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44話


「先ほどは失礼いたしました、ナツ様。改めまして、ご挨拶申し上げます」


 ミラルーデが片手を胸に、綺麗な所作で腰を折ると、マリーナとイルマも同様に腰を折った。


「わたくしは、カロルス騎士団第5部隊所属のミラルーデ・リュースです」

「同じ部隊に所属しております、マリーナ・ロイルです」

「わたくしは、治療部隊所属のイルマ・エステワです」

「大変な状況にあったと聞いております。よくご無事で戻られたこと、心よりお喜び申し上げます」


「ちょ、ちょっと、待ってください」


 さっきとは打って変わった3人の態度に驚いて、ミラルーデの言葉を遮った。


「私なんかに、頭を下げないでください」

「ですが、ナツ様は王族のお方ですので」

「いえいえいえいえ、王族じゃないです、私」


 手を大きく振って全否定した。

 3人は顔を見合わせ、


「王宮でお暮らしだと、聞いております」


 マリーナが私に言った。

 マレージア妃のところに閉じ込められていたとはいえ、外ではそういう認識なんだ、と驚いた。


「私は、王宮で暮らしませんし、王族になることもないです。なので、もっと普通に話してもらえませんか? さっきみたいに」

「先程は本当に、申し訳ありませんでした。本物の来訪者様に、会えるなんて思ってもおりませんでしたし、その黒い瞳も、こんなに間近で拝見することになるとは思ってもいませんでしたので、その、少し、取り乱してしまいました」


 じっと見て来るマリーナに、私は目をしばたたせた。

 そういえば、王城へ初めて行った時も、こんな羨望の目で見られたのを思い出した。


「そんなに、珍しいんですか?」

「はい。黒い瞳の人は、他におりません。黒い髪もそうですが、黒い瞳は来訪者の証。それこそ、唯一無二です」


 そんな大袈裟な、と思ったけど、彼女は私個人ではなく、来訪者としての私を見ているんだ、と思った。

 誰も私を見ていない、誰も私を認めてくれない、私はいつも1人、という思いが頭に浮かんだ。

 少し前まで、ずっと思い続けていたことなのに、ずいぶんと久しぶりのように感じられる。

 それと同時に、来訪者に対するそのバカみたいな固定観念は誰がつけたんだろう、と思った。

 私は来訪者だけど、特別な英知なんて持ってない。

 過去にどれだけの来訪者がこちらへ来たのか知らないけど、誰もがそんなもの持っているとは思えない。

 生活の基盤レベルがあっちとこっちで違うから、それを英知なんて言ってるだけなんじゃない、と私は思う。


「私を、特別扱いしないでください。様付けも、しないでください。私は、普通の人だから・・・こちらでは、身分があるじゃないですか。あっちでは、町に住む市民、平民だったんですよ、私」


 3人は顔を見合わせて、立ち上がった。


「ナツ様が、そうおっしゃるなら。出来るだけ普段通りに、話をさせていただきますね」


 ミラルーデがそう言ってくれたけど、言い方は変わっていなかった。

 すぐに話し方を変えるなんて、無理なのは分かっている。

 でも、拒否ではなく、こっちの気持ちを少しでも汲んでもらえたのが嬉しかった。


「それでは、ナツ様。体を綺麗に洗いましょう」


 さっき2人が持ってきた、水の入ったバケツ。

 これで顔を洗うのか、と立ち上がって見たけど。


「体を、洗う?」


 疑問が、そのまま口から出た。


「はい。私の水魔法で、ナツ様の体を洗います。

その後、マリーナの火魔法で体を乾かしますね。

その前に、マリーナ」


 ミラルーデがそう言ってマリーナを見ると、マリーナはバケツに手をかざし、足元に魔法陣が広がった。


「魔法!」

「マリーナは火魔法の使い手です。水を温めてもらいました」


 バケツの水から湯気がたっている。


「すごいっ」

「ナツ様は、こちらに立っていて下されば大丈夫ですので、ご安心ください」

「はぁー」


 只々、驚きしかない。

 魔力のない私からすれば、魔法なんだけど、本当に魔法のような仕業だ。


「2人は、魔法騎士でもあるんですよ」


 驚く私に、イルマが教えてくれた。

 ルイも魔法騎士だ、と聞いたのを思い出した。


「騎士団の人は、みんな、魔法騎士なんですか?」

「いいえ。騎士団所属の者は誰でも魔法は使えますが、魔法騎士を名乗れるのは、特別に称号を与えられた者だけです」

「すごいんですねー」

「実力あっての称号、というところですね」


 こんな美人なのに魔法の実力もあるなんて、本当にすごいと思った。


「イルマさんも、魔法騎士なの?」

「いいえ。私は騎士ではないので、違います」


 知らないことだらけだ。

 この世界に来て3年ほど経つけど、ルイと知り合ってからのこの数ヶ月で知ったことの方がはるかに多い。


(自分の身を置く場所で、こんなにも違いがあるのか)


 そう思いながら、ふと、アルドが激怒して言っていた、身分で差別される、ということが少し分かった気がした。


(ここでは、身分によって生き方、暮らし方が違うんだ)


「ナツ様、どうぞ、こちらへ」

「あ、はい」


 ミラルーデに促され、前に立った。

 ミラルーデの両手がバケツの上を舞うように閃くと、足元に魔法陣が広がり、バケツからたくさんのシャボンが沸き上がり、浮かび上がった。

 ライトの光に輝くたくさんのシャボンは、幻想的ですごく綺麗だ。


「わぁ~。ワッ」


 感嘆の声が零れた次の瞬間、たくさんのシャボンが一斉に襲いかかるように私に密着してきた。

 袖や足から服の下に入り込んだシャボンが、私の肌の上をころころと滑っていく。

 くすぐったいというよりも、マッサージをするように転がるので、すごく気持ちがいい。

 顔もシャボンだらけだけど、ぜんぜん息苦しくない。


「あぁー、気持ち良すぎです~」

「ふふ、よかったですわ。では、フィニッシュいきますね」


 ミラルーデがそう言った途端、シャボンが小さくなって膨れ上がり、渦を巻くようにして上へと転がり、髪がモコモコになった。

 小さくなったシャボンが髪や頭皮の上をマッサージするように動く。


「はぁ~」


 ヘッドスパのような心地よさに、思わずため息が零れ出た。

 パチンッ、とミラルーデが指を鳴らした。

 するとシャボンが一瞬で消えてなくなり、元のバケツの中に水が戻っていた。


「え、消えた?」

「すぐに乾かします」


 取り巻くシャボンが消え、湿った体と髪になった私を暖かい空気が包んだ。

 日だまりの中に立っているような感覚だけど、髪も服も見る見る乾いていく。


「すっごーい。魔法って、すごいですね」


 全身、お風呂に入った後のような温もりと爽快感だ。


「それでは、次はこちらに着替えましょう」


 マリーナがワンピースを手にして言ってきた。


「すごく気持ちは嬉しいですけど、着替えはいいです。

服も体も全部綺麗にしてもらえたので、これで十分です」


 全身、洗濯機に入ったみたいに体も服もキレイにしてもらえたし、それにミラルーデが折角持ってきた勝負服を私が着てしまうのは申し訳なく思った。


「ですが・・・、着替えはお手伝いさせて頂きますので、どうぞ、こちらに着替えてください」


 私の恰好がヘンだと思っているのが伝わってきた。

 おまけに、私が1人で着替えるのを躊躇しているように思ったようだ。


(そこはぜんぜん気にしてないんだけど。お貴族さまじゃあるまいし、着替えを手伝ってもらうなんて。

ワンピースなら1人でも着れるし・・・)


「大丈夫です。もう、帰るだけなんで。体を洗ってもらって、乾かしてもらって、すごく助かりました。

ありがとうございます」


 私が笑顔でお礼を言うと、3人はそれぞれに顔を見合わせ、


「でしたら、髪を結いましょう」


 イルマがそう言うと、ミラルーデが椅子へと私を促した。

 私が椅子に座るとマリーナが手鏡を持ってきた。

 受け取った鏡に映る自分の顔を見た。

 顔は綺麗になったけど、髪が散切りで毛先もそろっていなくて、思いのほか酷い状態だった。

 それをイルマとミラルーデが左右から編み込んでトップの髪を後ろでまとめて留めてくれると、鏡の中の惨めな自分が、オシャレな自分に変わった。


「わぁ!」

「うふふ、キュートですわ」

「よく似合ってます」

「すごく、可愛いですわ」


 みんなに褒めてもらえて、鏡の中でみんなと目が合った。

 みんな笑顔で、私に笑いかけてくれる。

 胸がジーンとしてきて、目が熱くなった。


「どう、されましたか?」

「お気に召さなかったですか?」

「別のアレンジにしましょうか」


 それぞれに私を気にかけて、声をかけてくれる。

 私は、あふれそうになる涙を我慢して俯き、首を何度も横に振った。

 疲れているからなのか分からないけれど、嬉しい気持ちが胸いっぱいに溢れてきて、感動してしまった。

 あっちの世界で生きていたら、本来のこの姿で、同じような年頃の女の子達とこんな時間を過ごすのは、きっと日常的に溢れていたに違いない。

 私は、こっちに来てからずっと中年女性に姿を変えて、1人で息を殺すように生きてきた。

 ルイのお陰で1人ぼっちではなくなったけど、これからも姿を変えて生きていくのは、きっと変わらないだろう。

 だから今後、こんな時間がやってくることは、もうない。

 そう思うと余計に、今のこの時間がすごく有難くて、嬉しくてたまらない気持ちになる。


「違うんです。なんか、ちょっと、嬉しすぎて。アハハ、こんなに可愛くしてもらって、本当に、ありがとうございます」


 本当にありがとう、という気持ちでいっぱいだ。


「やだ、マリーナ。もらい泣きしてんの?」

「そう言う、ミラルーデだって」

「なんだか、みんな伝染してしまいましたわね、ふふふ」


 私の本当の涙の理由なんて、みんな分かっていないだろうけど、それでも気持ちが一つになって通じ合えたような感じがして、それぞれが泣き笑いになった。


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