7話
「はい、ナツ。手を出して」
「手?」
両手を広げるようにして、自分の手を見た。
その片方を、ルイはギュッと握ってきた。
「ナツは小さいから、はぐれないようにしないとね」
「え、いや、大丈夫だと、」
言い終えないうちにルイは歩き出していた。
釣られる様にして一緒に歩く。
夕方前の市場は、人通りも少なく疎らだ。
こんなところで、はぐれるはずがない。
手を離そうとしたら、逆にギュッと握りしめられてしまった。
いわゆる恋人繋ぎってやつだ。
「ルイ、ルイ、これはちょっと」
見上げると、行き違う人の視線がルイを見ているのに気が付いた。
特に女性からの視線がスゴイ。
明らかに目がキランッてなってる。
で、次に手を繋いで隣を歩く、私を見てくる。
(あ、なんか、すごく残念そうな目になってるよー)
それはそうだ、スラッとしていても細身ってわけじゃない。
厚い胸板に筋肉質の長い手足、均等のとれた体格のイケメン男性だ。
整った顔に、少し切れ長の青い瞳と輝くような金髪とくれば、目につかないはずがない。
なのに、その隣に小柄な中年女性の私では、バランス悪すぎ、趣味悪すぎ、ってなるでしょ。
「おや、ナッちゃん。今日は、注文はないのかい?」
ルイに手を離してもらおうとヤキモキしているうちに、お店の前まで来ていたようで、肉屋のメイサさんに声をかけられた。
「あ、」
私よりも、隣のルイに目が釘付けだ。
「これは、これは、噂の金髪ボーイじゃないのかい?」
ビックリすることを口にした。
「は?・・・噂?」
「あははは、知らないのかい? ナッちゃんとこのカフェでエライ男前が働いてるって、市場内では結構な噂になってるよ」
「えぇーっ!」
目立ちたくない、目立ちたくないって思っていたのに、知らないとこで、すんごい目立ってる。
「ナツの恋人のルイです」
火に油を注ぐようなこと言ったー。
「なーっ!!」
驚き過ぎて言葉が続かない。
「おやまぁ、やっぱり、そうだったのかい。血縁っていう噂もあったけど、私はそうじゃないかと思っていたのよぉー。ナッちゃんは、穏やかで優しい子だもの。いい人が見つかればと思っていたんだけどね。あんた、見る目あるわねぇ」
「あの、あの、メイサさん、」
とんでもなく誤解をしている。
それなのに、
「はい、ナツはすごく思いやりのある人で、すごく可愛いらしい女性です」
などと言って、ルイが嬉しそうに笑みを浮かべ、私の顔を見下ろしてきた。
「まぁー、お熱いことだこと!」
この場から速攻で消えてなくなりたい。
でも、ルイの甘い呪縛にカチンッと固まってしまった。
「この人、ナッちゃんの恋人だって」
「あー、やっぱり、そうだったのー」
「うおっ、すっげー男前じゃん」
「どれどれ、もっと顔みせてー」
周りではやし立てる声が、いたたまれないっ。
メイサさんに注文をお願いした後、ルイを引っ張って、脱兎のごとく逃げ出した。
市場の中心にある噴水広場まで来て、手を離した。
「急にどうしたの?ナツ」
息1つ乱さずに、何事もなかったようなルイの態度に腹が立つ。
「どうしたも、こうしたも、ないわよっ。何なの、いったい。めちゃめちゃ目立ちまくってるじゃん」
ハァ、ハァ、と息も切れ、途切れ途切れに叫んだ。
「まぁ、噂が真実になって、みんな楽しいんじゃないの」
「真実って。本当じゃないもん」
「でも、これで噂が落ち着けば、周りも気にならなくなるよ」
「気になるよ。なんで、恋人だなんて、そんなこと言ったのよ。姉弟とか親戚でよかったじゃん」
いきり立つ私の顔を、ルイが真顔で少し首を傾げ見下ろしてくる。
あんまり、ジッと真顔で見てくるので、ちょっと怖気づいてしまった。
「・・・なによ」
「どうしてナツは、そんなに人目を気にするの?」
「それは・・・、目立ちたくないから」
「だから、なんで目立ちたくないの?」
そんなの、決まっている。
目立ったら、私が黒子だってバレたら、また、あの凄惨な日々の再来じゃないか。
同じ黒を持つ者として、ルイが来訪者をどんなふうに考えているのか、そもそも知っているのか、それは分からないけど。
だけど、そんなのルイだって、黒だもん。
分かっているはずじゃないか。
「逆に聞くけど、ルイだって、私と同じ黒なんだし、分かるんじゃないの」
堪らず小声で、でも強い口調で言った。
「黒は、そんなに悪い事?」
急にルイが、私の髪を優しく撫で、慈しみに満ちた目をして言った。
(違うっ!)
そう思った。
でも、この世界では、黒子は奇異の目で見られる。
黒子だと分かると、すぐに捕まえて、自分達の欲の為に利用しようとする。
私の意志とは関係なく、どんどん悪いことに巻き込まれていってしまう。
黒子は、災いを呼んでくるんだ。
首からぶら下げた小袋を、服の上からギュッと握りしめ、軽く深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。
袋の中の、魔力が少なくなったボロボロの魔石を思うと、胸に言うに言われぬ恐怖感が込み上げてきた。
(新しいものを、早く手に入れよう)
色んな思いが、ない交ぜになった感情を、ルイにどう伝えればいいのか分からなくて、私はルイの手をパッと払い除けた。
「暗くなる前に、お店をまわろう。まだ行きたい店に、行けてないし」
ルイの顔を見ることなく、スタスタとそのまま、もと来た道を戻る。
ルイは、何も言わずに、私についてきた。