34話
(どこまで来たんだろう)
勢いよく走っていた馬車の速度が落ちた。
途中、一度止まってアルドがジークを御者台に引っ張り出したけど、その後はまた同じような荒い走りで体もお尻も痛いとこだらけだ。
必死に捕まっていた手の力を少し緩めた。
夜道を走る馬車内は酷く暗くて、相手の顔を見ることは出来ない。
「イゴ、この馬車、どこに向かってるの?」
黒い塊のように見える人型に声をかけた。
「多分、隣街のノダンだと思うよ」
「ノダン、遠っ」
「陸路で公爵領へ向かうのか?」
私の驚きを余所にマティリスがイゴに尋ねた。
「さぁ? 船ならすぐだけど、陸路は山を越えなきゃいけないから、どうだろ」
「やだ、私、行きたくない。それに、さっきの御者の人は、」
どうなったの?、と聞きたいけど、怖くて聞けない。
ルイのいる王都から、どんどん離れていく現実と恐怖に体が震える。
「ノダンに、公爵の別邸があるのか?」
「ないよ。でも、陸路で公爵領に行くならノダンで山越の準備をしないと無理だよ。だから多分、今夜はノダンで泊まるんじゃないかな」
(イヤだっ)
理不尽な現状に叫び出しそうになった。
どうして、こんな目にあわなくちゃいけないのかと思うと、目頭が熱くなってきた。
勝手に連れ出されて、挙句に連れ回されるなんて、ジークやイゴのやってることも他の人達と同じじゃないか。
「私、帰る。マティリス、何か方法があるんでしょ? あるなら早く教えてよっ」
ガタン、と馬車が止まった。
馬車内に喉が詰まるような緊張感が張りつめた。
「降りろ」
馬車のドアが勢いよく開けられ、アルドが顔を見せた。
開いたドアから見える外の様子は街ではなく、森の中だった。
「な、なんで、こんなとこで?」
どうして森の中で降ろされるのか、不安しか浮かんでこない。
震える手を胸元で祈るように握りしめた。
イゴが先に降りマティリスが続き、私も外に出た。
降り立つと暗闇の中に人の気配を感じ、目を凝らしていると雲の切れ間から月明かりが差し込んできた。
月明かりに浮かび上がるようにして、幾人もの大きな男達が現れた。
「ヒュッ」
驚いて息を吸い込むと喉が鳴った。
「七海。俺の後ろから動かないで」
マティリスがささやいてきたけど、驚きと恐怖で体が固まって動けない。
「なんだよ、これは」
ジークが御者台から飛び降りてアルドに言った。
「俺の仲間達だ。もともとこっちで落ち合うつもりだったからな」
不敵にアルドが笑った。
「もともと? 公爵様と船に乗るんじゃなかったのか?」
「ユースフェルト公爵がやたらと誘ってくるから、一緒に乗ると答えただけだ。今から思えば、あれは公爵のワナだったのかもな」
「どうしてさ」
「そりゃそうだろ、港が封鎖されて騎士団の捜索が始まったんだ。ワザと俺をエサにして、自分だけ雲隠れする魂胆だったんだろ」
「そんなことは、ない」
一瞬、ジークは困ったように視線を外した。
「ジーク。お前、本当は知ってるんだろう、公爵がどこにいるのか」
すかさずアルドは、目を眇めジークに近づいた。
「知らないっ、それより、これからどーするつもりなんだ」
「あー、ハハッ、どーもこーも、それを聞きたくてね」
「は? クッ・・・」
不敵な笑みを深めたアルドの拳が、ジークの腹に沈んだ。
ジークは、苦しそうに顔を歪めた。
「ジークッ」
腹を押さえてたたらを踏むジークに、イゴが慌てて駆け寄ろうとした瞬間、アルドが手にしたナイフが閃いた。
「あぁーッッ」
叫びと同時にイゴの右手から鮮血が噴き出した。
が、ナイフが閃くその瞬間、寸でのところでジークが自分の体を倒してイゴを庇った。
それでも振り下ろされたナイフはイゴの腕に、深い傷を与え、ジークがイゴに覆いかぶさるようにして2人とも倒れた。
赤い血がしたたり落ちるナイフを握るアルドが、腕を抱えるようにして呻き声を上げているイゴの側に立ち、
「チッ、邪魔しやがって」
吐き捨てるように言った。
「ナニ、するんだっ!」
ジークが叫び声を上げ、腕を抱え横たわるイゴを庇うように助け起こした。
「ナニって、言ってんだろ。公爵の居場所が知りたいんだ。俺の予想ではコイツの保管魔法の中だ、と見てるんだが・・・、クッ、やっぱり当たりか」
何も言わないジークだったが、憮然としたその顔でアルドには分かってしまったようだ。
「そうだろうと思っていたんだ」
可笑しそうにニマッとアルドが笑った。
ドッ、ドッ、ドッと心臓がスゴイ大きな音をたてて鳴っている。
目の前の光景が、あり得なさ過ぎて見ていたくないのに、視線が外せない。
「珍しい女がいるぞ」
嘲るような口調のしわがれた声が聞こえた。
見ると、目が合った。
「マジで連れてくるとはなー」
「コイツ、あれだろ。黒子って奴だろ」
「ちっせーなー、これで大人か? これじゃ俺の一物は入りきらねーわ」
「ケケッ、丁度いいの間違いじゃねーのか?」
「なんだとっ、やってみねーと分かんねーだろっ」
口々に喋る、お世辞にも身なりが良いとは言えないガタイの大きな男達が、恥辱に満ちた目で私を見てくる。
ゾクッと怖気が走り、ジリッと後ろに下がった。
「うわッ、ジーク。やめ、やめてっ」
イゴの叫びに、そちらを見ると、ジークがイゴを押さえつけるように馬乗りになっていた。
「そう、そう、上手く押さえつけておけよ」
楽しく笑うアルドと状況から、ジークは人形魔法にかけられたのだと分かった。
「七海」
緊迫したマティリスの小声と共に、サッと後ろに回されたマティリスの手を見た。
広げられた手が意味することに同意するように、その手を掴んだ。
「うっ、ぐっう」
自身にかけられた魔法に抗っているのか、ジークの額には玉のような汗を浮かび、苦しそうに顔を歪めている。
が、パッと霧のようなモヤが広がった。
その瞬間、アルドが弾かれたように後ろに吹き飛んだ。
「好き・・・勝手、やりやがってっ!」
ジークが拳を握りしめてゼーッ、ゼーッと肩で息をしながら叫んだ。
「ッテーーーッ! クソッ、お前、俺の魔法をっ」
アルドは飛ばされた勢いで打ちつけた頭と腹を押さえて激怒するも、自力で魔法を解いたジークに驚きの顔を向けた。
けれどジークはアルドを気にすることもなく、イゴを助けて起こし、傷ついた腕を手当し始めた。
自分自身も人形魔法の影響があり、しかも無理やり術解したのだから相当な反動があるはずで、息は荒く、汗が額から流れ落ちている。
「チッ」
アルドは舌打ちを鳴らして、ブッ、と血の混ざった唾を吐いた。
ジークを睨みつけながらゆっくりと立ち上がると、魔法陣が足元に広がった。
が、ジークの周りにまた薄い霧が広がった。
「同じ手は食わないッ」
イゴの手当をしながらジークは言った。
「ハッ、いくら魔法が使えなくても、ここは多勢に無勢だぜ」
アルドは舌舐めずりをするようにして答えると、イゴの腕を縛ったジークは息を整えるように小さく深呼吸して立ち上がり、向き直った。
「アルド。お前が察した通り、公爵様はイゴの魔法の中におられる。なのに何故、イゴの腕を切ったんだ? 公爵様とはビジネスパートナーじゃなかったのか?」
「あぁ、そうだ。良いビジネスパートナーだった」
「ならどうして・・・、だった?」
ジークの疑問にアルドは、ニッ、とアルカイックな笑みを浮かべた。
「あぁ、ユースフェルト公爵は今時、稀に見るいい領主だったなぁ。人こそが資産だとか言って、やたら教授に力を入れていた。
だかそれも今となっては、莫大な金に目がくらんだゲス豚に成り下がってしまったけどな」
バカにしたようにククッと笑った。
「そうさせたのは、お前じゃないのか。アルドッ」
ジークが苛立ちを吐き出すように叫んだ。
「とんでもない、言いがかりだぜ。
俺はただ公爵にいい話を持ってきてやっただけだ。莫大な金があれば、もっといろんな事が出来るだろうと。現にいくつも施設を建てているじゃないか」
「偽善者がっ。公爵様は真面目な方だった。人のことを思いやれる本当に良い方だったんだ。それなのに・・・お前と知り合ってから、変わられてしまった」
「まぁ、真っ白なほどよく染まると言うからなぁ」
「どの口が言うッ」
2人の言い合いを固唾を飲みながら見ていると握られた手に、ギュッと力がこもった。
「いや、マジで真っ黒な腹黒になっちまったんだぜ、公爵は。俺に全てをなすりつけようとしてるんだから。とんでもねー奴だと思わねーのかよ」
「お前の言う事なんか信じられるかっ。俺が直接、公爵様から聞くっ」
「ハハッ、聞けるといいけどな」
アルドの言葉に呼応するように、男達が各々ナイフや銃を手に色めき立たった。
投稿までに長く時間がかかってしまいました (>_<)
また、ぼちぼちと続けていきたいと思っておりますので、よろしくお願い致します (^^)/




