5話
ドキドキと心臓が早鐘を打ち、体がワナワナと震え出した。
ルイから目線を外すことが出来ない。
でも、一刻も早くここから逃げ出したくて、ジリッと後ずさりした。
「あーっ、待って、待って。落ち着いて」
そう言うとルイは私の腕を掴もうとしたけど、私はその手を払い除け、ドアへ向かって一目散に走った。
が、ドアが開かない。
というよりも、びくともしない。
「えっ、なんで」
ドア上部に、入店を知らせる鈴がぶら下がっているのに、それすらも動かない。
「驚かしてごめん。魔法でドアを閉じた」
後ろで声がして振り向くと、座っていたはずのルイが目の前に立っていた。
「ヒッ」
驚いて、飛びあがった。
「な、なん、なの。あな、あなた、は、いったい」
私をジッと見上げてくる翠の瞳。
声が上擦り、逃れられない恐怖に、それ以上、下がれないくらいにドアに背を押し付けた。
「・・・・・怖いよね、僕」
意味が分からなくて、黙ってルイを見た。
「この強い魔力のせいで、どこに行っても怖がられるんだ。見た目もこんなだし、昼間の奴らには無理やり馬車に押し込まれて、連れて来られた。やっとの思いで逃げ出したけど。でも、こんな僕じゃ、どこへ行っても同じ。自分の居場所なんかないんだ。同じ黒を持つナツなら、僕の気持ち、分かってくれると思ったのに」
話の内容よりも彼が本当に「ただの子供」だったということに、ものすごくホッとしている自分がいた。
「人を信じない」 それが私の、この世界で生きる術。
弟に似た彼を、自分勝手な思いから助けてしまったのは間違いだったと思っていた。
本当なら、知らん顔で行き過ぎるのが正解だった。
子供だからと、気を許しちゃいけなかった。
(この世界は、いつも欺瞞でいっぱいだもの)
ルイが私と同じように魔法で姿を変えていると疑ったから、私の本当の姿を見たと言われた瞬間、恐怖しかなかった。
また、欲の為に見世物にされたり、売られたり、殴られたりするかもしれない、そう思うと全身に震えが走った。
やっとの思いで、手に入れた穏やかな生活が、足元から崩れていくように感じた。
だけど・・・
緊張が切れて、ズルズルとへたり込む。
「ナツ、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んでくるルイを見た。
深緑のような澄んだ翠の瞳。
(私の黒い瞳を見た、と言ったけど。それが、どういうことなのか知らないのかしら?)
この世界に、黒い瞳を持つ人はいない。
黒い瞳は、来訪者。
黒子の印・・・の、はずなんだけど。
「僕の気持ち」、「自分の居場所なんかない」、と彼が言った言葉が、胸に突き刺ささる。
私も、この世界でただ1人、という現実を知った時、言葉では言い表せないくらい孤独を感じた。
今は、以前ほど思わなくなったけど、恐怖にも似た、その感覚は、ずっと心の中に燻り続けている。
(黒という意味では、彼も私と同じなのかもしれない。無理やり連れて来られ、行く当てもなく、1人で)
どうすることも出来ない、やるせない思いに、
「・・・いいよ」
と言葉が、ポロリと零れ出た。
「えっ、ホントに!」
ルイの目が大きく見開き、みるみる顔が綻んだ。
その顔を見たらもう、言い換えるなんて、出来なかった。
「うん、いいよ。ここにいても」
「ありがとう、ナツ」
大人びた笑顔。
その笑顔を見上げて、不意にまた、あの違和感を感じた。
(どうしてか、子供なんだけど、子供と話している感じがしない)
魔力が強いと言ったルイ。
何気に、聞いてみた。
「ルイもさ、私のように姿を変えて欲しいんだけど、出来る? ここでは、黒は目立ちすぎるから」
「オッケー」
そう言うと、唐突にルイの足元に魔法陣が現れ、パァッと光ったと思ったら、姿が金髪碧眼の男性に変わっていた。
呆気ないくらいの一瞬の出来事で、驚き過ぎて、ただ見上げるしかなかった
「これで、どう?」
子供の姿から一変、大人の、年相応の笑みを浮かべたルイに、違和感は一層強くなった。
「ルイ、」
「ダメ? この姿」
「・・・・・な、んで、男性に、なってんのよ」
(あぁ、私の意気地なし)
確かめたいのに、聞く勇気がなくて、誤魔化してしまった。
「この方がバランスいいでしょ」
「なんの?」
「だって、ナツは中年女性だから、こっちも大人の男性じゃないとね」
「それなら小太り中年男性でしょ」
楽しそうに話すルイに、合わせるように答えた。
(彼は、いったい何者、なんだろう)
疑問に思うけれど、本当にそうかという、確証もない。
でももし、ルイが何者だったとして、どうして、わざわざこんな芝居じみたことをするのか分からない。
普通に考えて、私が来訪者だと分かった時点で、捕まえるか、攫うかになるはずだもの。
(やっぱりルイは、黒ってことよね。それは、きっと間違いない)
この鮮やかな色彩の世界で、黒は生きづらい。
それでも、私も、彼も、ここで生きていかなければならないんだ。
「いやいやいやいや、これ、普通だし」
「若すぎる。それに、顔もイケメンすぎてダメ。なんで、わざわざ金髪碧眼なんて姿をチョイスするのよ。どうせなら、もっと目立たない姿にしてよ」
気持ちを切り替え、これからのことを考えようと、そう思いながら、立ち上がろうとした。
「えー、もう、いいじゃん。これで決定」
ルイが手を差し出してきたので、その手を掴むと、グイッと力強く引っ張り上げられた。
背も私より高く、体つきもガッチリしている。
顔を見ると、端正な顔に優しい微笑みが浮かんだ。
(本当は子供なのに、って本当かどうかわかんないけど。とにかく姿がイケメンっていうだけで、無駄にドキドキしてしまうじゃん)
「やっぱり変えよう、心臓に悪い」
「はぁー!? 却下だっ」
結局、そのまま押し切られてしまった。