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36話


 ジークの殴打が続く中、マティリスは一息吐くと合唱するように両手を合わせた。

 足元に魔法陣が広がり、ゆっくりと手を広げていくと手と手の間に一筋の光の帯が現れ、両手を広げきると光の帯が一振りの剣に変わった。

 マティリスはそれを右手に持ち、左手を前に構えた。


「さっき、アルドの目を見ちゃダメだって言ったけど、あれは一定の近い距離なら魔法陣なしで人形魔法にかかるって意味だから」

「え、どういうこと?」

「離れてる相手には、魔法陣を使って魔法にかけてくるってこと」

「はぁ?!」


(そんなの知ったって、何の役にも立たないじゃん。マティリスは特異体質だからいいけど、私はどっちでも魔法にかけられるってことでしょー)


「イケる? 七海」


 文句が喉元まで出かかったけど、言ってる場合じゃない。


「イケますっ」


 気持ちを吐き出すように叫んだ。


「何があっても振り向かずに全力で走って」

「うんっ」


 緊張をはらんだマティリスの横顔に向かって、大きく頷いた。


「行って!」


 かけ声と共に森の奥へと走り出した。

 その瞬間、2人を包むように張り巡らされていた防御壁がグニャリと変形し、左右、上へと真っ直ぐに伸びて壁になった。

 すぐに銃声や罵声が背後で起こった。

 でも、振り向かずに、と言われたので、そのまま振り切るように走った。

 だけど、やっぱり気になって振り返ると、あろうことかマティリスの姿が防御壁の向こう側にあった。


「なんで・・・」


 ビックリして足が止まってしまった。


(いくら魔法がきかないからって、多勢に無勢じゃないっ)


 と思ったけど、今の私に手助けできることはない。

 私ができることは、ううん、やるべき事は急いで助けを呼んでくること!


(待ってて、マティリス)


 すぐにまた走りだした。

 といっても、さっきまでマティリスが力強く引っ張てくれていたから進めていたけれど、森の中は薄暗く、足元も草や木の根っこがはびこっていて自力では思うように走れない。

 おまけに足の疲弊がかなりきていて、動かすたびに痛みがくる。


「うぅ~」


 痛くて涙が込上げてくる。


(泣いちゃダメ!)


 泣いてもどうにもならない、走るのに邪魔になるだけ、歯を食いしばって足を動かした。

 ハァ、ハァ、と息が上がり、カラカラの喉が詰まって咳き込みそうになるけれど、それでも前に前に進む、足は止めない。

 木々の先が明るく見えてきて、積み上げられた木材がいくつも見えた。


「やった!着いた!!」


 やっとの思いで明るみに走り出ると、そこは山間にぽっかりと空いた広場だった。


(マティリスが言っていた木場だ)


 嬉しくて声を上げそうになったけど、周りには誰もいない。


(ここじゃない?でも木場って言ったよね。他にもあるの?)


 ぐるぐると考えるけれど、答えは出ない。

 息の上がった自分のハァ、ハァ、という息づかいだけが誰もいない広場に虚しく響いた。


(どうしよう、どうしよう、どうすればいいのーっ)


 ザッと音がした。

 月明かりで出来た自分の影が足元に広がっている。

 でも、今地面に広がるその影がすごく大きい。

 自分のものとは違うフー、フー、という息づかいが聞こえ、恐る恐る振り向くと、


「ヒッ」


 血みどろのジークが立っていた。

 体中傷だらけで、ところどころ傷ついた箇所から血が滴り、両手とも真っ赤に染まっている。

 見下ろしてくる、その目には生気が感じられなくて、思わず後退ってしまった。


「チッ、いちいち逆らうんじゃねー」


 声のする方を見ると、アルドが息を切らして近づいて来ていた。

 ジークはもう、と最悪なことを考えたけれど、アルドの言葉で、まだ彼は頑張っているのが分かり少しホッとした。

 周りにはジークとアルドの2人以外、誰もいない。


(マティリス・・・)


「コイツ、いい加減にしろっ」


 アルドがジークの胸ぐらを掴んだ。

 その途端、ジークがガハッと喉を詰まらせ体を硬直させた。


「ヤ、ヤメテッ」


 アルドはあろうことか、すでに人形魔法にかかっているジークにまた人形魔法をかけ始めた。

 思いがけない行動に驚いて、やめさせようと慌てて手を伸ばしたら、指がアルドの目に当たってしまった。


「イッ!」


 アルドは目を抑え、手を振り払うように私を突き飛ばし、その反動で私は尻餅をついてしまった。

 目を抑え痛がるアルドを見上げ、彼の腰にぶら下がる短剣に目がいった。


(剣なんて使ったことないけど)


 ここで形勢逆転するために、と短剣に手を伸ばした。


バシッッ


 もの凄い音がして、パッと生暖かい水滴が顔に飛び散った瞬間、目の前からアルドが消えた。


(えっ!)


 と思ったら森の中から、ズザザザーと滑るような音がして、眠っていたであろう鳥達が、ガァ、ガァ、と泣き叫びながら夜空に舞い上がった。

 ドサッと、ジークが崩れるように片膝をついた。

 右手の拳からは、真新しい鮮血が月明かりに照らされて青黒く光っている。

 顔に感じた水滴は、ジークの放った拳から飛び散った血だと分かった。

 見ている間に彼はゆっくりと目を閉じ、倒れ込んでいく。


「ジークッ」


 這うようにして近づいて手を伸ばしたけれど、そのまま倒れて気を失ってしまった。

 苦悩するような、しかめられた顔。

 目の前のジークは、もう誰かわからないくらいにボロボロな状態だった。

 自力で魔法を解いたから、アルドに何度も人形魔法をかけられていたのかもしれない、と思うとゾッとした。

 それでもジークは抗い続けていたんだと思うと、彼の強さに目頭が熱くなった。

 そのまま私は、ペタンと座り込んでしまった。


(マティリスはどうなったんだろう。イゴは無事なのかしら。また追手が来るかもしれない。早くジークを病院に連れていかないと。助けはどこにいるの)


 支離滅裂に色んな思いが交錯する。

 すぐに動き出そうとして、愕然とした。

 足に力が入らない。

 ガクガクとして立ち上がれない。


「もう、しっかりして、私」


 涙が溢れた。

 こうしている間にも、マティリスやイゴが危険な目に合っているかもしれない。

 早く助けを呼びにいかなくちゃいけないのに、情けなくて疲弊した自分の足を叩いた。

 空を仰ぐと、夜空の闇が薄くなって月が山影に沈んでいきそうなほど傾いていた。


(私が木場の場所を間違っていなければ、今頃みんな助かっていたはずなのに)


 そう思うと、自分の不甲斐なさに涙がとめどなく流れた。

 ジークだって、マティリスだって、こんな状況にならずに、ううん、そもそも私があの時、空へ飛び出していたら、こんなことになっていなかったのかもしれない。

 不意に確信のように沸き上がってきた感情。

 私も、こんなところまで来ることもなかった。

 決断を鈍らせてしまったから、こんなことになってしまったんだ。


(黒子は災厄。自分も周りも不幸にしてしまう・・・)


 空が徐々に薄明るくなり、月が最後の力を見せつけるかのように青白く輝いている。

 まるでルイの瞳のような、淡く青い月。


「七海が大好きなんだ」


 そう言って、優しく笑ったルイ。

 碧い瞳に光る涙。

 私を抱きしめて、優しく押し当てられた額と青息。


 両手で顔をぬぐって胸に手をあて、大きく深呼吸した。

 ルイに、忘れないで、と言われたのに弱い自分に囚われて忘れかけていた。


(大丈夫、大丈夫、マティリスが、もうすぐルイが助けに来るって言ってたんだから、もう少し頑張れば絶対会える。助けてもらえる。場所も、間違ってなくて着いてないだけかもしれない。大丈夫、大丈夫だから、頑張れ、私)


 ふらつきながらも、何とか立ち上がった。

 薄暗かった広場も、全体が見渡せるくらいに明るくなってきた。

 他の木場を探しに行こうと、足を引きずるように歩きながら広場の入口へと向かう。


「誰か、いませんかー? 聞こえたら、返事してください。誰か、いませんかー?」


声をあげながら歩く。

 他の男達に聞きつけられるかもしれないと思ったけれど、ここに来ていないということは、きっとマティリスが頑張ってくれているに違いないと思い、また大きく声をあげた。

 と、急に体が動かなくなった。

 足元に広がる魔法陣。

 早まる鼓動。

 ゆっくりと、自分の意に反して体が後ろを向と、


「手こずらせやがって・・・」


 目線の先に見えるのは、アルドだった。


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