追 放 喜 劇?
「ごめん、みんな。自分でもホント勝手だと思うけど…。今日で君達全員を追放にするよ!」
突然のPTリーダーである【勇者】の発言に、和気あいあいと食事を取っていた皆の動きが止まる。
一瞬の間を置いて、騒ぎ出す仲間たち。
…モグモグモグ。
誰よりも早く詰め寄って来たのは、結婚の約束(まあ多分、あっちは憶えていない…)をしていた幼馴染の【剣聖】だった。
「どう言う事よ勇者! いきなり追放だなんてっ! 私達これまで上手くやってきたじゃない!? それなのに何で…」
「そうだぜ大将! どうしちまったんだ? いつもの大将らしくないぜっ!」
「激しく同意だな。普段の理知的で思慮深い勇者殿らしくない…。何か悩み事があるなら私が相談に乗ろう!」
屈強で力自慢の【戦士】と白銀の鎧が美しい【聖騎士】が一緒になって剣聖に賛同する。
…ムシャムシャムシャ。
俺は彼女達に溜息混じりに答える。
「じゃあ言わせてもらうけど、キミ達……俺に隠し事してるでしょう?」
「「「「ッッ!?!?!?」」」」
わざと睨みを利かせて彼女達に問う。
俺のその問い掛けに、怯む仲間たち。
各々面白い反応を見せる。
「なっ、何の事よ…。私が勇者に隠し事なんて…。すっ、するわけ無いじゃない…」
「そっ、そうだぜ! この俺様が心友である大将に黙っている事なんてあるわけねぇーッ!!」
「その通りだ。私達が勇者殿に一体なにを隠し立てしていると言うのだ?」
「勇者にぃ…恐いよ……」
「うん…。ボク達は全員、清廉潔白。疚しい事なんて……なに一つ無い…」
ここで剣聖の妹で最年少の【弓聖】と、空色のローブが似合う【聖魔道士】が参戦してきた。
…パクパクパク。
「心当たりがないの? 本当に? 嘘を吐いてないって言うんだね?」
あくまでもシラを切る皆に再度、確認の……最後のチャンスを与える意味合いを込めて、出来るたげ優しい声色で訊ねる。
「当然よっ!」
「勿論だぜっ!!」
「無論だ!」
「本当だもんッ!!」
「信じて…」
“五人”揃って自信満々に答える。
──まったく…。キミ達はホントに……。
こっちは全部分かっているから、こんな事言っているのが何で理解出来ないかなぁ…。
俺の最後の善意を棒に振ったこの人達には容赦しなくて良いと自分なりに捉えて、仕方ないけどハッキリと伝える事にする。
…ハムハムハム。
「そっか…。分かった、もう良い。君達がそういう態度なら遠慮はしないよ! ……キミたち、いつの間にか俺に内緒でそう言うことをしてる…。──『“男女の関係”』になっているよね?」
「「「「「ッッッ!?!?!?!?」」」」」
俺のそのド直球の爆弾発言に、面白いぐらいに周章狼狽する面々。
顔を真っ赤にしながら、口をパクパクさせる者。
冷や汗をダラダラと掻いて、目が激しく泳ぐ者。
顔を伏せて小刻みに震え、嗚咽を漏らす者。
「違う…違うのぉ……」と瞳を潤ませて、何かに懇願する者。
そして、何故か勝ち誇った様に口角を上げて、俺を見下す者。
見てるこっちが可笑しくなるぐらい、様々な反応を見せる。
────ただ一人を除いて…。
…ポリポリポリ。
ここでもいち早く口を開いたのは、一番の腐れ縁で誰よりも信頼も信用もしていた幼馴染……剣聖だった。
「なっ、なに言ってんのよっ! だっ、誰と誰が男女の関係──」
「キミと戦士がだけど?」
「!?!?」
再び口をパクパクさせて、今度は顔を青ざめさせる剣聖。
どうにか平静を装うと取り繕って、直ぐに崩れる姿はなんとも滑稽だ。
嗚呼…。
でも前まではこの焦った顔も愛おしく想ってたのに、今では酷く醜く感じる…。
それぐらい彼女に冷めてしまったのかな…。
俺はこの期を逃さないと、更に追い討ちを掛ける。
「厳密に言えば、戦士とキミたち女性陣……俺以外の全員が性交渉したって言っているんだよ。何か間違っているかな? 他に反論があるなら聞くけど?」
俺の回答に言葉が出なくなるり、黙り込む仲間たち。
それでもどうにか声を絞り出すのは、やはり剣聖だった。
…シャクシャクシャク。
「いつから……。いつから気付いていたの…?」
「確証を得たのは最近だけど、三ヶ月前ぐらいからなんとなくは気付いていたかな…。キミたち声が大きいんだよ。特に聖騎士さん!」
尋常じゃない、滝のように冷や汗を掻いていた聖騎士さんはそれを聞いて目を見開き、両手で顔を隠したあとに耳まで真っ赤に染める。
普段は凛々しくて格好良いのに、時たまドジッ娘の様なミスをする…。
それで生娘みたいな恥じらいと反応を見せる。
そうゆう所が可愛かったのに、今ではなんとも思わない…残念だよ……。
俺はお通夜の様に押し黙るみんなを一瞥して、昔の事を思い出す───。
…すいませーんっ! おかわりくださぁーい♪
田舎の村で育った俺と幼馴染とその妹が【勇者】・【剣聖】・【弓聖】のスキルに目覚めて、それで皇都に呼ばれ、皇帝陛下から魔王討伐の命を受けて国宝の聖剣を授かり、そこで出逢った【聖女】ちゃんと共に旅をする事に。
最初は右も左も分からないまま放り出されて困惑し、世界の命運やら全人類の期待やらで不安や重圧に圧し潰されそうになっていたけど、お互いに励まし合い支え合いながらどうにかこうにかやって行けていた。
一年ぐらい経って、皇国からの応援として【聖騎士】さん・【聖魔道士】ちゃんが加わり、更に凡そ半年後ぐらいに【戦士】が派遣されて来たんだっけ。
それで徐々にだけど、ギクシャクしていたこの三人とも打ち解けて行って、『絶対に魔王を倒して世界を平和にしよう!』なんて誓い合って…。
それから剣聖とは明確にじゃあないけど、今後の事や将来の夢や希望とかを語り合ってさ…。
勿論、他の仲間達とも…。
色々な事を話し合い約束し、誓い合ったのになぁ〜…。
なのに…なのに……なのに………。
いつからだろう。
俺に対して仲間達がどこか余所余所しくなったのは…。
はじめは俺の気のせいだと勘違いだと思っていたけど、聖騎士さんから始まって弓聖ちゃんに剣聖。
聖魔道士ちゃんに、最後は聖女ちゃんまでも……。
暫くして彼女達が代わる代わる戦士の部屋を訪れたり(時には全員で…)、俺に内緒で俺以外の全員で密会や逢引をしていた事が後からになって知った…。
「嘘だ…。何かの間違いだ……ッ!!」って思いたかったし、自分に無理矢理言い聞かせて認めたくない、受け入れ難い真実から目を逸らしたかった…。
でも現実は残酷で、仲良くなった時はあんなに俺の周りを囲んでい女性陣が、気が付けば俺じゃない…戦士の周りを我先にと言わんばかりに囲んでいた…。
今だってそうだ。
本人達は気が付いていない……無意識にやっているみたいだけど、然りげ無く戦士の傍(もしくは近く)を陣取って身体を戦士の方に向けている。
無意識的にやるぐらいだから、全員よっぽど深い仲になっているって証明なんだろうな…。
…あのぉ〜、これとコレと此れも追加でぇ〜♪
あと、さっきのおかわりまだですかーっ!!
──訂正。一人以外は…。(まだ食うのかよ…)
・・・・ゴホン!
とっ、兎に角! 極め付きは宿屋やテントでの『“行為中の声“』が聞こえてきた時だ──。
『あんっ! やんっ! ダメェッ! …ごめんね勇者。心は今も貴方だけど…身体はもう……んあっ!?♡』
『あっ、あぐぅうううッ!? ひっ、ひぐぅううううッ?! しゅっ、しゅごいぃいいッッ!!!!』
『あっ…あっ…勇者にぃ…。私…悪くないんだよっ…。でも戦士とお姉ちゃんが……ひゃいっ?!♡』
『んんっ…! こんな事だめなのにっ…! ボクは勇者クンに…んぐっ!? 恩義があるのにっ…そこはらめぇっ♡』
『アー、ウー、ハイ。ワタシハホントニセイジョデスヨー』
『ガハハハッ!! あの勇者はこんな上玉達にまだ手を出してなかったとか、男として終わってんじゃねぇーかっ! まあお陰で俺様がこうしてたっぷりと美味しく頂く事が出来たから一応感謝はしといてやるよっ♪ オラオラ! まだまだいくぜっ!!』
──心を容赦なく抉られる…精神をズタボロに破壊される……魂を強引に抜かれる感覚だった…。
俺が就寝中(もしくは不在中)だと思って遠慮なく男女の営みを楽しむ、俺が自分勝手に仲間だと思っていた面々…。
憐れな馬鹿男に丸聞こえだとも知らずに…。
何とも言えない絶望感と、どうしようもない虚無感が俺を襲う。
アハハハ…。本当にバカみたいだな俺…。
………なんか全てがどうでもよくなってきた…。
あの時は本気で魔王討伐なんてやめて、何もかも全部投げ棄てて、自由の身で何処か誰も知らない場所にでも逝こうかなって思ったっけ…。
でも【勇者】のスキルがそうさせるのか、どうしてもそれが出来なくて…。
それで何だかんだでズルズルと引きずって、結局いまに至る。
だけど、やっぱり我慢が…理性が…感情が保てなくて、冒頭の発言をしたのである。
俺がこれまでの経緯を思い耽けっていると、不愉快極まりない雑音が耳に入ってきた。
…ズルズルズル。ズズズズッ!!
「なんでぇ。とっくにバレてたのかよっ! だったらもう隠す必要ねぇよなあ!!」
そう言って、御自慢の太い豪腕で四人を自分の方に抱き寄せる戦士。
「ちょっ、ちょっと!」
「なっ、何を!?」
「きゃっ!!」
「んんっ!」
咄嗟の事に驚く四人。
軽い抵抗をしているフリを見せるが、いつもの事なのか、直ぐに表情を整える。
そんな四人を尻目に戦士はお構いなしに抱き寄せながらも、美女・美少女達の身体を好き勝手に触り弄る。
「へへっ。どぉーよ? コイツらはもう俺様が居なきゃ生きてけない身体になるまで楽しませてもらったぜッ!! “勇者様”ゴチでぇーすっww」
「あんっ! やだぁ…♡ 勇者の前では何もしないって約束でしょう…。もう…バカぁ……///」
「やっ、やめろ! 勇者殿の御前で醜態を晒す訳には……おほぉおおおッ?!」
「ごめんなさい勇者にぃ…。ごめんなっ…あひんっ?!♡」
「んっ…! んっ…! 勇者クン見ないでぇ…。こんなボクを見ないでぇ…♡」
四人ともこれまた嫌がっている風に…拒絶の反応を示している様に見えるが、その顔は恍惚な表情を浮かべて、微かに甘い吐息が漏れて妖艶である。
撓垂れ掛かり、愛おしい者を見詰める様な視線はやはり、お互いに深い仲だと端から見ても分かってしまう。
嗚呼…。
剣聖に弓聖ちゃん…。聖魔道士ちゃんに聖騎士さん…。
もうキミ達は本当に本気で戦士の事が……。
そんな俺の視線に気付いたのか、更に煽ってくる戦士。
…ゴクゴクゴク。ぷはー♪
「ぐへへへ。お前達からも言ってやれよ! もう自分達が誰の女で、ナニをされてきたのかをよお!!」
清潔感が無くて嫌悪感を覚える、汚い無精髭が生えた顎を使い、四人を促す。
四人は顔を伏せて、怖ず怖ずと俺の表情を伺いながら、ぽつりぽつりと呟いていく。
こんな時でも率先して言葉を発するのは、やはり剣聖だった。
「ごめんね勇者…。最初はちょっとした事を戦士に相談に乗ってもらっていたの。そしたら段々成り行き的に…。勿論、私も最初は拒んだのよっ! でもいつも戦士は真剣に…私が欲しい『言葉』や『答え』を返してくれて……だから…。──今も貴方の事が好きなのは間違いないし、嘘じゃないっ! 信じてッ!! でも身体はもう……ごめんなさい…」
そう言って表情を曇らさせながら、本当に申し訳なさそうに話す剣聖。
そんなに思い詰めるぐらい罪悪感に苛まされるんだったら、最初っからしないでくれ。
何で一番付き合いの長い勇者じゃなくて、出会って半年にも満たない戦士になんだよ…。
もう今更なにを言っても遅いけど──。
今度は剣聖の次に信頼していた聖騎士さんが言葉を紡ぐ。
「私も剣聖殿と殆ど同じだ。違うと言えば、一番最初に私が戦士に声を掛けて…。心情を吐露するうちに気が付けば、あれよあれよとあっという間に…。不仕鱈な卑しい女だと自分でも思う! 皇国に仕える騎士がなんて無様だともっ!! …許しを請う資格など無いのは重々承知だ。だが…ッ!! ──済まない勇者殿。貴殿に皇国と同じく忠誠を誓ったのに……」
今にでも「くっ…! 殺せ…ッ!!」とでも言いそうな苦悶の表情を浮かべて黙り込む聖騎士さん。
貴女の事は一人っ子の俺にとって、初めて出来た『頼れる姉』みたいな存在だと感じていたんですけどね…。
勝手ながら失望しました…ガッカリですよ──。
次に口を開いたのは幼馴染の実妹であり、俺にとっても『甘え上手なカワイイ妹』だと思っていた弓聖ちゃんだった。
「ごめんなさい勇者にぃ…。私もお姉ちゃん達と一緒で、戦士に秘密の相談事をしてたのっ! そしたら戦士が…。最初は嫌だったんだけど、戦士の言う言葉が耳心地が良くて…。それにお姉ちゃんや他のみんなも気付けば交ざっていたから…流されるまま…。ひっく…本当にごめんなさい…えっぐ…」
嗚咽混じりに、壊れたオルゴールの様に謝罪を繰り返す弓聖ちゃん。
悪い事しても直ぐ泣いて謝れば、俺が許してくれると思っているのだろう。
実際、以前の俺ならその涙に免じて許したし、何だかんだで弓聖ちゃんには厳しく出来なくて、甘くなっていた。
でも今回ばかりは許さない…。赦せない…。
前まではその直ぐ泣くクセも可愛いらしいと思えてたけど、今は…イライラしてくる──。
最後に語りだしたのは俺たちと同い年の聖魔道士ちゃん。
「ボクは戦士の部屋に皆の出入りが多いから気になった…。そしたらみんな戦士に抱かれていて…。勇者クンに報告しようとしたけど、でもすぐに捕まってそれで…。その後は脅されたのもあるけど、結局一番の理由は快楽に抗えなかった…。弁解の余地もない…。けど本当にごめん…なさい…」
唇を強く噛み締めて瞳を潤ませる聖魔道士ちゃん。
話を聞く限り君には同情の余地がありそうだけど、その後の行動が…。
何で早く言ってくれなかったのか。
脅されても、報告してくれていたら俺が何とかしたのに。
君にとって俺はそんなに頼りなかった男なのかな……。
無口な君が偶に見せてくれた微笑みが、俺の癒しの一つだったのに…本当に残念だよ──。
…あっ! キタキタ♪ 待ってましたよぉ〜♡
四人のそれぞれの独白が終わり、暫しの静寂…。
俺は肩を落としながら、深い溜息が漏れ出てしまう。
そんな俺を嘲笑う戦士の声が聞こえてくる。
「ガハハハッ! お可哀想だな、勇者様よお! …でもコイツらが悪いんじゃねえ! アンタが悪いんだッ!!」
「何…? どうゆう意味だ?」
つい敵と…倒すべき魔物と対峙した時の感覚で戦士を睨み見てしまう。
それを戦士は気にもせず、尚も俺を挑発するように…バカにする感じで言葉を返す。
「アンタがコイツらに手を出さない…なんのアプローチもしてこないから、コイツらは不安になって俺様に相談しにきたんだよッ!!」
「何だって…? 皆それは本当かな?」
俺の問に黙り込む四人。
沈黙は肯定と俺は受け取り、本日何度目か分からない溜息を吐き出す。
俺が手を出さなかったから…。
何もしてこなかったから、戦士に抱かれたってゆうの?
安っぽい同情をしてもらえただけで…?
恐らく心の籠もってない、口先だけの甘い言葉を囁いてもらえたから…。
だから身体を許したってゆうの?
それで俺が悪いって言うのは…なんか違うんじゃない?
・・・・なんだろう。
改めてバカバカしくなってきたな…。
第一、それは“あの約束”があったから──。
「大体、勇者様とコイツらは別に恋人同士ってわけでもねぇーんだろう? だったら、俺様たちが何処でナニをしようと勝手じゃねぇーかっ!!」
俺の思考を遮る、五月蠅い戦士の声が割って入ってくる。
──あー、ヤバイ…。イライラしてきたぞ…。
「かわいそうなのはコイツらの方だぜ。危険な旅を一緒にしてきた筈の勇者様は、一向に自分達に見向きもしてくれない。自分達に異性としての魅力や価値が無いんじゃないかってな!」
四人の魅力溢れる身体を我が物顔で触り続けながら鼻で笑い、三度俺を見下す態度をとる糞野郎…。
何で戦士はこんなに偉そうで、そして喧嘩腰なんだろうか…。
───いかん。本気でイライラしてきた…。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、尚も戦士は挑発気味に話し続ける。
…んんっー! 極上ですぅ〜♪ 幸せぇ〜♡
「そこで俺様が『大丈夫。お前さんは十分魅力的だぜ!』や『お前さんの魅力に気付かない勇者が悪い!』みたい事を言ったらコロッとよ。グハハハ! ──でもさっきも言ったが、お前さんとコイツらは別に付き合っていたわけじゃねぇーんだろう? だったら俺様が優しくして、コイツらと“ストレス発散”したって悪くねぇーよなあっ!! いや寧ろ、コイツらの精神安定してやったんだから感謝して欲しいくれぇーだぜっ!w」
──そろそろマジでヤバイ…。
俺は大人しく黙ってゴミ野郎の話を聞いて居たが、テーブルの上に置いている手はかなり激しく握り、手袋越しでも分かるぐらいに血が滲み出ていた。
「それでも俺らを追放にするって言うならよお! お前さんは見返りは与えないくせに、散々侍らせていた女達を奪われたからって理由で、その女達共々ここまで一緒だった俺様を切り捨てる、最低で身勝手な負け犬野郎って事になるけど良いのかよおッ!!」
『どうだ! 言ってやったぜっ!! 俺様カッコイイ!!』
みたいなしたり顔で、俺を完全に論破したと思っているカス野郎。
──嗚呼…ダメだ。もう抑えきれそうにない…。
それでもどうにか我慢しようとしていたが、次の屑の一言で限界を超えてしまう…。
「まあ、ご立派で寛大で聡明なお優しい勇者様なら、こんな些細な『“くだらない事”』でいちいち目くじらを立てて、追放になんてしねぇーと思うけどよお! ギャハハ!!」
────ブチンっ…。
俺の中で、何かがキレる音がした。
───ドンッッ!!!!
「「「「「!?!?!?!?」」」」」
屑が何かを発しようとしていたが、俺が強くテーブルを叩いたら、口を開けたまま間抜け面を晒して固まる。
その傍に居た四人も大きく身体を跳ねらせて、目を見開いて驚愕の顔を俺に向ける。
「………少し黙れよ」
そう言っている自分自身ですら驚く程ドスの効いた声で、いつもは敵と対峙した時に出す殺気を容赦なく放ちながら、視線で射殺す勢いで俺の逆鱗に触れたゴミ屑を黙らせる。
「きゅっ、急になんだよ…」
「ゆっ、勇者…?」
「勇者殿…?」
「勇者にぃ…?」
「勇者クン…?」
…デザートも注文しないとですねぇ〜♪
───ムリだ。激情が腹の底から込み上げてくる…。
五人は普段は見せた事のない俺のキレた姿を見て、言い知れぬ恐怖を感じたのか言葉を失い、お互いの身を寄せ合って縮こませる。
その様子が更に俺の癇に障り、怒りを膨れ上がらせる。
「ああそうだよ…。お前の言う通り、そんなくだらない理由でお前達を追放にするって言ってんだよッ!!」
ここまできたら、もうどうしようもない…。
「お前に分かるか? 兄弟のいない……一人っ子の俺に初めて出来た、綺麗で格好良い『頼れる姉』的な存在の人が、聞くに堪えない喘ぎ声を出しながら、糞みたいな男に跨っているのを見た時の俺の気持ちがッ!!」
「勇者殿…」
堰を切ったように憎しみの言葉が溢れ出る。
「お前に理解出来るのかよ? 苦楽を共にし、死線を一緒に越えて漸く少しは心を開いてくれたかな? って思ったとても素敵な女の子が、顔を紅潮させながら不潔な男と共に快楽を貪ってる姿を見た時の俺の感情がッ!!」
「勇者クン…」
癇癪を起こした駄々を捏ねる子供みたいに、自然と声を張り上げてしまう。
「お前には想像もつかないだろう…。赤ん坊の時から知っている実の妹のように可愛がっていた子が、自分の名前を呼びながら、野蛮な男と獣の様に盛っているのを見た時の俺の悔しさと苦痛がッ!!」
「勇者にぃ…」
ちくしょう…。
出したくないのに…堪えないといけないのに、涙がどうしても滲み出て止まらない…。
「お前も味わってみろよ…。幼い頃からずっと一緒で、お互いに言葉は交わさなくても想いは同じだと信じていた…通じ合っていると疑わなかった子が……ッ!! ──この旅が終わったら一つに…。恋人同士に…。それ以上に……『“家族”』になれると本当に本気で想っていた大好きだった子が、自分が嫌っている男と抱き合いながら熱い口付けを交わし、愛を囁いて性行為に耽っている姿をまざまざと見せ付けられた俺の苦しみと悲しみと絶望をッ!!!!」
「勇者…」
…あのー! 『スペシャルジャンボパフェDX』
を全種類お願いしまぁ〜す♡
はいっ! そうです! なるはやでぇ〜♪
これ以上は【勇者】として決して言ってはいけない事を俺は口にしてしまう…。
でも仕方ないんだ…。それぐらい今の俺はキレていた。
「俺だって【勇者】である前に、一人の【人間】なんだよ! 青臭いガキなんだよ!! ──幼馴染を奪われて…好きな子を寝取られて冷静でいられるほど、出来た人間じゃないんだよっ!! 今すぐ感情のまま暴れたい幼稚なガキなんだよッ!! でも、それすらも『仕様もない・許されない・我慢しろ』って言われるなら………魔王討伐なんてやっていられるかッ!!!!」
激昂のあまり息をするのを忘れていた俺。
息を切らして呼吸を整えると、ふと我に返る。
そこには謝罪と懺悔を瞳に宿し、哀しい者でも見るかの様に憐れんでる四人と、俺の剣幕にビビリまくっている戦士がいた。
──あーあ。やっちまったなぁ〜。
こんな事が言いたかった訳じゃあないのに。
これじゃあ本当にただのガキじゃないか…。
俺が頭を抱えて後悔の思いでいっぱいにしていると、
「けっ。覗きなんてしてんじゃねぇーよ変態野郎…。 結局、器が小せぇーって事じゃねぇーか!」
「お前…このッ…まだっ…!!」
ビクビクとビビリながらも、まだ反論してくる戦士。
でもコイツの言う通り、俺はやっぱりただの人間であると同時に、この世界を救える唯一の【希望の救世主】なんだ…。
これぐらいで泣き言を言っていたら…四の五の言っていたらダメだ。
この先もっと辛くて困難な事が待っているかもしれないのに…。
でも……でもさ────。
「とっ、兎に角! これはもう決定事項だっ!! キミ達は何が何でも追放にするよ! 俺の意思は変わらないッ!!」
俺は誤魔化すように、改めて皆に言い放つ。
それを聞いて押し黙る面々。
重たい嫌な空気がその場を支配する…。
けれど、それを切り裂く一人の強者が現れる。
どこまでも能天気で、だけども不思議と安らぎや癒しを齎してくれる、とても心地良い美声を響かせながら───。
「皆さんも大変ですねぇ〜。まあ追放になっちゃったのは仕方ない事なので、これから頑張って下さい! どうぞお元気で♪」