4話
「起きて」
ルイを揺すってみたけれど、なかなか起きてくれない。
「ルイちゃん、起きて」
パチッと目が開き、眉を寄せて私を見た。
「ルイ・・・ちゃん?」
明らかに不機嫌といった声に、
「えっ、ルイちゃん、でしょ?名前」
確かめるように、聞いてみた。
「じゃなくて、なんで、ちゃん付けなの」
目を細める仕草が、すごく大人っぽい。
「深い意味は、ないけど・・・」
子供だもんねぇ、と思ったけど、口には出さなかった。
「なら、ルイで」
ピシャリと言い切られた。
見た目はとても頼りなさげな男の子なのに、中身は真逆らしい。
少し気圧された気持ちになりながら、黙って頷き返した。
「ナツ。僕、お腹空いちゃった」
がらりと雰囲気を変えて、甘えるように、天使のような極上の笑みで上目遣いに見られた。
いや、そこはナツお姉ちゃんでしょ、と思ったけれど、何も言えない。
(くぅー、なにその笑顔、可愛すぎっ)
彼の笑顔に翻弄されてしまっている自分に半ば呆れながらも、見た目は平常心を装い厨房へ入った。
昼間に店を出た時と何も変わらない調理場。
でも今は、もう日も暮れて薄暗くなっている。
「寝すぎちゃって、ごめんね。すぐに作るから」
慌てて灯りを点け、厨房にも火を点けた。
どんな態度をとっても、彼は子供だ。
あんな辛いことがあったんだ、お腹いっぱい食べさせてあげよう。
そう思って、急いで作り始めた。
「ハイ、どうぞ」
ルイの目の前にお皿を置いた。
子供の好きな物、と思ってオムライスを作ってみた。
お皿の上に盛った焼き飯にふわふわ卵をのせ、それに切り目を入れると、トロリとした卵液が広がった。
ふんわりとバターとミルク、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。
「めっちゃ、うまそうっ」
「召し上がれ」
そう言うと、ルイは答えるようにニッコリ笑い、食べ始めた。
お行儀よく、一口、一口、すごく美味しそうに食べるから、つい顔が緩んでしまう。
「そうそう、冷蔵庫にポテサラがあったわ」
冷蔵庫から戻ってきたら、オムライスは綺麗に完食されていた。
「はっや」
呆気にとられていると、
「すっごい、美味しかった。俺至上で一番の美味しさだった」
「そ、そう、よかったわ」
子供とは思えないような、大仰な言い方に、言い淀んでしまう。
(なーんか、この子、ちぐはぐな感じなのよねぇ)
「それも、食べていいの?」
「え、あ、ハイ、どうぞ」
手に持っていた小鉢を置くと、すぐにまた美味しそうに食べ始めた。
「うん、酸味がいい感じにきいてて、美味しいよ」
子供って、酸味なんて感想言うのかしら、という素朴な疑問が頭に浮かぶ。
キレイに完食したルイは、極上の天使の笑みを浮かべながら、私にお礼を言った。
「ありがとう、ナツ。あんまり美味しいから一気に食べてしまったよ」
「う、うん、よかったわ」
今度は、普通に返事が出来た。
何故か、あの笑みには反論できない眩しさを感じる。
見た目は子供だけど何故か、子供と話をしている感じがしない。
と、彼の後ろ、すっかり闇に包まれてしまった黒い窓ガラスに、自分の中年女性の姿が映っているのが見え、そこでハッとした。
(もしかして、彼も私と同じなんじゃないの?)
この世界の人は、皆、魔力を持って生まれてくる。
平民であれば、それは微力な魔力だけど、貴族と名を持っている人達は別だ。
とても強い魔力を持ち、その力で色んな術を繰り出す。
姿を変える術も、簡単に使うはずだ。
だからルイも、例えば、遠縁に貴族がいるとか、貴族の愛人の子供だとか、または突然変異的に強い魔力を持って生まれてきたとか、はムリがあるか。
とにかく、そういうんじゃないの?
(ルイも、私と同じで、姿を変えてるのかもしれない)
自分勝手な想像だけど、そうじゃない、とも言いきれない。
そう思うと、胸に不安が広がり、首からぶら下げた小袋を、服の上からギュッと握った。
「ナツ。僕を、ここに置いて」
自分の思いに沈んでいたところを、彼の一言で引き戻された。
「えっ」
「だから、僕をここに置いてって」
「ダメよ!無理だわ、そんなの」
急な彼の言葉に、今の自分の現状と彼への疑惑から、拒否しか出てこなかった。
「仕事、手伝うよ。僕、結構器用だし、絶対役に立つから。だから、お願い。ここを追い出されても、行くあてもないし、見た目がこれじゃぁ、また逆戻りするだけだ」
ルイは、私を拝むようにして、頭を下げた。
彼の顔を真正面から見た。
私と同じ、黒い髪。
その黒の中に、ひと際、強い光を宿す翠の瞳。
本当の姿かどうか分からないけれど、こんな姿では本当に目立って大変だろうと思う。
私だって、屋敷を出てからここに落ち着くまで、本当に大変だったから。
鮮やかな色彩の人々の中で、やたらと目立つ黒は奇異の目で見られ、悪い意味で人が群がってくる。
それが若い女性となれば尚更で、私はこれまで、人買いに売られそうになったり、力づくで犯されそうになったり、見世物にされそうになったりと、苦労の連続で、トラブルにばかりあってきた。
だから、見た目を今のように中年女性に変えることにしたのだった。
「ルイは、人攫いにあったんだよね。だったら、家に帰るべきじゃない? お家の人も心配しているだろうし。帰るなら、いい方法を一緒に、」
「ずっと・・・・・ずっと、あちこち、たらい回しだったから、帰る場所なんて、ない」
「・・・・・」
私の言葉に、ルイは被せる様に言ってきた。
表情に悲壮感が漂っていて、もっと踏み込んだことを聞きたかったけど、それ以上は聞けなくなってしまった。
それに、帰る場所がない、という言葉が胸に刺さった。
その思いは、私も痛いくらいに分かるから。
「でも、ルイ。そういうことなら、ちゃんとした施設に入った方がいいと、私は思うの」
これは素直な、本当の気持ちだった。
ちゃんとした施設に保護されれば、危ない目にあうこともないだろうし、大人になった時、仕事にもつきやすいだろう。
同情する気持ちはあっても、やっぱり少しでも疑いがあるなら一緒にいない方がいい、そう思った。
すると、ルイがニッコリと子供らしからぬ笑みを深めて言った。
「俺、見たんだ。ナツの本当の姿。黒髪に、黒い瞳の若い女性の姿をさ」
それは、青天の霹靂というべき一言だった。