45話
45
「さぁ、どうぞ。本当に紅茶で、よかったですか?」
私の前に置かれたカップに、ミラルーデが紅茶を注いでくれた。
「はい、ありがとうございます」
ミラルーデとマリーナの2人が、私の為に紅茶とコーヒーの両方を用意してくれていたので、みんなでお茶会をすることになった。
マリーナはコーヒーをいろいろ勧めてくれたけど、悩んだ末、私は紅茶をお願いすることにした。
本当は気持ち的にコーヒーが飲みたかったけど、それはルイの淹れてくれたコーヒーというのが一番重要だから、すっごく申し訳なかったけど、お断りした。
立ち昇る紅茶のいい香りに、自然とカップに手が伸びる。
白い光沢のある取っ手のないマグカップのようなカップを持ち上げると、
「軽っ」
予想以上に軽くてびっくりした。
「それは、木で出来ているんですよ」
「え?」
「今回のように遠方へ行くときに、持ち運びしやすいように木のカップを使っています。割れる心配もないので。騎士団の移動時には全て、木の食器が使用されています」
「そうなんですね」
隣に座るイルマが説明してくれた。
手の中のカップをまじまじと眺めながら、でも、紅茶の誘惑に勝てずにコクンと飲んだ。
「あぁぁ、おいしい~」
暖かい紅茶が口内から喉へ胃へと、全身に広がっていく感じがする。
「これは、うちで採れた紅茶なんです。ほのかな甘みと芳醇な香りが特徴で、果実やワインにも似た香り、なんて言われているんですよ」
「うん、ほんと! 鼻にぬける香りに果実感、感じる~」
「よかったです! 体を温める効果もあるので、ゆっくり楽しんでくださいね」
私の反応が良かったのか、ミラルーデはすごく得意げに、嬉しそうに説明した。
「お待たせー。見てみてー、これ」
ノックの音がしたと思ったら、すぐにマリーナが入って来て、手に掴んでいた箱を両手で前に突き出した。
「やだ、シャンティーのクッキーじゃないっ」
「ふ、ふ、ふー、どう?、どうどう?」
ミラルーデに近づき、目の前で見せた。
「あ、チョコサブレ!」
「そうなのよ、そうなのよー。パーティーで、ぜんっぜん食べられなかったからー、お腹減っちゃって、こっそり持ってきちゃったのー」
全く悪びれることなく、両腕を小さくグルグルさせながら嬉しそうにマリーナは言った。
そんなマリーナを見て、
「ほーんと、マリーナらしいわ」
「急いで出て行ったと思ったら、これを取りに行ってたのね。今回の任務、結構シビアだったのに。ワンピースのことといい、マリーナってある意味、最強だわ」
ミラルーデとイルマの2人は、呆れながら答えた。
「ナツ様も、食べてみてください」
どうぞどうぞ、と言って、4人が座る小さなテーブルの真ん中にマリーナは置いた。
箱の中に丸い銀紙が並んでいる。
3人がニコニコしながら私を見ているのを見て、これは私が食べないと進まない状況だ、と思って、1つ取って紙を広げた。
コロンとした小ぶりな丸いチョコサンド、手に持ってサクッとかぶりついた。
「んー、うんうん、おうひぃー」
口から零れそうで、感想は上手く言えなかったけれど、私の顔を見て3人とも、そうでしょー、と言わんばかりの顔になった。
噛むほどにチョコの苦味と中のキャラメルの甘さが口の中で合わさって、すごく美味しい。
ナッツの触感もほどよくあって、香ばしさが後を引く。
「このお店のチョコサンド、すっごい人気なんですよ」
「わかる~。すごく美味しいもの」
「ですよね、ですよねー。どうぞもう1つ、食べてください」
マリーナが箱から2つ取って、1つを私に手渡してくれた。
「んー、美味しい! ここのキャラメル、絶妙よねー。とろっとしてて」
「来月だったかな? チョコサンドの新商品出るって、知ってた?」
「ホントに?」
ミラルーデとイルマの何気ない会話。
目の前には、美味しい紅茶と美味しいお菓子。
(こんな時間が自分に訪れるなんて、ウソみたい・・・)
信じられない気持ちで、3人を見た。
さっきまでの出来事や今まで自分が生きてきた日々を思うと、すごく不思議な空間にいるような感じさえしてくる。
ルイが迎えに来たら終わってしまう夢のような時間。
(少しでも長く続きますように・・・)
祈るような思いで思った。
「ナツ様、紅茶のおかわり、いかがですか?」
「あ、はい。いただきます」
向かいに座るミラルーデが、新たにカップに紅茶を注いでくれた。
「そうだ、ナツ様。今度、一緒にシャンティーに行きません?このお菓子のお店」
「カフェがあるから、そこで食べるのもいいんじゃないかしら」
思いついたようにマリーナが言うと、イルマが賛同した。
「えっ、でも、私は・・・」
「だいじょーぶ、です。魔法騎士のわたくしに、お任せくださいませ」
躊躇する私に、マリーナが片手を胸に当て、茶目っ気たっぷりに言った。
「マリーナだけでは心配ですので、わたくしもご一緒しますわ」
「えー、どういう意味よー」
「調子にのったら、あちこち火の海になっちゃうでしょ。火消し役は必要よ」
「街中で魔法を、使うわけないでしょ」
「どうかしら?」
「ちょっと、ミラルーデ!」
「もー、いーじゃない。楽しく、みんなで行きましょうよ」
マリーナとミラルーデの会話にイルマが、なんでいつもこうなるの?仲がいいんだか悪いんだか、とブツブツ言いながら割って入った。
(現実的に無理だろうなぁ)
彼女達の話を聞きながら、私は思った。
どこまで本気で言っているのか分からないけれど、世間での来訪者の認識は珍しい生き物だから、この姿のまま外に出たら大変なことになってしまうだろう。
私がこれまでいろんな目にあってきたことを彼女達は知らないから普通に誘ってきたんだろうけど、でも、こんな風に誘ってもらえるのは本当に嬉しい。
(んー、あ、そうだ! その時だけルイにお願いして髪の色を変えてもらったら行けるんじゃない? って私、若い子の服を持ってないわ。その為だけに買うなんて、もったいないしなぁ)
と思って、自分が行く前提で考えていることにビックリした。
「じゃ、シャンティーでも、紅茶を飲みましょうよ」
ミラルーデが言った。
「どうして?」
「シャンティーの紅茶は、うちの茶葉を使ってるんですー」
「ホントに?」
「知らなかったわ」
「うちの茶葉って、作ってるんですか?」
今、飲んでいる紅茶のことも同じように話していた、と思って聞いてみた。
「はい。うちの領地の唯一の特産品なんです」
「領地?」
驚いて、言い返してしまった。
「ミラルーデは、リュース領を治める伯爵家なんですよ」
「他の方々からすれば、小さな領地ですけど。紅茶の茶畑には自信があります」
マリーナの言葉に謙遜するように言いながらも、でも紅茶に対しては胸を張って答えた。
「伯爵って、貴族、さま? え、じゃ、マリーナさん、イルマさんも?」
「はい」
「そうです」
2人とも、不思議そうな顔をして答えた。
「えー!ホントに?!」
私が貴族と聞いて連想するのは、セデルグレーン伯爵やユースフェルト公爵、ひいてはマレージア妃にライアン王子といった、やたらと身分というものを重要視して、上から高圧的に見下してくる人達だ。
それに、職についたり騎士になるなんて、労働するイメージが全くなかったから、彼女達が貴族なんて思いもしていなかった。
「騎士団に入ってる人は、全員貴族ですよ。魔力量を思えば、そうなってしまうみたいなので、当然と言えば当然なんですけど」
マリーナの、全員貴族、という言葉にまた驚いた。
(えー!めちゃくちゃ普通に喋ってたけど?)
そう思って、慌てて頭を下げた。
「すみません。ものすっごい失礼なことしてました。私、皆さんが貴族の方だって知らなくて。本当に、申し訳ございませんでした」
「えっ!」
「エッ?」
「ナ、ナツ様?」
3人は驚きの声を上げた。
そして、次の瞬間、可笑しそうに笑いだした。
「もー、驚かさないでください」
「そうですよー。ナニを言い出すのかと、思ってしまいました」
「ナツ様はわたくし共よりも上の王族に連なる立場のお方。心配されなくても、大丈夫ですよ」
「えっ、私、王族じゃないですって、あー、じゃなくて、ないです」
そう答えると、3人はまた顔を見合わせた。
「誤解があるようなので、お話しさせて頂きますね。ナツ様が異世界から来られた来訪者様である以上、この国では王族と同じお立場になります。ご自身で否定されても、それは変わることはございません」
イルマの衝撃的すぎる言葉に、ビックリしすぎて声が出ない。
(私が王族?んなバカな。来訪者は英知を持っているから、だからでしょう。だったら、何も持ってない私が王族なワケないじゃない)
欲しくもない褒美を無理やり押し付けられているような、そんなイヤな感じがした。
「わ、私・・・英知を持ってないんです。何も持ってない。だから、王族なんて、おかしいです」
彼女達に言っても、仕方ないのは分かっている。
でも、言わずにはいられない衝動があった。
そんな私を3人は黙ったまま見ていた。
「来訪者様の住む世界は、こちらの世界を遥かに凌ぐ進んだ世界である、と言われています。ですから、そこから来られた方は大切に保護しなければならないと、そのように、ここでは決められています。ナツ様は、元の世界とこちらの世界、比べてみて、どう思われますか?」
否定的な言葉が返ってくると思っていたのに、イルマが普通に話をしてきたので、少し面食らってしまった。
「・・・確かに、いろいろと、違い過ぎて驚いたけど」
「それは、こちらとは違う進んだ事柄を知っておられる、ということではないでしょうか。ナツ様は英知を持っていない、と仰いましたが、もしかしたら、お気づきでないだけかもしれませんよ」
そんな風に考えたことがなかった。
自分は来訪者という肩書ばかりで、中身のない人間のように思っていたから、周りから奇異の目で見られるのも、羨望の目で見られるのも、どちらもすごく嫌だった。
(こんな私にも、何かあるっていうの?)
突然、心の中に一筋の光明が差し込んできたような感じがした。
と同時に、この世界に来た時、セデルグレーン伯爵からあからさまに向けられた落胆の表情が頭に浮かんだ。
(そうよ、マレージア妃に言われたウソもあるんだから、簡単に信じることはできないわ)
そう思うのに、心の中の光を消し去ることができない自分がいた。




