い奴ですゥウウウウウッッ!!」
聖女ちゃんの一睨みと、語尾を少々強めた問い掛けに、ビクビクしながら返答する戦士。
見てて本当に情けないやつ…。
でも仕方ないのかもしれないな…。
それぐらい、さっきまでの聖女ちゃんは恐かった…。
「暇さえあれば賭博場や風俗街に入り浸る生活で、暴力沙汰や傷害事件は日常茶飯事。恫喝に恐喝や脅迫は当たり前。酒に酔っての器物損壊や不法侵入に、営業妨害や名誉毀損などの違法行為も常習犯。それから法外で強引な金貸し…金銭問題等も絶えなかったそうですね。あと他にも詐欺紛いや窃盗紛い。ワザといちゃもんを付けて金品等を強奪する悪質な行いも確認済みです。オマケに人身売買の関与も疑われていますね…。極めつけは痴漢に、婦女暴行未遂ですか…。──本っっっっ当に、度し難い人ですねえッッ!!」
「うぐぅうううッッ!!」
聖女ちゃんが述べた驚愕の事実に、その場の全員が開いた口が塞がらなかった。
俺は半信半疑で聖女ちゃんに確認する。
「聖女ちゃん…。それって本当の事なの…?」
「はい、他にも山程…。基本は『“未遂”』止まりの犯罪擬きな件ばかりですが、中には重罪スレスレな事柄も…。口にするのも憚られるような内容の事項もありますので、詳しくは端折らせて下さいっ! …ちょっと調べただけで、こんなに出てくるんです。ちゃんと調査すれば、もっとヤバい事案が浮き彫りになるんじゃあないですか…? ──そうですよねぇ? 『“絆破壊者”』 の戦士さん?」
「ひぃいいいいッ?! ──あっ…あっ…あの…そのっ…」
再び聖女ちゃんの一睨みと追求に、より一層怯えて慄く戦士。俺は気になる単語があったので、再度聖女ちゃんに問い掛ける。
「『“絆破壊者”』…? 聖女ちゃん、一体それはどう言う意味かな…?」
「はい…。どうやら戦士さん、この勇者一行に参加する前にも、幾つものパーティーを転々としていたみたいで、上手く潜り込んではそのパーティーの解散原因を故意に作ったり、仲間同士で仲違いさせるように仕向けたりして、乗っ取り染みた事もしていたみたいなんですよっ! 特に男女混合のパーティーや、私達みたいなハーレムパーティーを積極的に…重点的に狙っていたみたいですね。それで各方面に被害届けや、苦情が殺到しているみたいで…。だから冒険者界隈では要注意人物として、その悪名…“渾名”が知れ渡っているみたいなんですよっ!」
「それが『絆破壊者』って事…?」
「その通りです…。──戦士さん、何か反論や弁明はありますかッ!!」
聖女ちゃんの圧に再び「うぐぅううッ…」と唸る戦士。
俺は戦士がこれまでやってきた悪事に、ほとほと呆れ果てて又もや開いた口が塞がらなかった。
(でも不覚にも渾名がほんのちょこっとだけ、カッコイイと思う自分がいた。意味はクソ以下だけど…)
それは剣聖達も同じみたいで、俺の気持ちを代弁するかの様に各々が言葉を漏らす。
「アンタ……そんな事してたの…ッ!?」
「信じられん…。人として、色々終わっているぞ…ッ!!」
「ひっく…。私達……そんな人でなしに抱かれてたの…?」
「穢らわしいけがらわしいケガラワシイ穢ラワしい……」
少々呆れながらも慈悲深い愛に満ちた瞳で、剣聖達を一瞥する聖女ちゃん。
しかしその慈愛の眼差しとは裏腹に、可愛らしい魅惑の口元から放たれる口撃は、剣聖達の精神を容赦なく削り取る。
「はぁ〜…貴女達は…。今頃になって気付くなんて…。──そうですよっ! 貴女たちは愚かにもこんな屑に抱かれて、人生でたった一度っきりしかない乙女の“純潔”を捧げ、浅はかな考えや軽率な行動で、貴重なスキルを見す見すドブ川に捨てた様なものなんですっ! 漸く理解しましたかッ!!」
「うううっ…。なによ…なによ……何よぉおお…ッ!!」
「ぐっ…ぉおおおおおッ!! その通りだが……ッ!!」
「えっぐ…。そこまで…言わなくても…良いじゃん…!!」
「酷い…。少し言い方を考えて…。ボク達だって被害者…」
剣聖達の自分勝手ではあるが悲痛な訴えに、眉を顰めながら「やれやれ…」と首を左右に振る聖女ちゃん。
「全くもって貴女達は…。まあ、それはもう良いです。それよりも今の問題は戦士さんですよっ! ──ハァアア〜…。どうしてこんな塵芥がこの勇者一行に…。採用者は…担当官は一体何をしていたんですかねぇ…。まあそれも心当たりがあるで、その者達にもきっちり『“落とし前”』を付けさせるとして…。──戦士さんッ!!」
「はっ、はぃいいいいッッ!?!?」
聖女ちゃんの一挙手一投足に、一々ビビり散らかす戦士。
見てて本当に情けない。
恐らく自分より30cm程小さい相手…。
年齢の差的にも文字通り『小娘』に怯える様子は、とっても滑稽に見えた。
「貴方だけは追放になったあと、法の裁きが…それ相応の『罰』が科せられるのを覚悟しておいてくださいねっ!」
「はっ、はぁあああッッ!? なっ、何でっ?! 何でまた俺様だけぇええッ!? おかしいだろうッ!?」
「別におかしくないですよっ。貴方はただでさえ前科持ちな上に、幾つも怪しい容疑が掛けられています。更に先程も言いましたが、各方面から被害届が出されていて、それが受理されています。でも極めつけはやはり、『勇者の貢物』に…剣聖さん達に手を出した事が、何より咎められるでしょう」
「高が小僧ひとりの…。それも、性もねぇー女共を寝取っただけだろうッ!? それで何でそこまで…」
戦士の言葉に思わずイライラしてしまう俺。
(本当に…マジで戦士は……)
もう気持ちは冷め切っているとはいえ、それでも幼馴染達を戦士が馬鹿にするのは、どうしても我慢出来なかった。
しかし俺が口を出す前に、聖女ちゃんが返答する。
「高がと言いますが、それじゃあ戦士さんはこの国の絶対的な君主…。【皇帝陛下】の奥方様──【皇后様】を寝取る度胸が貴方にはありますか? それか裏社会の首領──【ドン・ボッスウィー】さんが囲っている女性達に手を出す気概は? ──どうせ、どちらもありませんよねぇっ!!」
「あっ、当たり前じゃあねぇーかッ!! そっ、そんな事したら、命が幾つあっても全然足りねぇーよっ!! なに言ってやがるッ!?」
「ほら、やっぱり…。ホンッッッッッットっ! 貴方達『間男』や『竿師』と呼ばれる輩は…。意気地もない根性も見せない上に、自分より格下だと思う相手からしか奪わない。そのクセ自分の命が掛かると、途端に掌を返してみっともない程に保身に走る…。──心底呆れますねっ!!」
聖女ちゃんの一喝にまたも、「ひぃいいっ!?」と情けない声を出す戦士。
言っちゃ悪いが、この絵面も少々諄くなってきたな…。
「良いですかっ! 何度も言いますが、勇者さんは神に選ばれし存在…。つまり『”神と同義”』か、若しくは少なくとも『“神の御使い”』位の方だと思ってください。そんな貴人への『“貢物”』に手を出したんです。不敬罪を超えて大逆罪も甚だしいですよっ!! なんて愚かで罰当たりな…ッ!! 恥を知りなさいッ!!」
「そっ、そこまで言わなくても良いじゃねぇーかよぉ…。そんなに悪い事なのか…? ちっ、因みにどれくらいの罪に問われるんだ…?」
「…………。『“神への貢物”』に手を出したんです。どんなに軽く見積もっても、情状酌量を考慮しても『国家転覆罪』並みの刑が下る可能性が高いと思っておいてくださいっ!」
「そっ、そっ、そっ、そんな馬鹿なあッ!? うっ、嘘だろうッ?! この程度の女共を抱いただけで、そんな仕打ちに遭うなんて…。全く割に合わねぇーよおッ!! それならこんな売女共を抱かなかったのにぃッ!! あんまりだぁああああッッ!!!!」
聖女ちゃんの容赦ない言及に、今日一番の惨めで無様な姿を晒す戦士。
言うに事欠いて、ホント戦士は…。
正真正銘の屑だな。
さっきから自分の事しか考えていないし、醜い本性が更に露呈している。
これは流石の剣聖達も聞き捨てならなかったみたいで、少し声を荒げて戦士に詰め寄る。
「ちょっと! どう言う意味よっ! アンタが誘ってきたから私は…私達はアンタに身体を許してっ……勇者に捧げる筈だった“処女”をあげたのにッ!! それをっ……それをアンタって奴は…。──この人間の屑ッ!! 碌でなしッ!!」
「剣聖殿の言う通りだッ!! 貴様が我々を唆すから…その気にさせるから、我々は乙女の尊い純潔も、貴重なスキルも失ってしまったんだぞっ!! なのに『売女』呼ばわりとは何事だッ!! ──痴れ者の腐れ外道めぇッ!!」
「そうだよっ! あんなに私達に『カワイイ♡』だの『良い女♡』だの囁いていたクセにぃっ!! これじゃあ痛いのを我慢して、処女を捧げた私が馬鹿みたい…。私達の…私の処女を返してよぉッ!! ──この鬼ッ!! 悪魔ッ!!」
「許さない赦さないゆるさないユルサナイゆるサナイユルさないゆルさナいユるサなイ…。消えろきえろキエロ消えロきエロキえろ消エロ…。──ゴミカスクソカスドブカスクズカスゲスカスハゲカスウジカス…。カスカスカスカスカスカカスカススカスカスカス……」
四人の女性陣は各々が、恨み辛みの罵詈雑言を言い放つ。
(聖魔道士ちゃんに至っては、完全に只の呪詛だよ…)
しかし、言われている当の本人は全然気にしてない様子と態度で、逆に逆ギレで言い返す。
「うるせぇーッ!! 確かにテメェーらは上玉だったがよお…。世の中には更に上の上…『“特上”』や『“極上”』ってやつがいるんだよおッ!! そこの聖女様みてぇーなドえらい良い女がなあっ!! 第一、俺様の本命は最初っからその聖女様狙いだったんだよぉッ!! テメェーらはあくまでついでだ。つ・い・でぇ! それにテメェーらにはもう飽きたし、『初物』じゃあなくなった上に、勇者に捨てられたテメェーらには、何の魅力も価値も感じねぇーよおッ!!」
「ひっ、酷い…酷すぎる…。私は…こんなっ……屑に…」
「どうやら私達はとんでもない『過ち』を犯したようだ…」
「イモモ……こんなの嫌だよぉ…。……悔しいよぉ〜…」
「…………死にたい……」
ド屑のあまりにも心無い言葉に暫く放心状態になり、大粒の涙を溢れさせて言葉に詰まる幼馴染達。
俺も堪らず【“聖剣”】に手を掛けそうになる…。
だけど、隣にいる聖女ちゃんがまた『鉄拳制裁』するんじゃあないかと思考が瞬時に回る。
しかし横をチラッと見たら聖女ちゃんは目を細め、最大級の侮蔑の籠もった眼差しで屑を見詰めながら、ただ一言──
「本 当 に キ モ チ ワ ル イ」
聖女ちゃんの発したその一言に、その場に居た全員が絶対零度の如く固まる。
そのまま聖女ちゃんは深く目を瞑り、再び目を開けてまるで能面を貼り付けた様な表情で戦士を見やった。
「成程、漸く理解しました。私もまだまだみたいですね…。──戦士さん。どうやら貴方は慈悲深い【神】ですら見捨てる程、正真正銘の下種下郎なのだと良く分かりました…。だからあの【呪い】と【刻印】だった訳ですね…」
「ぼへぇ?」
「………良いでしょう! 貴方が先程気になっていたスキルの変化と、不吉なマークについて今からご説明致します!」
そう言って聖女ちゃんは、本日三度目の「鑑定!」を唱えて皆の前に状態情報を表示させた。
俺達はそれを食い入るように見る。
しかし、側にいた俺だけは聖女ちゃんがボソッと呟いた声を、確かに聞き逃さなかった…。
「覚悟せぇーよぉ…。ボケナスがぁ……」




