35話
グワッっと広範囲に霧が広がった。
と同時にダンッ、ダンッ、ダンッとジークとイゴ目掛けて、立て続けにいくつもの銃声が上がった。
2人の姿を求めて、立っていた場所を見たけれど霧で何も見えない。
「行くよっ」
マティリスの声が聞こえた途端、力強く手を引っ張られた。
「あ、おい、待てっ」
「2人が逃げたぞ」
「追えっ、捕まえろっ」
口々に叫ばれる声を背に、マティリスは私を引っ張って森の中に走り込んだ。
木々の間を縫うようにマティリスは走る。
すごく速い。
私も全力でついて行きたいけど、生い茂る草や枯れ木に足がもつれて思うように走れない。
それに、そもそもの体格差にコンパスの差がありまくりだから速いスピードについていけるわけもなく、グイグイと引っ張られ引きずられるようについて行くだけで精一杯だ。
「マ、・・・ティリス・・・、ハァ、ハァ、・・・待って、」
「頑張って、七海っ」
「なんで・・・こんな、ハァ・・・森の中を、」
息が上がって上手く喋れない。
逃げる時、私は来た道を戻ると思っていた。
でもマティリスは、迷いなく森に入って行った。
だからきっと、森に何かあるのか、それともマティリスに逃げる手立てがあるのか、あれこれ聞きたいのに言葉が続かない。
バーンッ、バーンッ。
銃声が背後から聞こえた。
「ヒェッ!」
ビックリして繋いでいた手を放してしまい、走っていた勢いそのままに前のめりに倒れ込んでしまった。
バシッ。
頭上の木に銃弾が当たった音がした。
「マッ、マママッ、マティ、」
驚きすぎて言葉にならない。
「脅しだ、狙ってるわけじゃない。当たりはしないよ」
(イーヤイヤイヤ、今、バシッていったじゃん。木に当たったよっ、絶対っ)
恐怖で体が震えた。
「立って、七海」
分かっている、分かっているけど足が震えて立ち上がれない。
なんとか四つん這いになって、そばにしゃがむマティリスを見上げると後方をジッと見ていた。
私も起き上がり後ろを見たけれど、薄暗闇の中に鬱蒼と森が広がっているだけだ。
「何か、見えるの?」
「・・・見えるというか、」
(ナニー?見えてんの?見えてないの?どっちー?)
微妙な言い回しに不安が募る。
バーンッ、バーンッ。
と、また銃声が響いた。
さっきよりも近くに感じる。
バーンッ、バーンッ。
たて続きに銃声が響いた。
でも、マティリスはジッとして動かない。
ジワジワと追いつめられるような不安で胸が押しつぶされそうだ。
「トラップが消されてる」
マティリスがポツリと言った。
(トラップ?いつの間に?)
私自身、走るのにいっぱいいっぱいで全然気が付かなかった。
というか、そんなこと思いつきもしなかった。
「ジークか? どちらにしても、それが目印になってる感じだ」
「何の?」
怖さと不安から、被せるように聞いてしまった。
「こっちの居場所がバレてるみたいだ。まっすく向かってくる」
一瞬で血の気が引いた気がした。
認めたくなくてマティリスに食い下がろうと口を開きかけた瞬間、
「下がってっ」
ダンッッ!
マティリスの叫びと共に耳を劈く物凄い音がして、突風が吹き荒れた。
飛ばされないように手をつき、片手で顔を防いだ。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、
風が止み激しく叩く音に顔を上げると、足元に魔法陣が広がり、頭上には蜂の巣のような形の透明なパズルがいくつも連なった障壁が張り巡らされていた。
「大丈夫?七海」
立膝に両手を重ねるように前に突き出したマティリスが、振り向くことなく言った。
「これは、」
「防御壁だよ」
「すごい」
具現化した魔法を見るのは初めてで、感嘆の思いで防御壁を見上げた。
「強いな、押される」
外から何度も殴り続けているジークの力に負けまいとマティリスは懸命に魔法を展開し続けている。
障壁の向こうのジークを見ると、その顔はとても苦しそうに歪んでいた。
「ジーク」
「・・・気を、つけ・・・」
目が合うとジークは絞り出すように途切れ途切れに言った瞬間、霧が広がり瞬く間に覆われてしまった。
(無効魔法だ!)
そう思って身構えた。
けれど、防御壁は消えないままだった。
(消えて、ない。どうして、)
マティリスを見ると、
「俺には魔法は効かないんだ」
と言った。
でも、その意味が分からなかった。
(効かないって、さっき人形魔法にかかってなかった?)
魔法のことはよく知らないけど、きかない、とはどういう意味だろう。
マティリスもジークのような無効魔法が使えるってことなんだろうか。
何かからくりがあるのかと不思議に思っていると、マティリスは小さく笑みを浮かべた。
「そういう特異体質なんだ」
(そんなプレミアムな体質あんの?)
と思って、私も同じような事を言われたのを思い出した。
マレージア妃に言われた、ライアン王子の魔力抑制のこと。
「人形魔法は、他と違うんだ」
黙り込んだ私が疑っていると思ったのか、言い訳するようにマティリスは言った。
「流石は王子の側近、こいつの魔法が効かないってスゲーな」
霧が晴れるとジークの横にアルドが立っていた。
ジークの顔は辛そうで、さっきよりも顔色が悪くなっている。
明らかにアルドの人形魔法にかかっている状態だ。
周りを見ると他の男達も集まって来ている。
「七海、アルドの目を見ちゃダメだよ。人形魔法にかけられてしまうから」
「目?」
驚き呆れたような顔をしているけれど、少しも慌てた様子のないアルドを不安な思いのまま見た。
人が魔法を使う時、魔法陣が現れる。
ルイが私の姿を変えるときに何度も見たし、今だって足元に広がっている。
ゆっくりと立ち上がるマティリスにつられる様に、私も立ち上がった。
「人形魔法は、目から自分の思念を叩き込んで相手を支配する術なんだ。魔法と呼ぶけど陣を発動させる時に魔法を使うだけで、正確には魔法じゃない。
陣は力をコントロールするのに必要なものだけど、あいつの場合、無理やり自分の好きなように操っているだけだ。力加減も何もない、相手の負担など何も考えてないやり方だ」
背筋がゾクッとした。
相手の意思を完全に無視した所業。
勝手に成り代わって操られ、息すらも自由に吸えなかった、自分が支配されていた時を思い出して恐怖を感じた。
(自分では動かずに、人を操って好き勝手するなんて、そんな酷いこと、信じられない)
「アンタも無効魔法つかえる人?でも、まぁ、」
アルドがそう言うと、ジークが近づいてきて、また激しく殴り始めた。
ジークは全身、汗びっしょりで、拳も傷つき障壁に血が滲んでいる。
「ジークッ!」
堪らずに名前を呼んだ。
「ちょっと、アルド。いい加減にしなさいよっ」
「どこ見て言ってんの。俺はこっち」
目を見れないから顔をそむけて叫ぶと、自分を指さしてククッと馬鹿にしたようにアルドは笑った。
全力で打ち続けるジークの拳からは、血が飛び散っている。
見ていられない。
「このままじゃ、ジークが本当にダメになっちゃうよっ」
ビシッと、障壁に亀裂が入った。
「よーしよしよし、もっと頑張れよ」
笑いながら言うアルドと、その周りに物見遊山な男達。
自分が今まで普通と思っていた感覚が何も通用しない現状に、ただ立ちすくむしかない。
ジークを助けたいと思っても、障壁が崩れれば私も捕まってしまう。
何もできない無力さに体がふらついた。
「七海っ」
マティリスの声にハッとした。
「この森の先に木場があるんだ、そこに助けが来る」
「え?」
「助けが来るまでここでと思ったけど、それまで持ちこたえられそうにない。だから、合図したら全力で走って」
「マティリスは?」
「俺は、ここで足止めする」
「ダメよ、そんなの」
「大丈夫さ、これでも俺は魔法騎士だ。野盗崩れなんかに負けないよ」
いくらなんでも無茶過ぎる。
何か、何か打開策がないか、頭をルフ回転させたけど、思いついたのは。
「わ、私も、もしかしたら、特異体質かもしれない、だから、」
マティリスは、一瞬驚いたように目を大きくしたけど、すぐに薄く笑みを浮かべた。
「王子の魔力抑制の話?」
「う、ん」
「あれ、・・・ウソだから、間違いだったんだよ」
「えーっ」
今、知っても何の意味もない。
もう、どうすることも出来ないのかとオロオロとする私にマティリスが言った。
「俺なら大丈夫だ、七海。すぐに、ルイス副隊長達が助けに来てくれる。だから、もう少し頑張って走ってくれ」
ルイの笑った顔が浮かんだ。
(ルイ・・・)
そう思っただけで、胸が熱くなって体に力が湧き上がってくるように感じた。
ご無沙汰しております
また、よろしくお願い致します




