46話
46
「ナツ様は、どうして、王族になりたくないんですか?」
「え?」
自分の思いに沈んでいるとマリーナが聞いてきた。
「いいじゃないですか、王族。貴族の頂点ですよ」
何気ないマリーナの言葉。
普通に考えれば、いい事なのかもしれないけど、受け入れてしまったら、ますます自分がダメな人間になってしまう感じがする。
「私には何もないのに、そんな立場になれません」
「えー、そんなことないですよー。来訪者なんですから」
マリーナの言葉は、本当のことで悪気もないんだろうけど、私には差別的に聞こえた。
「・・・それに、王族の人って、力で人を従わせようとするじゃないですか。あれ、私、嫌なんです」
「それは、まぁ、そうじゃないですか?上の身分の方なんですし」
話を変えようと別の理由を言ったのに、この世界の当然の考え方に嫌な気持ちになった。
「王族の威厳は権力の強さですから」
隣から、イルマが補足するように言ってきた。
確かにそうかもしれないけど、なんだか納得できない。
「威張ったり、偉そうにするのが威厳なの?」
「そうではありません。王は国を良くし、守っています。その力に私達は、敬意をあらわしているのです」
「マレージア妃やライアン王子を見ていると、そうは思えない」
私の強い口調に、3人は顔を見合わせた。
「今回、色々ありましたから、そう思われても仕方ないと思います。ですが、マレージア様は王族の女性にしか出来ないことを、されておられると思います」
(ウソッ。毎日、ドレスをとっかえひっかえ着飾って、偉そうにしてるだけじゃんっ)
イルマの言葉に、口には出さなかったけれど顔が歪んだ。
「お茶会を開いたり、手紙を送ったり、貴族との関係を良く保つ為に動いておられたと思いますよ」
ミラルーデが向かいから、フォローするように言った。
だけど、私から見れば、マレージア妃は毎日遊んでいるようにしか見えなかった。
「これは、わたくし達、貴族も同じなのです」
控えめ気味にミラルーデはそう言うと、曖昧な笑顔を浮かべた。
「そう、誰と誰が結婚する、なーんて情報はいち早く知っておく必要がありますもの」
横からマリーナが、トゲのある言い方を零した。
「どういうこと?」
「力のある貴族同士が結婚したら、勢力バランスが変わってしまいますから」
貴族の結婚に、そんな要素があるとは知らなかった。
磐石のように見えている日常も、微妙なバランスの上に成り立っているんだと気づかされた。
「ですから、貴族女性の一番の仕事といったら、やっぱり、優良男性と結婚することです」
続けてマリーナが、強く言った。
「もー、マリーナ。言葉がすぎるわ」
「でも、本当でしょ。私は、それが嫌で騎士になったんだから」
ミラルーデは、仕方ない、とばかりにマリーナを見返した。
「そう、なんですか?」
思わず聞き返してしまった私に、マリーナは大きく頷いた。
「お金にものいわせて、すっごい歳の離れたジジイとの縁談話が来たんです。でも、うちは力の弱い貧乏貴族だから、断るなんて出来なくて。それで、逃げるように騎士になったんです。もともと、騎士の道も考えてはいたんですけどね。魔力だけは強いので。でも、結婚って商売みたいなものだから、そういうこともあるってことですよ・・・・・だ、か、ら、私は、副隊長をゲットしたいのよっ」
グッと拳をあげてマリーナが言うと、ミラルーデとイルマの2人が笑いを浮かべた。
「貴族の人は、好きな相手と結婚できないんですか?」
「出来ないわけでは無いですが、難しいということです。貴族の結婚はお互いに条件の良い相手を選ぶのが基本ですから」
私の言葉に、イルマが答えてくれた。
「じゃぁ、アリアナさんとルイは、」
不意に、気になっていた2人の名前が口から出た。
「ア、リアナ? って、ポーリエル伯爵令嬢のことですか?」
イルマの言葉に私が頷くと、3人は驚いた顔をした。
「どうして、いきなりアリアナさんの名前が?」
「ルイ?って、アリアナさんの婚約者だった副隊長のことですか?」
ミラルーデとマリーナが同時に声をあげた。
アリアナさんがルイの婚約者であることは知っていたけれど、改めて別の人から聞かされると胸にグッとくるものがある。
「そんな、気軽に名前を呼ぶって、ことは、その、ナツ様と副隊長とは、」
「副隊長は、ナツ様の大切な方なのよ」
マリーナの動揺に、イルマが私の代わりに答えてくれた。
「大切な?って、えーっ!早く言ってよっ、イルマ。ナツ様、申し訳ございませんっ。私、知らなくて!」
マリーナが、急に立ち上がって頭を下げてきた。
「ち、違うわよ、マリーナ。副隊長がナツ様のお命を救ったことがあって、それでナツ様にとって、心の支えになってるって話よ」
焦って答えるイルマに、微妙な感情の渦が胸の中に沸き上がった。
「はぁ〜、なんだもう、ビックリしたじゃない。あぁ、良かった。ナツ様相手じゃ勝ち目ないんですもの」
ホッとしたマリーナはストンと座った。
「・・・どうして私だったら、勝ち目がないの?」
「えっ、だってナツ様は、王族の方じゃないですか」
さっきまで、あんなにルイをゲットしたいと息巻いていたのに、王族、と聞いてすぐに言葉を変えたマリーナ。
胸の中の渦が大きく膨らんだ。
「身分は、大切なんですよ。ナツ様のおられた世界では違ったかもしれませんが、こちらでは王族に連なる方を差し置いて、無理に進めることは絶対にできません」
イルマの言葉やマリーナの話を聞いて、疑問の答えを見つけた、と思った。
アルドがあんなにこだわっていた身分。
私は、わかっているつもりでいたけど、本当の意味でわかっていなかった。
この世界では、空気と同じくらい、身分というものが当たり前に存在している。
その身分の中で、私は今、頂点にいる王族と同じ立場。
ルイが、どうして私を好きになったのか、じゃなくて、王族と同じ立場の私だから好きと言ったんだとしたら?
死に向かおうとしていた微妙なタイミングだった私の命を守るために、あえて、そう言ったんだとしたら?
そう思うと、いろんなピースがピタピタハマっていくような感じがする。
特務隊のエースで凄腕の魔法騎士のルイが、何も持たない、自分のことしか考えていない私なんかを、好きになるはずがないじゃない。
ルイの好きと私の好きは、同じじゃない。
「ところで、ナツ様?何故、アリアナさんのことを?」
イルマの声にハッとした。
「お顔が。ご気分、悪いですか?」
イルマの言葉に2人が慌てたように、立ち上がり私のそばに来た。
きっと酷い顔をしているんだろうと、自分で分かるくらい顔が強張っている。
気遣ってくれる3人に申し訳なくて、顔を横に振って答えたけど、声を出せない。
今、口を開いたら、涙も一緒に溢れ出てしまいそうだ。
コン、コン
軽いノックの音がして、イルマがドアに向かった。
誰が来たのかなんて、私には分かっている。
でも、今の気持ちのまま顔は合わせづらくて、普通を取り繕おうと深く息を吐いた。
「どうしたっ、ナツ!」
声が真横から聞こえて見ると、ルイの顔が間近にあった。
「顔色が悪い。休んでいなかったのか?」
小さな台車の中とはいえ、入口からここまでの距離を思うとあまりに早いルイの登場に二の句が継げないでいると、ルイは立ち上がり3人に向かって言った。
「お前達、ナツに何をしたんだ?大変な状況の中、疲弊している彼女に何をしたっ」
落ち着いた声音だけれど、ビリッとした威圧のある強い言葉に緊張が走った。
「ナツを休ませるようにと言った筈だが、この状況はなんだ。しかも、2人は周辺の警戒任務中のはずだ。無断で持ち場を離れ、あまつさえ、私物を持ち込み、」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って、ルイッ」
しがみつくように、ルイの服を掴んだ。
イルマ、ミラルーデ、マリーナの3人は、今にも卒倒しそうなほど蒼白だ。
「私がお願いして、お茶会を開いてもらったの。だから、怒らないで、ルイ」
「は?」
予想外だったのか、ルイは私の言葉に驚いた顔をした。
「体も服も、魔法で綺麗にしてもらったの。ほら、切られた髪も可愛くアレンジしてもらったのよ」
「あぁ、・・・本当に、」
大きな手が、そっと私の髪に触れた。
目を細めて私を見下ろす、その顔が作り物の仮面だなんてとても思えなくて、私は顔を伏せた。
「すごく楽しいお茶会だったの。こんなの始めてだったから、本当に嬉しくて。ミラルーデさんが入れてくれた紅茶、すっごく美味しかったし、マリーナさん一押しのチョコサブレも絶品だった。だからね、無理を言ってお願いしたのは、私なの。ごめんなさい」
どうしたんだろう、涙が滲む。
もっとシャンとしないと、みんなに迷惑がかかっちゃうのに。
「そうか」
ルイの温かな手が頭の上にのせられた。
「だか、無断で持ち場を離れたことは、許されない」
ルイの静かな声音が響いた。
誰もが、叱責を待つように息を呑んだ。
「来訪者ナツの介抱に加わるというならば、事前に報告しなければダメだ。どんな任務であれ、与えられた仕事は、最後までやり遂げる責任があるはずた」
私を含めたみんなが、唖然とした。
「申し訳ございませんでしたっ」
でもすぐに3人は、背筋を伸ばし騎士らしく頭を下げた。
「今後、このような事のないよう気をつけろ」
「はい」
「まだ、周辺の警戒及び捜索は続いている。2人はすぐに持ち場に戻れ」
「はっ」
ミラルーデとマリーナは、カツッと踵を鳴らして敬礼し、私に軽くウインクを飛ばして足早に出て行った。
「これは、君が?」
2人を見送る私を他所に、テーブルの上を眺めてルイがイルマに言った。
「はい、私の浅はかな考えから行ったことです。どうか彼女達には、」
「いや、ナツの治療だけでなく、楽しい茶会を開いてくれたようで感謝する」
「えっ、いえ、とんでもございません」
「しかし、私物持ち込みとは、ククッ、俺も昔、よくやったなぁ」
恐縮しまくっていたイルマは、可笑しそうに笑うルイを目を丸くして見た。
「副隊長が、ですか?」
「ああ、だがこれは、アイツらには内緒にしておいてくれ」
「は、い」
大事にならずに良かったと、ホッとしてルイとイルマのやり取りを見ていたら、
「七海、馬車の用意ができた。王都へ帰ろう」
そう言って、ルイが私を抱えあげた。
「わっ! ルイ、私、歩けるからっ」
慌てて言う私の言葉なんか聞こえていないかのように、
「少しの間、眠っていてくれ」
ルイが私を見て言った。
(この状態で?ムリでしょ)
抱き上げられた状態で、見つめあったまま無言の時間。
あまりの恥ずかしさに、だんだん顔が赤くなる。
「い、いつまで、あ!目を閉じないと、寝れないよね・・・」
って、寝れるわけないじゃん!
「眠く、ならない?」
「今は、流石に」
イルマが見ていると思うと、羞恥に身悶えしそうな私に対してルイは、真顔で私を見ている。
もうダメだ〜、と降参しようとしたら、
「七海、馬車に着くまで、目を閉じていてくれ」
すごく真剣な顔をして言った。
「君は、いつでも急患に対応できるよう待機」
イルマにそう言うと、そのままルイは台車を降りた。




