48話
声がする。
誰かが呼んでる。
でも、瞼が重くて目があかない。
「ナツ、目を覚ませ、ナツ」
「うぅ~」
何とか、眠い目をこじ開けたら、目の前に輝くような銀髪の綺麗な人がいた。
「・・・どなた、さま?」
目覚めたばかりの動きの悪い頭で考えてみたけれど、自分の知っているリストにはいない人だった。
「グッ、クククッ、」
声をかみ殺すように綺麗な人は笑った。
女性かと思っていたけれど、声の感じから男性であることが分かって、こんな綺麗な男性もいるんだなぁ、とぼんやり考えて、ハッとした。
「あっ、ライアット殿下!」
起き上がり、大きな声で呼んだ。
すると、殿下は吹き出すように笑った。
「そうだ。いかにも、私がライアットだ。来訪者ナツ」
初めての対面に、どう答えればいいのか分からなくて、
「こ、こんにちは」
と言うと、殿下にまた笑われてしまった。
馬車を降りて、護衛の為に一緒に来ていたクリスとアーロンと共に、案内されながら歩いていると、周りから羨望の眼差しが飛んできた。
護衛の2人のルックスも、ルイほどではないけど、なかなかなものだったから、そっちかな、と思って見たけど、見ているのはやはり私だった。
(ここの人達って、みんな美男美女揃いだもんなぁ・・・)
自分が珍獣になったような気がして、日常に戻って来たんだと改めて思った。
殿下を見ると、時折、口を押えている。
誤魔化しているけれど、あれは絶対笑いを堪えている、と思った。
(ナニがそんなに可笑しいんだろ。寝起きだったし、顔、ヘンだったかな)
気になりながら、暫く歩いた後、大きな部屋に案内された。
ふかふかな絨毯に重厚感のあるカーテン、高い天井から吊り下がる金装飾のシャンデリアに荘厳で豪華な家具など、全てにおいて格式の高さを感じさせる部屋だった。
部屋に入るなり、殿下は待ちかねたように話し出した。
「君は乗っていて、見ていないから平然としていられるんだ。なかなかに見物だったぞ。魔法陣が隙間なく張られた馬車とは。しかも、これ見よがしに見せながら走ってくるなど、ククッ、本当に、あれで街中を走って来たのか?面白過ぎる、」
どうやら殿下は馬車のことで笑っているみたいだ。
でも、ルイが私の為にしてくれたことだと思うと、どんなに見た目が悪くても、私は気にしない。
だけど、殿下に悪く思われるのは良くないと、ルイの名誉の為にもちゃんと説明しようと思った。
「あれは、ルイが私の安全の為にしてくれたことなので、」
「だから、面白いんだ」
最後まで言い終わらないうちに言い返された。
しかも、面白いって、どういうこと?
「副隊長の策略なのではないでしょうか。仕掛けている間、もの凄い気迫が籠っ・・・・・、いえ、何でもありません」
「途中で止めるなよ。結局、言ってるのと同じだろ」
アーロンがボソリと言うと、クリスがアーロンの肘をコツき、小声で言った。
「うん、うん、そうか。ワザと、ということだな。色恋に興味のなかった、あのルイスが、やっと人並みになったんだな」
しみじみと感じ入った様子で話す殿下に水を差すようで聞けない。
「見えていたらダメなんですか?」
仕方なく、私は後ろの2人に小声で聞いた。
「魔法陣は基本、トラップです。相手に見えないように仕掛けなければ意味がありません」
「そ、そうなんですね」
私の質問にクリスが答えてくれた。
「魔法解除が私の魔力だけ、というのも、そういうことだな」
「恐らくは。殿下がおられれば、誰も手は出せませんので」
アーロンが答えると、殿下は楽しそうに顔を歪めた。
「なるほど。あれはひとえに、独占欲ということだな。本当に面白いな。来訪者ナツを自分のモノだと周囲に見せつけ、あまつさえ、他の者を近づかせない、とは」
また殿下は笑い出した。
王者らしい、朗らかな笑い。
兄弟とはいえ、いつも不機嫌だったライアン王子とは雲泥の差で、風格の違いさえ感じられた。
「堅物で有名だったルイスが、ここまで変わるとは。やはり君は英知の持ち主だな」
急に矛先を向けられ、固まってしまった。
すごく盛り上がっている殿下だけど、私からすると、いったい誰の話をしているの、と思ってしまうほど、ぜんぜんピンとこない。
それどころか、私が英知で惑わしたみたいに言われて、返す言葉が見つからない。
「なんだ、まだ告白はされていないのか?」
固まる私の反応を、違う風に解釈された。
「ここまで、あからさまにしておいて、まだ伝えておらぬとはルイスのヤツ、」
「恐れながら、殿下。もう少しデリカシーが必要かと思われます」
クリスが遠慮気味に言うと、殿下は虚を突かれたように驚いた顔をした。
「ククク、確かに。申し訳なかったな、ナツ」
「いい、いいえ。そんな、」
殿下に恋バナ的なことを振られるとは思ってなくて、驚きと恥ずかしさで顔が熱くなった。
「私にとってルイスは、部下でもあるが友でもある。これまで、彼のこういった話を聞いたことがなくてね。つい、興味をそそられてしまった。本当に気持ちがこれほど揺らぐとは、自分でも驚きだ。さぁ、ナツ、座ってくれ。立ち話で、申し訳なかったね」
殿下はソファに座り、私も促されて向かいのソファに腰を下ろした。
「私が言うのもなんだが、彼はとても優秀だ。夢中になると、のめり込み過ぎるというきらいもあるようだが、それもまた恋の執着というものだろう。これから大変だろうが、よろしく頼む」
何気に、過ぎる、という言葉を強調して言われた。
それに、ルイが私をすごく好きみたいに言われて、嬉しいやら恥ずかしいやらで困惑する。
でも、美しい男性から向けられる笑みというのは、それだけで圧があって、ただ頷くしかできない。
「殿下、我々はこれで失礼致します」
クリスとアーロンが片手を胸に頭を下げて、言った。
話が変わり、内心ホッとした。
「戻るのか?」
「はい。その前に検死結果を確認してから戻ります」
「一足先に、遺体を運び込ませていたな」
「はい。ですので、結果はもう出ていると思います。死因は十中八区、」
「遺体?」
思いがけない言葉に、思わず聞き返してしまった。
森の中で倒れていた沢山の男達の映像が脳裏に浮かんだ。
(あの時は、何も気にしてなかったけど・・・)
私自身も危機的状況だったとはいえ、誰かが亡くなっていたかもしれない、という考えは思い浮かばなかった。
「誰か、亡くなっていたんですか?」
「はい。銀髪の無効魔法を使う男性が、」
「エッ!」
ビックリして、立ち上がってしまった。
「ジーク?ジークが?ケガ、そんなに酷かったんですか?」
詰め寄るように近づくと、クリスは驚いて体をのけ反らせた。
「ケガが致命傷ではありません。恐らく、魔力の枯渇かと思われます」
「魔力の枯渇?魔力がなくなっただけで、どうして、」
「魔力はその者の命と強い結びつきがある。体力と同じだ。疲れれば休めば回復するが、疲れ過ぎると死ぬ。魔力もそれと同じだ」
私の疑問に、後ろから殿下の言葉が飛んできた。
(死んでしまうほど魔力を使っていたの?)
私が木場まで走っていた間、マティリスは戦ってくれていた。
それに対抗するジークは、アルドに操られて魔法を使っていたのかもしれない。
命を削らなければいけないほど戦っていたなんて、不条理な争いに虚しさが込み上げる。
「特別な感情を抱くほどの間柄だったのか?」
振り向いて見ると、冷たく感情が読めない顔をした殿下と目が合った。
「違います。そんなんじゃないです」
私は首を振って否定した。
「でも、昨日、危ないとこ助けてくれたんです。魔石だって探すのを手伝ってくれたし、彼らの望む未来の話も聞かせてもらった。それなのに、あんまりにも急で」
友達とは違うけど、それでも気持ちを通わせた時間があった。
そんな人が死んだと聞いて、悲しくないわけがない。
「ルイスには、君には何も伝えず、すぐに休めるようにして欲しいと言われていた。思いがけず興味をひかれて、君にはここまで来てもらったが。ある意味、それは良かったのかもしれない」
話が見えなくて、私はドキドキしながら殿下を見た。
「君に選択の機会を与えようと思う」
「選択?」
殿下の冷ややかだけど、真っ直ぐな瞳が向けられた。
「そうだ。君のこれからのことだよ、ナツ。ルイスは君を大切に閉じ込めておきたいようだけど。君は、どうしたい?ここに来るまでは、市街で暮らしていたのだろう。また、同じ日常に戻りたいと思っている?それとも、このまま王宮で暮らしたい?どちらだ」
そんなの、答えは決まっている。
でもそれは以前の私なら、って話で。
今は・・・
それより、なんでいきなり、こんな事聞かれるんだろう。
「今の話とジークの死は、関係あるんですか?」
「ん?あぁ、関係あるかないか、それを含めての選択だよ」
殿下は、目を細め腕を組んで私を見た。
私は小さく息を吐き、またソファに座って殿下と向き合った。
(殿下の真意は何なのだろう)
分からないけど、殿下とルイスの考えは違うというのだけは分かる。
でも、マリーナさんの言ったように、殿下は貴族の頂点の人だ。
選択したら、間違いなく現実になると思う。
なら、間違えるわけにはいかない。
「考える時間を頂けませんか?」
「懸命だな」
ついさっきまでの殿下と同じ人とは思えないくらい、冷たい表情。
(というか、顔に表情がないんだ)
背筋がヒヤリとした。
殿下が顔を向けるとメイドが歩み寄ってきた。
「部屋を用意してある。ゆっくり眠り、決めてくれればいい」
冷たい表情からは、これ以上話すことはない、と言われているみたいで、私はそのメイドの案内のまま、部屋を出た。
「何か、言いたげだな。2人とも」
殿下の言葉に、クリスとアーロンは背筋を伸ばした。
「私としては、自発的に協力して欲しいと思っているんだよ。強要するとルイスが怒るだろう」
それを分かっていながら、というような顔を2人はした。
「マティリスの話から、彼女は巻き込まれただけだと思っていたが、そうでもないようだ。あちらとどのくらい繋がりがあるのか分からないが、糸口があるなら掴んでおきたい。今回の事は、我々が考えていたものと違う局面を向かえているからな」
殿下は背もたれに体を預けた。
「恐れながら、殿下」
「なんだ」
殿下は目だけを動かしてクリスを見た。
「ナツ様は、レッド・ウィドウと関わりがあると、お考えなのですか?」
「分からん。仮にあったとしても、彼女自身も知っていないだろう。ジークが死に、イゴは行方不明、アルドは瀕死状態という、あまりにも情報が少ない。
肝心のユースフェルトもイゴに取り込まれたまま、その後は分かっていないし。少しでも可能性があるなら、掴んでおかねばなるまい。
それと、ルイスには、無事に送り届けた、とだけ伝えておけ。アイツの時間魔法でも手がかりが掴めない現状だ。考えているヒマもないだろうが、今は探索に集中しろ」
「はっ」
クリスとアーロンの2人は、カッと踵を鳴らして姿勢を正し、敬礼した。




