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42話


 夜が明けて、誰の表情も見て取れるほど明るくなった。

 見上げる空はよく晴れていて、動き始めた鳥達の声があちこちから聞こえてくる。

 でも、ここだけは、まだ夜の静寂に包まれたように、誰も黙ったまま動かない。


「その人だと、何か問題があるんですか?」


 堪りかねて、私は声をあげた。

 みんなが一斉にこっちを見たけれど、それぞれに複雑な表情をしている。

 顔を上げると、ルイも同じような顔をしていた。


「・・・彼女は、この国のポーリエル伯爵家の娘なんだ」

「あ、彼女の発明が悪い人達に悪用されちゃったってこと?」

「それは考えにくいな。機密情報として、軍部で保管されているから」

「エーーーッ! あ、それなら、ここにある武器は彼女の考えた物じゃない、ってことになるんじゃないの?」


 ルイが苦い顔をした。


「軍部で保管されているなら、何故、実際に作られなかったんですか?」


 マティリスがルイに言った。


「アリアナは、武器開発の為に考え出したんじゃないよっ」


 ルイが答える前に、アルヴァンが強い口調で言った。


「魔石の需要が増え続けるのを、何とかしたかったんだ。日増しに、魔石の価格は上がっていくし、魔石の取り合いで、もめ事が絶えないし。だから、魔石を再利用した魔力吸収を考え出したんだよ。武器にするためじゃないっ」


 アルヴァンは感情を露わにして、悔しそうに顔をしかめた。

 さっきまで、ルイの悪行じゃなくて、行き過ぎた行動?にも柔和な表情を浮かべていた彼だけに、少しびっくりしてしまった。


「アリアナさんとは、お知り合い、なんですか?」


 アルヴァンの話し方から、親しい人のように感じて聞いてみた。


「うん、同じ魔法学園に通っていたんだ。彼女は1つ下の学年だったけどね」


 なるほど、と思ったけれど、また聞いた。


「何か他に、接点があったんですか?」

「エッ! あー、まぁ」


 驚いて、アルヴァンは一瞬、ルイを見た。

 1つ下の学年、といっても学年が違えばなかなか知り合う機会なんてないと思う。

 アルヴァンからは一般的な知人というより、もっと近しい関係のように感じられて、だからまた聞いたんだけど、どうして、そこでルイを見るのだろう、と思っていると、


「当時、彼女は俺の婚約者だったんだ」


 頭上からびっくりする言葉が降ってきた。

 驚きすぎて、ルイの顔をただただ見上げるしかない。

 でもルイは、少し寂しそうな、ううん、辛そうな顔をした。


(なんで? なんで、そんな顔するのー??)


 黙ったまま見上げる私に、ルイは話し出した。


「今、使っている明かりには魔石が使われているだろう。それを初めに作り出したのは、以前いた来訪者というのは有名な話で、七海も知っているだろう。

火と違って、安全で便利だ。来訪者は我が国に英知をもたらした、と言われるが、本当にそうだったんだ。革命的な発明だった。

商品は、すぐに国内に広まり、誰もがこぞって使うようになり、国外にも瞬く間に広まっていった。

いろいろな国の人が大量に買いに来るようになって、商品の需要は増え、魔石もどんどん消費されて、値段もどんどん上がっていった。

このフロルス国には魔石の鉱山があるが、他国で採れるところがあまりなくてね。

だから、うちの独占みたいになってしまい、だんだんと周りの国との間で摩擦が増えていったんだ。

今では、値段の過度な吊り上げがないように、国同士で協定を結んでいるが、その頃は何もない状態だったから、鉱山を武力で手に入れようという、そんな危うい動きもいろいろとあったんだ」


「アリアナは魔石に代わるものも探していたんだよ。

けど、上手くいかなくて、それで、魔石を再利用できないかって考え出したんだよ。魔力吸収は他にはない、彼女ならではのアイデアなんだ」


 アルヴァンが、賛同するように言った。

 でも私の頭の中は。


(そこじゃなーい。私が聞きたいのは、そこじゃないのよー。昔、大変だったのは分かったけど、知りたいのは、どうして婚約者になったのか、っていうところなのよー)


 なのにルイは、こっちの気持ちに気付くはずもなく。


「俺も、アルヴァンもまだ学生で、アリアナと3人、よく話し合っていたな。

アリアナのポーリエル家は代々魔法の、特に魔術式に精通している家で、魔術書なども多く所蔵しているんだ。

だから、幼い頃からそれらを読んでいた彼女の知識の豊富さには毎回、本当に目を見張るものがあったよ。

俺もアルヴァンも、いつも驚かされていた」


 懐かしむように微笑むルイの顔。

 いつもなら胸が暖かくなる笑みなのに、今はなんだか、ほろ苦い。


「で、作られなかったのは、どうしてです?」


 マティリスが、切り込むように鋭い言葉を吐いた。


「あぁ、すまない。ロベール王が禁止されたんだ。俺がそれを知ったのは特務隊に入ってからだが、他国間との情勢を鑑みてお考えになったと聞いた」

「戦争を、避ける為、ですね」

「概ね、そうだろうな」

「ならば、余計にこの武器の正体を調べる必要があるな。確認ですが、アリアナ嬢の行方について、分かっていることはないんですか?」

「ない」

「了解です」


「副隊長、救助部隊が到着しました」


 会話が途切れたタイミングで、アーロンの声が響いた。

 見ると、馬に乗った人や台車が続々と近づいてきていた。


「七海、手当てをしてもらおう」


 ルイは足早に救助部隊の人達に近づき声をかけ、話をし始めた。

 私はというと、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 婚約者がいた、ということも驚きだったけど、ルイがアリアナさんのことをかなり良く思っているのが衝撃だった。

 元婚約者がすごく嫌な人っていうのもイヤだけど、すごい才女でいい人っていうのも、正直微妙だ。


(ルイに恋人がいなかった、とは思わないけど、いきなり婚約者がいた、ってどーなの。婚約者って、いつか結婚する相手ってことでしょ。それだけお互い好きあっていたってことなんじゃないの?)


 胸が、ギリッと痛くなった。

 ルイが、私以外にあの優しい笑顔を向けていた。

 ルイが、私以外にあの大きくて暖かい手で触れていた。

 そんな想像をするだけで、胸がギリギリする。

 過去のことなのに、今は違うと分かっているのに、胸の痛みがおさまらない。


(だって、あんな顔をするんだもん。嫌いで別れたんじゃないよね、きっと。行方不明って、でも、もし、再会したら?)


 そう思うと、つい聞いてしまった。


「ルイ。アリアナさんは、どうして行方不明になったの?」

「船の事故だ。ずいぶん探したんだが、見つからなかった」


 救助部隊の人と話をする中、短く教えてくれた。

 はっきりとした死という言葉を、あえて使わないようにしているみたいに聞こえて、それがルイのアリアナさんへの気持ちがまだ滲んでいるように感じられた。


 救助部隊の中を、治療部隊を探して歩くルイ。

 私を降ろしたら、すぐにさっきの場所まで戻っていくのだろう。

 使われていた武器のこと、倒れていた沢山の人達のこと、やらなければならないことが山のようにあるのだから当然だと思う。

 そんなのは分かっているけど、でも私はルイと離れるのが嫌で、でも言えなくて、ずっとルイの服を握っていた。


「どうぞ、こちらへ。すぐに回復魔法で治療します」


 女性に案内されて、着いたばかりの台車の中へ入ると人ひとりが優に横になれるスペースのある治療室になっていた。

 その中のベッドに私は腰かけるように降ろされた。

 こつん、と額に温かみを感じて目を上げると、目の前いっぱいに青い瞳があった。


「よかった、無事で」


 絞り出された言葉に、胸に熱いものが込み上げた。

 同じ言葉を一晩で二度も聞くことになるとは、思いもしなかった。


「すぐに王都へ戻れるようにするから、しばらくここで休んで待っていてくれ」


 王都と聞いて、マレージア妃の顔が浮かんだ。

 そして、ライアン王子、ユースフェルト公爵、ジークにイゴ、そして、アルド。


「あ、ルイ。イ、イゴを、探して、私、」


 体が小さく震えた。

 一晩で、いろんな事があり過ぎて、何を考えなくちゃいけないのか、何を言えばいいのか、これからどうすればいいのか、全部が分からなくなってきた。

 ただ、あの時のアルドの這うような手の感触がまだ残っていて、消えてくれない。


「大丈夫だよ、七海。大丈夫」


 ルイが、私の前にひざまずき、膝の上で強く握っていた私の両手を上から包んで言った。


「俺がいるから大丈夫。七海には、俺がいるよ」


 大きくて少し乾いた感触のルイの手はすごく暖かくて、冷たかった私の手にじんわりと沁みてくるように感じた。

 ジッと、真っすぐに私を見上げるルイの優しい青い瞳。

 金色の睫毛に縁どられた、晴れ渡る空のように青い瞳の中に、私が映っているのが見える。

 世界で一番安心できる場所、私は今そこに戻って来たんだ、と思ったら、さっきまで感じていた怖さも震えもスッと鳴りを潜め、心が落ち着いてきた。


「うん・・・、うん、もう、大丈夫よ、ルイ」


 ルイには、やらなければいけないことが沢山ある、立ち止まってなんかいられないのに、私の事を一番に気遣ってくれる。

 行かないで欲しい、そんな自分勝手な我儘もあるけれど、今は思考を止めて何も考えないでいようと思った。


「どうですか?」

「ありがとうございます。もう、ぜんぜん痛くないです」


 ルイが出て行った後、ベッドの上に投げ出すように座った足に女性が手をかざすと、赤く腫れて傷だらけだった足が、たちどころに綺麗になった。

 体の疲労はそのままだけど、傷の痛みがなくなっただけでも随分と気持ちがラクだ。

 人心地がつくと、急に喉が渇いて来た。

 あんなに走ったんだもん、と考えながら、女性に聞いてみた。


「すみません。お水、頂けませんか? どこか、取りに行く場所があるなら、教えてもらえれば自分で、」

「いーえいえいえ、気がつかず、申し訳ございません。すぐ、お持ちします」


 私の顔をジッと見ていた女性は、慌てるように走って出て行った。

 なんで、そんなに見るんだろう、と思いつつ、血が顔にかかったのを思い出した。


「エッ、ワッ!」


 あらためて自分自身を見てみて、ビックリした。

 髪はズタズタだし、服も汚れてところどころ破れているし、とんでもない状態だった。

 嫌いな黒髪だったけど、こんな風にされるなんて、と思うとナイフを振り下ろすアルドがまざまざと思い出された。

 また、あの恐怖が蘇ってくる。


(ダメダメ、考えるな、考えるな)


 膝を抱えるように丸まった。

 思考停止、思考停止、と思っても太腿に触れる手の感触や首筋にかかる息の感覚がゾワリと蘇る。


「お待たせいたしました。コーヒーと紅茶がありますが、どちらがいいですか?」


「コーヒーでしょう。来訪者ナツ様は、お疲れのご様子。リラックス効果のあるコーヒーで気持ちを落ち着かせて頂くのが一番だと思うわ」


「何、言ってんの。紅茶に決まってるでしょっ。来訪者ナツ様は王族なのよ。紅茶は貴族女性のたしなみよ、たしなみっ。ね、紅茶ですわよね、ナツ様」


 3人の女性が、入口からドヤドヤと乱入してきて喋り出すから、その勢いに飲まれ嫌な気持ちが吹っ飛んでしまった。


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