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9話


「あちゃー、大丈夫かな、彼女」


 俺の腕の中で、生気を失い涙で濡れたナツの顔を、アルヴァンが見た。


「随分と錯乱してたからな」


 目元の涙を指先で拭ってやる。


「へー、ホントに黒髪なんだ。目、もっと近くで見たかったなー」

「おいっ」


 覗き込むように近くで見てくるのを牽制するように、グッと抱き込んだ。


「ヘーヘー。そんなに大事そうに抱えなくたって、何もしませんよ」

「こいつら、2人の始末、頼んだ」


 呆れ顔のアルヴァンに事後を頼むと、楽しそうに笑った。


「酔っぱらって傷害罪、暴行罪、あとは、職務妨害もつけとくか」


 ほんと、特務隊向きの性格だと思う。


「なんでもいいが、黒髪について、」

「分かってますって、酔っ払いすぎて見間違ったって、言っときますよ」


 片膝をついてしゃがむアルヴァンがそう言うと、両サイドに立つクリスとアーロンも頷いた。

 クリスが、月に照らされて金髪のように輝くサラリとした淡い薄茶の髪を耳にかけて、軽く踵とコツンと鳴らして姿勢を正した。


「副隊長。調べましたが、やはり来訪者の情報は上がっていませんでした。それと、噂ですが、北のブルス山脈近くの町で数年前に来訪者が現れたという話がありました」

「噂?」

「はい、今のところ詳しくはわかりませんが」

「そうか」


「あと、カフェ アルバの前の所有者はローサという女性でした。今の所有者はナツで、半年ほど前に変更されています。書面では、ローサの妹ということになっています」


 クリスの報告を引継ぐように話を続けるアーロンに顔を向けると、アーロンは無駄のない引き締まった肢体をサッと揃えて敬礼した。


「ナツは黒子だろ。だったらローサの妹な訳ないじゃん。魔力ぜーんぜんないし、黒髪だし、黒目だし、すっげーちっさいし。これでホントに大人なの?って感じ。子供みたいじゃん」


 アルヴァンがダラリと力なく垂れ下がるナツの手と自分の手を合わせようとしたので、彼女を抱きあげ、立ち上がった。


「で、ローサ本人は、今はどうしている」

「それが、亡くなっています。病死です。一応、それとなく周りで聞いてみましたが、かなり以前から胸を患っていたようです」


 アーロンの報告を聞きながら、アルヴァンが口をとがらせながら立ち上がった。


「ローサは、ナツが黒子だって知ってたのか、知らなかったのか。知ってたなら王国への報告義務違反ってことになるねぇ」


 アルヴァンの言う黒子という言葉に不快な気持ちになったが、息を吐き、気持ちをやり過ごす。


「アルヴァン、その噂の真相と、他にも来訪者に関する話がないか調べろ。それと、来訪者のこちらに来てからの処遇についても一緒に調べてくれ」


「噂以外ってのは、もうクリスが調べてて、特に目ぼしいのはなかったよ。真相は、直接調べに行かせてる。でさ、処遇ってなんだよ。結構前にいた黒子は、王宮で悠々自適に暮らしていたんじゃなかったっけ?それを調べてなんになるんだよ」


 ふっと、もう一度息を吐く。


「黒子ではなく来訪者だ、アルヴァン。一般的に知られているのは、そういう話だが、王宮で暮らすのは、どういう事情からなのかを、知りたいのさ」


 苛立ちを感じたのか、こちらを伺いつつ、いつもの優男の顔に戻ってヘラリッと笑みを浮かべた。


「来訪者の事情ねぇ。ただ単に功績を労ってってやつじゃないの?あ、そうそう、ラーネス隊長からの伝言。見張り台に人員確保、だとさ」

「俺がいるだろう」

「なーに言ってんの。副隊長がナッちゃんとイチャイチャラブラブのカフェ時間を過ごしている間は、誰もいないだろ」

「イチャイチャはしていない」

「てか、ラブラブはしてんのかよっ」


「アルヴァン小隊長、警備隊が到着しましたー」


 クリスの声を合図に、その場を離れた。


 気を失い、眠ってしまったナツを横抱きに抱え上げたまま、「カフェ アルバ」に戻った。


 店には結界魔法をかけてある。

 ドアの前に立つと、鍵が開き、ドアが開いた。

 室内に入るとライトが次々と点灯していく。

 そのまま、ナツの部屋まで行き、彼女をベッドに下した。


 白いシーツの上にしっとりとした艶のある黒髪が広がる。

 長いまつ毛は、まだ涙で濡れていたが、血の気の引いていた白い頬には、少し赤みが戻ってきていた。

 ホッとして、頬に触れてみる。

 スベスベとした触り心地の良い頬に、赤みを帯びた小さな口。

 あどけない顔だ。


 俺の体格を思えば、彼女はあまりにも小さく、アルヴァンが言うように、子供のようだ。

 だが、中身はそうではない。

 見た目に反して、とても堅実な性格をしている。

 共に過ごした数日から、そう思う。

 毎日の店の準備に始まり、ランチの献立を1週間区切りで考え、その食材の手配から支払までを難なくこなす。

特に計算に関しては、流石は来訪者というべきか、とても速くて正確だ。


 いつも清楚で飾りっ気はないけれど、凛とした雰囲気を持っていて、時折、蕾が綻ぶように笑う笑顔が堪らなくいじらしい。


 そんな彼女が見せた、先程の驚愕の顔。

 叫び声を上げた彼女は、全身をガタガタと震わせながら小袋を握りしめていた。

 大きな黒い瞳からは大粒の涙が溢れ、男が、「黒」と言った瞬間、瞳が更に大きく見開かれた。

 瞬時に、男を殴り飛ばしたが、魔石が砕け、魔法が瞬時に消し飛んだのは明白で、彼女が自分の黒髪を掴んで見た時の恐怖の顔が、あまりにも痛々しかった。


 苦しいうめき声を上げて気を失い、倒れ込むところを抱き止めた。

 彼女の顔は、苦しそうに歪んだままで、頬は涙でベットリと濡れていた。

 気を失った後も、時折、苦しそうに藻掻く姿がいたたまれず、何度も名前を呼んだ。


 堪らずに俺は、彼女を強く抱きしめた。

 抱きしめずにはいられなかった。

 どうして彼女がこんな思いをしなければいけないのか、彼女を襲った理不尽な日々に怒りを感じ、胸がギリギリと締め付けられるように苦しくなった。


 来訪者とは保護すべき多大な人ではなかったのか。

 何故、保護されなかったのか。

 いったい誰だ、彼女にこんな辛い思いをさせたのは。

 疑問や怒りが頭の中を渦巻く。


「副隊長、ノッビノビの2人を、とっ捕まえときましたよ」

「あぁ」

「一発KO。手加減ナシだな、これは」


 つい先程、ナツを苦しませた2人組が思い浮かんだ。

 定時連絡に来ていたアルヴァンが、騒ぎに気づいて参戦してくれなければ、もっと酷い状態になっていたかもしれないと思った。


 ベッドで眠るナツの髪をそっと撫でた。

 そうしながら、彼女について、来訪者について、我が国の来訪者への対応について、もっと詳しく検証する必要がある、と強く思った。


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